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ボクの周りの女の子は何かと問題がある……  作者: はなだ とめX
第1章 彼女は数多の愛が欲しかった
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10  また面倒なヤツが現れた

 「なんだか疲れちゃったね」


 ようやく釣り部から解放されたボクたちは、そのまま裏門へ向った。結局、釣り部の先輩たちからは、やたらめったら語られたが、全く理解できなかった。


 「で、ござるな……。もう時間もないし、一旦、戻りましょうぞ」


 園田もゲンナリしている様子だった。


 各部活の入部届を受け付けるポストは生徒会室の前に設置してあるとのことだ。いずれにしても新校舎へ戻る必要があり、混雑しているグラウンドや体育館横を通るより、外を迂回して正門から入り直す方が早いだろうと、一旦校外へ出たのである。


 裏門から出ると、少し高台になっているこの学校からは海が臨むことが出来た。延々と釣りの話を聞かされていたからか、心地よい気分にさせられるはずの海が少し煩わしい。


 ボクたちはフェンスに沿って正門の方へ歩いていく。そして正門の前まで来たところで、今朝同様、ボクの腰にぽよ~んとした衝撃が奔った。


 「ちょっと、ユウト! 放課後、教室へ迎えに行くって言ったよね。どうして待ってないの?」


 夏穂だった。


 「その異世界ナントカに入るつもりがないからだよ!」


 「なんで?」


 「嫌だからだ!」


 「だから、なんで?」


 キョトンとしている。話が通じない。


 ただ、まあ、これでも昔に比べれば少しマイルドになった方だ。今は異世界にハマってるようだが、以前は宇宙人だったり……、妖怪だったり……、花子が以前住んでいたお屋敷を――吸血鬼の館――と言い始めたのも、確か夏穂だ。


 夏穂に初めて会ったのは小学校3年生の時だった。当時のボクは他人との付き合い方が良く判らず、学校でクラスメートにイジメを受けていた。


 その時、いろいろ騒動があって、怪我をしたわけではなかったが、3日程入院させられた。それが近所にあった宮田総合病院だった。


 その時、病室の入口からひっこり顔を覗かせていた小さな女の子が夏穂だった。


 目が合うと、夏穂はツカツカと病室に入って来て、断りもなくいきなりベッドの上に飛び乗ってきた。


 「ねえ、あなたは勇者様なの?」


 「違うけど……」


 「あたしはだれ?」


 「さあ、……誰だろうね」


 訳の判らない会話をして、帰っていった彼女だったが、次の日も、また次の日も夏穂は病室に来た。


 当時、小学校1年生の小さな女の子だったが、利発なのか話をしていて面白かった。偶に変なことを言うが、当時のボクの退屈を紛らわせてくれた。


 また夕方になると、夏穂の母親が迎えに来て「帰りますよ」「帰らない」という騒動が二度繰り返された。


 お陰で入院は瞬く間に思えた。丸い大きな目を細めてニイーッと笑う夏穂が病室を訪れると、ボクの心はパッと華やいだ。


 ……正直に言ってしまうと、不覚だったと思うが、実に遺憾ではあるが、今となっては忸怩たる思いであるのだが……。それがボクの初恋だったと思う……。


 誤解しないで欲しいのは、ボクは決してロリコンではない。6歳の夏穂はまだ美少女というには幼く、見た目に翻弄されたわけでもない。ただ一緒にいて楽しかったのだ。重ねて言うが、誤解しないで欲しい……。


 その後しばらく夏穂と会うことはなかった。


 が、小学校5年生の時にラグビーの試合中に足を骨折してしまい、その時再び会うこととなった。


 手術の為に入院したボクのところへ、夏穂は以前と変わらぬ丸い大きな目をニイーッと細めて現れた。


 久しぶりに見る初恋の女の子にボクは少しドキドキしたのを憶えている。3年生になった夏穂は可愛らしい女の子になっていた。


 「ユウトだよね? 久しぶりだね。会いたかったよ」


 そんな夏穂に抱擁されるのだから嬉しくないはずがなかった。


 「今度はどれぐらい入院するの?」


 「2週間。手術後にリハビリしなきゃいけないんだって。その後もしばらく通いかな」


 そしてまた夏穂は、以前と同様、病室へ入り浸るようになった。ただなぜか? 警戒心顕わに腰に玩具の剣を佩いていた。確かに以前もおかしな事を言っていたが、勇者様とか可愛らしいものだった。それが少しグレードアップしていた。


 夏穂曰く、――この病院は、どうやらあやかしたぐいに乗っ取られようとしている――らしかった。――今は彼奴きゃつらの動きを探っている段階――らしいのだが……。


 「ユウトも十分に気をつけてよ。心配は無用だとは思けどね……フフフッ。ユウトの噂はウチの学校にも届いている」


 ……どんな噂か知らないが、夏穂は片口を上げてニヒルに笑い、やや男勝りに語った。


 とにかく――退治しなければならないのだ――と強い決意をだけは伝わって来た。


 当時のボクは、そんな訳の判らない話でも優しく聞き流してやることができた……のだが……。


 足首の手術が無事終わって間も無く、ボクがリハビリをしていた時のことだった。歩行補助をしてくれていた理学療法士の先生に、夏穂が突然襲い掛かったのである。


 おそらく百円ショップで買って来たであろうプラスティックの剣を腰から抜いて構えたか夏穂は、「おい、ユウトから離れろ! キサマが妖の類であることは判っている」と怒声をあげて、ボクの隣で呆然として立っていた理学療法士の先生を、その剣でポコポコ叩くのであった。


 これがもっと幼い子供なら許されたかもしれない。が、夏穂はすでに小学校3年生だった。幼いでは済まない。して良い事と悪い事の分別ぐらいは出来る年齢だ。それでも学業成績の方はかなり優秀だと聞くから、不思議である。


 そして、「さあ、逃げるよ!」と、まだ真面な歩行も覚束なかったボクの手を引いて病院から連れ出そうとしたのだった。


 まあ当然そんな暴挙が通るはずもなく、病院の出入口で敢え無く看護師に押さえ付けられた夏穂は、慌てて駆けつけた父親である宮田院長に羽交い絞めにされてドナドナされて行ったのだけれど……。


 去り際も「ヤツは妖の親玉ぬらりひょんに違いない。このままではユウトまでもが妖に……」などと喚いていた。まあ、確かに理学療法士の先生の後頭部は出っ張っていたけどもさ……。


 その後は自宅謹慎させられていたはずの夏穂だったが、翌日には抜け出してきて、真夜中にボクの病室に忍び込んできた。


 「今夜、妖どもが動き出すかもしれない。……今は逃げるしかない。判ってくれ」


 慙愧に堪えないといった顔で夏穂は言うのだ。


 そして車椅子に乗せらたボクは、病院を抜け出して朝方までいろんなところを連れ回された。


 真夜中の商店街はシーンと静まりかえり別世界のように見えた。夜の川原に人の姿はなくとも沢山の気配を感じた。その川原道を通り、川の果てである夜の海を初めて見た。


 その日、ボクは暁を見た。一番鶏が鳴く声も聞いた。


 山の切れ目から朝日が登り、初めての徹夜を経験した。これまで本の中でしかなかったことを体験したことが、やけに感動的だったことを、今もはっきり憶えている。


 夏穂と遊ぶのが楽しくないと言えば嘘になる。学校は別だったが、その後も夏穂とはよく川原で一緒に遊んだ。だけど歳を重ねるにつれ、さすがに気づいてしまうわけで……。


 一応ボクのこの初恋は無かったことになっている。誰にも言わなくて良かったとつくづく思っている。


 「ところで、あなたは誰?」


 つい思い出に浸っていると、夏穂のターゲットが、立ち止まって茫然としている園田に移っていた。


 しまった! と思ったが、時すでに遅し、ボクの腰から手を離した夏穂が丸い大きな目をニイーッと細めた。


 「……なん……だと……」


 女の子が近くにいると、ほぼ喋らなくなる園田までが驚愕の声をあげた。いやアニメ好きの園田だからかもしれない。何せ夏穂はそのまま美少女アニメに紛れ込んでも違和感がないビジュアルなのだから。


 「ねぇ、あなたも『異世界転生部』に入らない?」


 夏穂は、園田に歩み寄るとその肩をバシバシ叩く。


 完全に硬直してしまっている園田だったが、血走ったその目だけは夏穂の顔に吸い寄せられていた。そして、あろうことか微笑まれた瞬間に催眠術に掛ったかのように、園田は「は、はい」と答えてしまっていた。


 「よし! じゃ~ユウトも行くよ~。異世界転生部へゴー!」


 夏穂は園田の腕を取りテクテクと校舎の方へと向かう。


 幸せ拘束具でガッチリ捕縛された園田に成す術はなく、C-3P〇のようにカタコトと連れ去られる。


 しかし、ここでボクは苦渋の決断をしなければならなかった。


 『異世界転生部』などというキテレツな部に入れられるぐらいなら、例え重労働をかせられようともボランティア部の方がまだマシだった。


 「すまん、園田」


 ボクは踵を返して学校を走り出た。園田の尊い犠牲は決して忘れはしない。

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