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修学旅行(2)

 運良く、今は他の客がいない。体に当たる風は涼しくて気持ちがいい。

 腰を落ち着かせると、亜姫は続きを促すように二人を見た。

 

「アキラさんはだいぶ年上だから学生よりは余裕あるわよ、常に。結構遊んでたみたいだし。

 でも、余裕無さそうな顔してる時は、たまにある……わよ?」

 ほんのり照れた様子の麗華は、そこに恋慕の情が乗り可愛く見えた。

 

 アキラさんでなくとも手を出したくなる男は山ほどいるに違いない。亜姫はそう思いながら沙世莉を見る。

 

 言わなきゃ駄目? と無言で伝えてきた彼女に亜姫は小さく頷いた。 

 沙世莉は亜姫をチラっと見て「他意はないから気にしないでよ?」と念押しする。 

「その、先輩が亜姫を好きだった頃までね。いわゆる、欲情って言うの? そーゆーのは全然なかったって。ほら、亜姫にキスしたことがあったでしょ? あの時もそれ以上したいとは思わなかったって。

 先輩の雰囲気も、優しいお兄ちゃんて感じでしょ。すごく男らしく見えるのに性的ないやらしさが見えないっていうか。普段出かけてる時も亜姫達が見てる先輩そのまんまで。

 でも二人きりになると、たまに迫られる時はあって……」

 頬を染めた沙世莉は恥ずかしそうに俯き、そこからチラっと亜姫達を見上げてきた。

「普段とのギャップが激しくて、どうしたらいいかわからなくなったりする……かな」

 

 常に姉御肌な雰囲気の沙世莉。それがひ弱な女の子の様な頼りなさを見せて困惑する様子は、それこそギャップが大きくて亜姫でさえ庇護欲をそそられた。

 

「そっか、先輩でもそうなるんだ。聞いといてあれだけど、そんなこと考えたことも感じたこともなかったなぁ。

 っていうか、先輩のそういう話って家族の卑猥な話をうっかり聞いちゃって気まずい……って気分」

 思わずそう呟くと、沙世莉が恨めしげに亜姫を見る。

「あんたね、キスまでされといて何言ってんの。

 その頃は何とも思ってなかった時期だけど、悠仁から大事にされてる亜姫には時々嫉妬するんだからね」

 拗ねたように言う沙世莉がますます可愛くて、亜姫は思わず笑った。

「さよりちゃんが気にするなら何度でも否定する。私と先輩は絶対恋愛にはならない。

 ……もしかして先輩が不安にさせてるの? なら、さよりちゃんを返してもらいにいかなくちゃ!!」

 ふんすと意気込む亜姫を見て、沙世莉が慌てて否定する。


 なぜ慌てたかというと。

 沙世莉が付き合う前のことだが、亜姫は泣いている沙世莉を抱きしめながら熊澤の前に立ちはだかり、こう言ったのだ。 

「こんなに泣かせたり不安にさせたりする人に、大事なさよりちゃんは任せられない。

 それ以上近づかないで。先輩なんかにさよりちゃんは渡さないから。顔洗って出直してきて」

 

 沙世莉が誰かに守られたのはあれが初めてだった。今でも熊澤が「まさかあの亜姫に叱られて、お前を守る役まで取られるとは思わなかった」と苦笑する出来事だ。

 結果的にそれがキッカケとなり、つきあうに至ったのだが。亜姫は今でも、沙世莉のことだけは熊澤に厳しい。

 

 沙世莉がちゃんと幸せそうだと確認すると、亜姫はいつもと同じ笑顔を見せた。

 そして、何の話をしていたか思い出して眉をヘニョッと下げる。 

「あの先輩でもさよりちゃんにはそうなるのかぁ。っていうか、先輩のこと名前で呼んでるの?」

「えっ、名前出してた? うん、名前で呼べってうるさいから……女の子に名前で呼ばせたことないとかなんとか」 

 ゴニョゴニョ言う沙世莉は何を思い出しているのか頬を染めていて。

 

 けして風呂にのぼせたわけではない。その可愛らしい素顔に熊澤がハマっているのだろうと亜姫にはよくわかった。

 

 ──傷つけない。大事に扱う。お前が信じらんねぇと感じたら取り上げていいよ。絶対、そんなことさせねぇけど。

 沙世莉を泣き止ませんの、俺にやらせて。亜姫、頼むよ……その場所、俺に譲って。

 沙世莉を他の男に獲られたくないんだ──

 

 あの日約束した通り、熊澤は沙世莉を大事にしている。

 あの冷静沈着な熊澤が、沙世莉にだけは欲を感じて荒ぶる。それはやはりこの可愛さと色気と……

  

「で? 結局亜姫の言いたいことはなんなのよ? 先輩と沙世莉の惚気話が聞きたかっただけ?」

 横で慌てる沙世莉を押し止めて、麗華は冷静に問いかけた。

 

「やっぱり色気とおっぱいは男性共通のスイッチなのかな、って……」

「そんなもん無くてもあんたの彼氏は万年発情中じゃないの? ヒロの下品な下ネタなんて霞んじゃうぐらい、常に手を出したがってるように見えるけど?」

「麗華、だから口が悪いってば。

 和泉はなんだかんだ言ってても冷静だもの。興奮して見境なく襲いかかるとか、お前にだけは名前で呼ばれたいとか……ないもん」

 亜姫は顔を半分湯船に埋めて、拗ねたようにむぅ……と口を尖らせる。

 

 その顔こそが庇護欲を煽るというのに、亜姫は全然わかっていない。

 

 確かに亜姫の胸はあまり大きくはない。しかし形良く柔らかそうなその胸は、女性でも思わず手を伸ばしたくなる代物である。

 更にその体の曲線美、これは真似したくともなかなかできるものではない。

 見れば誰もが見惚れるその体は脱いで初めてわかるもので、そのラインに和泉がどハマリしていることをこの子は未だに知らないのか。

 

 髪をアップにすると見える艶めかしい細い首筋に男が喉を鳴らし、それに苛つき荒れまくる和泉を見たことがないのか。

 

 何より亜姫以外の女は視界に入らない和泉からあれだけの執着を受けていて、なぜそんな考えに至るのか……。

 

 傍から見ればそんな行動を取って亜姫に嫌われることを恐れすぎている和泉が必死に待てをしているのがありありと分かるのに、当の本人は野獣のごとく襲ってほしいと願うような口ぶり。

 もし和泉がこの話を知ればそれこそ抑制が効かず、めでたく嫌われるに違いない。

 

 これは、和泉に同情しかない。

 亜姫は和泉の事も自分の事も理解してなさすぎる。

 

 そもそも「なんだかんだいっても冷静……」が既に間違っている。 

 和泉は、自分の過去と重ねて誤解されたりしないか気にしている。その為、確かに冷静さや余裕のある行動を取っているし、亜姫にあんな事があってからは殊更大事に扱っている。

 しかしどれだけ耐えても無自覚な亜姫の煽りに負け、理性をふっとばしそうになっている。

 だが和泉は必死にそれを隠しているので、亜姫が気づいていないだけ。例え亜姫に色気とおっぱいが増えても和泉の忍耐時間が増すだけだ。

 とっくに叶っていることなのだから悩むだけ無駄というもの。

 

 しかしそれを教えたところで、この子は斜め上の方向にしか進まない。

 そう判断した二人は、即座に会話を引き上げることにした。

「今更胸や色気は求められてないだろうし、そんなもん手に入れて執着が酷くなっても困るでしょ。

 それでもどうしてもっていうなの間みたいに頑張りながらおねだりしたら?」

「亜姫が呼びたいなら名前で呼んじゃえばいいじゃない。嫌がりはしないでしょ。もしかしたら、それに喜びすぎて襲って来るかもよ?

 はい解決。ほら、のぼせてきたから出るよ」

 

 二人がザバッと立ち上がると、そこには自分にない肉感的な魅惑ボディ。

 その二人に軽くあしらわれ、亜姫は不満を隠しもせず、

「だから、その頑張りも上手く出来ないから困ってるんだってば」

 とぶつぶつ言いながら後を追った。

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