事件後(2)
部屋が驚愕の空気に包まれ、無音となった。
亜姫も驚きの表情で顔を上げる。
「い、ずみ……何言って……」
「殺すよ。お前の前にまたあいつらが現れる? そんなの絶対許さない。誰も何もしないのなら俺がやる」
「そん、な……こと」
「本気だよ。……俺はずっと見てきた。お前が今日まで何されてきたか。どれだけ不安がってたか。今日どんな目にあって、どれだけの恐怖にさらされて怯えてたか。全部この目で見た。
これを明日からも? お前ができても俺には出来ない。お前が俺らの為にやらないっつーなら、俺はお前の為にあいつらを殺す」
そこまで一気に言い放つと、和泉は強い眼差しで亜姫を見つめ、静かに告げた。
「俺を、人殺しにしたくないなら。──取り消すな」
亜姫が息を呑んで和泉を見た。
口を挟ませないよう、和泉は更に畳み掛ける。
「だいたい、それでいいと本気で思ってんのか」
俺達が守っていたのはなぜ? 助けに行ったのはなぜ?
亜姫に問う。
「怪我しても罪に問われても構わないと思った俺達の気持ちは? 無駄にするのか?
警察に言うと決めた時、自分がなんて言ったのか思い出せよ」
そこで亜姫がハッとした。
皆にしてもらったことを無駄にしたくない。無かったことにはしたくない。
自分がそう言ったことを思い出す。
「皆、お前の為に動いてんだよ。警察も学校も。お前の母さんだって仕事放り出して迎えに来てる。それはどうでもいいのか?
お前の親がこの先どれだけ心配するか……わからない?
俺達がどんな気持ちで明日から過ごすか。麗華がお前を止められなかったことをどれだけ悔やむか。
そういうの、本当にわからない?」
下を向いて無言になる亜姫。
「亜姫、聞いてる?」
和泉が声をかけるが、返事がない。
「おい、聞い……っ!」
亜姫が突然腹を強く押し、和泉から離れた。
無防備だった腹に手の平が思い切りめり込み、和泉は思わず言葉に詰まる。痛む腹をさすりながら亜姫を見おろすと。
彼女はすっかり泣きやみ、強い光を宿した目で和泉を睨んでいた。
そして、言った。
「まだ、助けてもらったお礼を言ってなかった。ありがとう」
和泉が反応する前にヒロ達の方を向き、亜姫は同じように礼を言う。それから大人達を真っ直ぐ見据えた。
「わがままを言って申し訳ありませんでした。……予定通り被害届を出してください。
でも、もし。もし和泉達が罰を受けることになった場合……私も同等の罰を一緒に受けます。法律上不可能でも、自身に科します。
先生、もし学校が罰を必要とする時は私にも同じものを出してください。学校がそれを約束してくれないなら、届けは出しません」
「亜姫!」
「お蔭様で目は覚めた。でも、これだけは私も絶対譲らない。自分だけ守られるなんてイヤ」
和泉の目を見て、亜姫ははっきりと言った。
そんな亜姫を見て、最善を尽くすと警察は約束した。
そして、山本達は言った。
「学校なら、大人ならできる。って、証明してやる」
結果として、和泉達が罰を受けることはなかった。
この時点ではまだわからないが、石橋達が以前から似たような犯行を重ねていたことが今回の手慣れた動きから発覚。彼らは退学となり、罪に問われることとなる。
ただ、この件に関しては石橋が亜姫に異様な執着を見せた末の犯行だった。
「好きだった。どうしても手に入れたかった。何が何でも、自分のものにしたかった」
石橋はそう自白したが、亜姫がこれを知るのは当分先のこととなる。
◇
それぞれの親が迎えに来ており、説明の為に亜姫達は別室で待たされることとなった。
部屋の中が人の入れ替えでざわつく。その中で、和泉が大きな溜息を吐き出した。
「あー、もう!!」
言いながらズルズルと体を前へ倒し、今にも椅子から落ちそうだ。
「和泉? 大丈夫か?」
「大丈夫なわけねーだろ」
和泉はその姿勢のまま亜姫を睨みつけると、突如声を荒げた。
「っ、このバカ!!」
目を丸くする亜姫に向かい、和泉は更に怒鳴る。
「取り消すとかふざけたことぬかしてんじゃねーよ、お前の為にここにいるんだろーが!」
「……っ、私だって、考え」
「考えてねぇ! よりによってこのタイミングでわけ分かんねぇ頑固っぷり発動させんな!
言い出したら聞かねぇとこ、少しは直せよ本当に!」
「だって……」
「こんな時まで自分のこと後回しにすんな! 毎度毎度暴走しやがって……少しは振り回される方の身になれよ!」
「和泉、お前こそ落ちつけ……。キャラぶっ壊れてるって……」
宥めるヒロと苦笑する麗華達。
涙目で反論しようとする亜姫を見て、和泉はまた溜息を吐く。
「お前は自分より人を優先するってわかってる。でも自分をもっと大事にしろよ。あのまま取り消されたらってマジで焦った。心臓持たねぇから、こーゆーのもうやめて……。
あー、助けに行ったときより今の方がダメージでけぇ……」
和泉は崩れた姿勢のまま、小さくなる亜姫の頭を軽く引き寄せ、撫でた。
そこで和泉は「うるさいし、邪魔」と怒られ、亜姫は「バカだなぁ」と山本から笑われ。そのまま揃って外に追い出された。
◇
亜姫が顔を洗いたいというので、和泉が一緒に付いていく。
無言のまま、黙々と顔を濡らす亜姫。
和泉はその横で水道の淵に腰かけ、その様子を見ながら濡れそうになる髪をそうっと避けた。
タオルを顔にあてながら、亜姫が「いずみ」と呼ぶ。
「ん?」
「ごめんね。約束、守れなくて……」
「約束?」
「他の人に触らせないって、約束してた……」
亜姫は俯いて、和泉を見ようとしなかった。
「触らせないように抵抗してたろ? 約束守ってたじゃん」
左右に首を振る亜姫からタオルを取り、和泉は優しく顔にあててやる。
「さっき、警察にも言えなかったことがある」
亜姫は下を向いたまま続けた。
「先輩に言われた……。和泉は男を知らなそうな私が珍しかっただけだって。
穢れるから和泉は私をもう必要としないって……汚い傷物だから、だって……」
涙をこぼす亜姫に、和泉は持っていたタオルを握らせた。
「亜姫は汚れてない。穢れてもいない」
小さく首を振る亜姫の頬を、和泉は優しく撫でる。
「今のお前、昨日までと何も変わらないよ。俺の好きな亜姫のままだ」
和泉は顔を覆うタオルを外し、触れるだけの口づけをする。
「いつも通り、甘い。保健室でも甘かった。
亜姫は……なにか、今までと違うって感じる……?」
再度、チュ……と優しく触れる。
亜姫が和泉の顔を見る。そして小さく首を振った。
「な? 変わらないだろ?」
コクンと頷く亜姫。
「動画も撮られてない。あぁ、そうだ。あいつらが触れたとこ全部、服を戻すときに俺が触り直してるからな。……いつも通り、いい触り心地だった」
肩から腕を優しくなぞりながら、からかうように和泉が言う。
「……バカ」
恥ずかしそうな亜姫と軽く笑い合う。
それからお互いの額と鼻先を合わせ……
「亜姫、愛してる」
和泉がそう伝え、再度唇を重ね合わせて。
それから二人で控え室に戻った。
親と学校の間で、明日からの登校についても話し合われていたらしい。
山本達に呼ばれて部屋へ戻ると、亜姫はしばらく親の車で送迎すると聞かされた。だが、思いがけず本人が拒否した。
「絶対に嫌。いつも通り登校する」
そうは言っても、精神的ダメージがどう影響するかわからないだろう。それに配慮して、混雑した電車通学はやめた方がよいと。登下校の時間や学園生活も出来る範囲で……と聞かされるが。
「お母さん達は仕事があるでしょう。そんな時間ないじゃない。迷惑かけたくない」
宥める母の言葉にも、亜姫は耳を貸さない。
「今日の出来事で私の生活は変わっちゃうの? 嫌だよ、いつも通りに過ごしたい。車はイヤ! 乗らない!」
普段駄々をこねたりしない亜姫の頑なな態度に大人が困惑する。だが、彼らとしては確実に守れる方法を選びたい。
どちらも譲れない、そんな雰囲気に割って入ったのは和泉だった。
「俺が付き添います」
部活もバイトもしていない自分は、時間が常に余っている。
家を出る時から帰宅まで付き添う。
無理だと思ったら、そこから先には行かせない。
その場合は何らかの手段や助けを使い、学校か自宅に連れていく。
自分なら何かあっても亜姫を抱えられるし、役には立つはずだ。
「だから、まずは亜姫のやりたいようにさせてもらえませんか?」
毎朝迎えに来るという彼の負担を亜姫の母が渋ったが、和泉は問題ないと言う。
亜姫の強い希望と和泉が無理な時は代わりを務めるとヒロ達も願い出たことで、『絶対に無理はしない』という条件付きでいつも通りにすることが決まった。
それを最後に解散となり、それぞれが親と帰宅していく。その中、和泉は亜姫の母へ頼んだ。
「5分だけ、時間もらってもいいですか?」
許可を貰うと、和泉は亜姫を廊下へと連れ出した。




