9月(1)
「和泉ってどんな女が好みなの?」
ヒロが問うも、和泉は無反応で昼食を口にする。
代わりに戸塚が答えた。
「派手な巨乳。色気たっぷりの女でしょ?」
「……違う」
「違うの? いつも、そーいう女ばっかり相手してるじゃん」
「……シたいわけじゃない」
「ヤりまくりな奴が何言ってんだ! なんだかんだ言っても楽しんでんだろ?」
「どんなことしてるの? 俺らに教えてよ」
「別に。女も内容もどうでもいーし……適当」
和泉は面倒くさそうに返事をする。その無気力な態度にヒロが不満そうな目を向けた。
「お前って本当に矛盾だらけだなぁ。なんつーか、全部無駄遣い。もったいねぇ」
「じゃあ、どんな女ならイイの?」
「……え?」
戸塚の問いに、和泉が珍しく顔を上げた。
「だから、和泉が興奮すんのってどんな女?」
和泉の頭に、また黒髪の笑顔が浮かび上がる。
風に揺れる髪、自分を見て笑いかける顔……と、そこで無理やり映像を遮断した。
「……どれも同じ。興味ねぇ」
和泉はブツブツ言う二人を放置していたが、しばらくしてポツリと呟いた。
「最近……女を見ると萎える」
「は?」
「いつから?」
「少し前」
「じゃあ今……シてる時、どーしてんの?」
「……違うことを考えてる」
ヒロ達が顔を見合わせてることに和泉は気づかない。考えごとをしていたようで、独り言がこぼれ落ちた。
「そうだ……同じことを考えてるな………」
「なにを考えてんだよ?」
思考に気をとられていた和泉は、うっかり答えてしまう。
「黒髪の、笑った女……」
そこまで言ってハッとする。
思わず二人を見ると、彼らはニヤニヤしながら和泉を見ていた。
「それって、現実の女?」
「………なんとなく、頭に浮かぶだけ」
「それが好みのタイプなんじゃねぇの?」
「違う」
和泉はそれきり喋らず、黙々と食べる。
だが、頭の中は黒髪の笑顔でいっぱいだった。
そこで、初めて気づいた。
女といる時だけでなく、日中やふとした瞬間にもあの子が笑いかけてくる想像をしていると。
そして、和泉はまだ気がついていなかった。
日に日に「黒髪の笑顔」が頭を占める時間が増していることに。
外に出れば、いつでもその姿を探していたことに。
◇
この日、亜姫達三人は昼を外で食べようと移動していた。
「亜姫の理想のタイプってどんな人?」
「えーと、おっぱいが柔らかくてプルプ……」
「違う! 好きな男のタイプ!」
琴音の質問はいつも唐突だ。
「あぁ、そっち? 男……好きなタイプ……うーん?」
「亜姫……もう少し男に興味もちなよ」
琴音の呆れた声。
亜姫は困ったように笑う。
そんなの、考えたことがないからわからない。
二人はどうなのか? 亜姫は問い返してみた。
「麗華は?」
「私は年上。働いて自立してる社会人がいい。スーツが似合う大人の男」
「琴音ちゃんは?」
「絶対、年下。犬みたいに人懐っこくつきまとわれたい」
「えっ、意外。イズミとやらじゃないんだ?」
「あれは観賞用。あんなの、現実味が無さ過ぎるじゃない」
「現実味……」
確かに。亜姫もそう思っていた。しかし実際に姿を見たせいか、今では前より身近に感じる。
「じゃあ、どうしてあんなに夢中なの?」
「芸能人を追っかける感覚? 話題豊富な超絶イケメンが身近にいるなんて、滅多にないじゃない。
亜姫がおっぱいに夢中なのと一緒だよ。目の前に理想のおっぱいがあったら追いかけたくなるでしょ?」
「なるほど」
おっぱいで例えると非常にわかりやすい、と亜姫は頷く。
確かに、目の前にあれば間違いなく追いかける。それを手に入れるのは現実的に難しいことも理解している。それでも絶対に欲しいので、諦めたり鑑賞で終わらせたりはしないけれど。
そう考えていた亜姫の耳に、琴音の言葉が衝撃的に飛び込んできた。
「私は恋愛も同じぐらい夢中でするけどね!」
亜姫は驚きに目を見開いた。
「えっ、琴音ちゃん……もしかして、好きな人がいるの?」
「いるよ。しかも今、ちょっとイイ感じ」
フフッと笑う琴音の表情は、和泉に興奮している時とは全然違っていた。
「琴音ちゃんが可愛い女の子になってる……」
「あ、私ももうすぐ彼氏できそう」
突如横からぶち込まれた言葉。亜姫は手に持つペットボトルを地面に落とした。
「れ、麗華……?」
衝撃を受けている間に、筒状のペットボトルがコロコロと転がっていく。亜姫はすぐ先の階段から落ち始めたそれを追いながら後ろを振り返った。
「な、何も聞いてないよ! 麗華! どうして」
そう叫んだところで体に浮遊感。なぜか景色が下降する。
直後にドン! と何かにぶつかり、それは止まった。
「うわっ、あっぶね! なんだ? 喧嘩?」
頭の上から低くて太い声。
亜姫が見上げると、明らかに年上だとわかる体格のいい男と目が合った。見下ろす顔が随分と近い。
青ざめて飛んできた麗華の言葉で、自分が階段を踏み外して下から来た彼に突っ込んでいったことを知る。
亜姫は今、その腕の中にいた。
「わっ、ごめんなさい! 前見てなかった!」
慌てて体を退かす。
「別にいーけど。……お前、怪我は?」
二人同時に、体の上から下まで眺める。
「大丈夫そうです。喧嘩もしてないです」
「そうみたいだな」
そしてなんとなく二人で顔を見合わせて、やっぱり同じタイミングで笑い合う。
ゴツい体に怖そうな顔、だけど優しい笑顔と話し方。頼りになるお兄さん、という雰囲気。
その様子になんだか気が緩み、亜姫はにこにこと笑いながら佇む。するとペットボトルが差し出された。
「これ、お前のだろ?」
「あ、忘れてた」
「おい、大丈夫かよ。しっかり前向いて歩け。もう落とすなよ? つーか、お前も落ちるなよ?」
そう言って、彼はまた笑った。
彼はニ年生。熊澤 悠仁先輩。周りにいた人達もゴツかったけれど、皆同じように優しかった。
情報通の琴音によると、彼らは柔道部らしい。なかでも熊澤は人望があり、男女問わず相当な人気者なんだとか。
納得。
琴音が熊澤の話を始めたので麗華の恋愛話はうやむやになり、結局それ以上聞くことはできなかった。