５月
「お、来た来た。すぐ戻ると思ってたんだ」
「腹減った。メシ行こーぜ」
教室へ戻ってきた和泉を迎えたのは戸塚とヒロ。
彼らは制服が人気の高校へ入学したばかり。落ち着いた雰囲気で物腰柔らかな戸塚と人懐っこく元気あふれるヒロ。彼らは整った容姿を持ち、多くの視線を集めている。
だが、ひときわ目立つのは「和泉」と呼ばれたこの男。
185センチ超えの長身。細身だがしなやかな体。長い手足。無造作に立たせた短髪は明るい栗色。そして、造り物のように整った涼しげな顔。
彼は有名だった。
──いつも違う女とヤっていることで。
「で？ 今日の相手はどーだった？ 三年だっけ？」
「別に」
「あの先輩、いつ見てもやたらエロいよな。興奮した？」
「しない。面倒なだけ」
和泉は携帯を見つつ、無表情で気怠そうな返事を寄越す。
その態度にヒロが不満をぶつけた。
「おい、ヤりたがってる奴がどんだけいると思ってんだ。そんな事言うなら代われよ俺と！」
「いーよ」
「簡単に言うんじゃねぇよ！ 出来るならとっくに代わってるって！
あー、俺もヤりたい！ ヤりまくりたい！ なんならずっとツッコんだまま生活したい！」
すると、和泉が顔を上げた。
「あんなの、何がいいんだよ？」
「お前、それ……ヤりまくってる奴が言うセリフじゃねぇわ……」
ヒロはガクリと肩を落とした。
その横で、戸塚が苦笑しながら呟く。
「あの和泉が女にもセックスにも興味がない、なんて……誰も思わないだろうな」
◇
「もう！ また髪がボサボサ。ほら、座って」
亜姫は今日も麗華に怒られている。
「いいよこれぐらい。誰も見てないし」
「そういう問題じゃないの！ 約束したでしょ、高校では身だしなみに気を遣うって」
「うん。だから、毎朝シャワー浴びてるよ？」
「これじゃあ意味ないじゃない。髪ぐらいちゃんと整えてきなさいよ」
「はぁーい」
小学四年の時、麗華が転校してきた。
初めて会った時、こんなに綺麗な人が存在するのかと亜姫は驚いた。それまで(自身を含め)人の見た目など気にしたこともなかったが、まるでお人形の様な麗華を見た瞬間あんぐりと口を開けて呆けた。
その顔に麗華が爆笑して、それ以来二人はずっと一緒だ。
「あの時の亜姫のアホ面、今だに笑っちゃう。顎が外れてるんじゃないかと思ったもの」
麗華がくすくす笑う。
「麗華こそ。綺麗なお人形だと思ってたら、突然お腹抱えて笑い転げるんだもん。びっくりしたよ」
「あんなに笑ったのはあの時が初めてよ。笑うことなんて滅多に無かったのに……ほんと、亜姫といると飽きないわ」
麗華の家は父親が早くに亡くなっていて、女だけの三人暮らし。
麗華はその美貌だけでなく、やたらと色っぽい。あまり高くない身長に形のいい大きなおっぱいと柔らかそうな手足がついていて、細いのに肉感的。顔も体も色気で溢れている。
その弊害か男性から嫌な目に合うことが多く、男全般に異常に冷たい。
そしてこの娘、橘 亜姫。麗華と共に入学した高校１年生。
この学校に決めた理由は、家から近かったことと制服が可愛かったから。ちなみに、麗華は亜姫と同じところへ行くと決めていたからだ。
「せっかく可愛い制服着るんだから、毎日綺麗にするって決めたでしょ？ 亜姫は可愛いのに宝の持ち腐れね」
「それは麗華のことでしょう。そんな事を言ってくれるのは麗華ぐらいだよ？」
と言っても、亜姫は全然気にしていない。もともと自分の見た目に無頓着な子だったから。
「本当に可愛いんだけどね……」
麗華は溜息をつき、諦めを滲ませる。
実のところ、亜姫はとても可愛い。
クリっとした瞳は黒目が大きく垂れ目がち。小さめの唇とあまり高くない鼻。それらが小顔の中にバランスよく配置されている。胸あたりまであるストレートの黒髪は艶々だ。
165センチの長身。手足は細くて長く、スレンダーなモデル体型。
だが本人が見た目を全く意識してないことと、顔立ちも性格も雰囲気も幼さを感じさせるせいか、あまり目立たない。実際、友人達からはいつも子供扱いをされている。
それでも亜姫の可愛さに気づく男はいる。だが、恋愛方面にアンテナが向かない亜姫は全く気がつかない。麗華が常に目を光らせているので、つけ込む隙がそもそも無いのだけれど。
「そういえば、いい情報を手に入れたの。今日から早速やってみるつもり」
「また？ そう言って何年も経つけど全然変わらないじゃない。もうやめたら？」
「やだ。麗華みたいなプルプルおっぱいが欲しい！」
「亜姫の胸でも別にいいでしょ？ この間お店で測った時、それなりにあったじゃない」
「あんなに色んなとこから寄せるなんて、自分じゃ出来ないよ。こんなの嫌だ、何もしなくてもプルプルおっぱい！ それで作れる谷間が欲しい！」
叫ぶ亜姫の手を麗華がはたく。
「こんなとこで自分の胸揉みしだくなって言ってるでしょ。まったく……胸なんてパッド入れて寄せたら済む話じゃないの」
「モノに頼るのは駄目だってば。自前で谷間！」
「はいはい、頑張って」
亜姫は、寝ても覚めてもおっぱいのことばかり考えている子だった。
