表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/186

2月(2)

 学校の最奥にある小さな裏庭。和泉はそこにいた。

 

 古びた石の長椅子が一つだけ置いてあるそこは、立入禁止の場所で人が来ない。和泉は一人になりたい時、そこを使っていた。


 長椅子の上で力なく寝そべり、視界を遮断するように腕を乗せる。

 

 久々に授業サボったな。ここに来るの、随分久し振りだ。

 ここ、こんなに寂しい場所だったっけ……?

 

 今は五時間目。和泉は全てから逃れるようにここへ来た。

 

 

 あー駄目だ、思ったよりダメージあるかも……。

 

 一番キツかったのは昨日だ。熊澤って男とあの子の話。頭を硬い棒で殴られたような衝撃を受けた。

 ついさっき、それが誤解だったとわかり……脱力するほどホッとしている自分に腹が立つ。

 

 資格ねぇって言ってるだろ。

 ヒロ達にあんなこと言ったけど、全然割り切れてねーじゃん。諦め悪いな、俺……。

 

 自分が隣にいない想像はしていた。それは割り切れていたはずだった。

 でも、あの子の隣に誰かが立つ想像は一度もしたことがなかった。

 

 そんな事は起きないと勝手に思っていたのか、まだどこかで望んでいたのか。

 そんな自分にうんざりする。

 もしも、過去がやり直せたなら……。

 

「おい」

 

 突然間近で声が聞こえ、思考が途切れた。だが人が来ると思っていなかったせいか、頭がうまく切り替わらない。和泉はしばしボーッとする。

 

「おい、具合が悪いのか? 手助け、必要?」 

 顔に乗せた腕をグイッと引かれ、一気に視界が明るくなった。

「いや、大丈夫……」

 和泉は気怠そうに体を起こすと、声の主を見た。

 

 目の前に立つ、屈強そうなガタイのいい男。見た目は厳ついが声が優しかった。

 

「ふーん? あんまり大丈夫そうには見えねーけどな?」

 彼はそう言うと、迷いなく隣に腰かけた。 

「……え? ここに座んのかよ?」

 和泉が驚くも、彼は飄々と言う。

「ここ、俺の隠れ家。誰にも会ったことなかったのに先客がいて驚いた。

 休みたくて来たんだよ。椅子はこれしかねーんだから俺にも座らせろ」

「別にいーけど。俺も、ここで人に会ったのは初めて」 

 彼があまりにも普通に接してくるので、和泉もつい同じように話してしまう。初めて見る相手に変な感覚だったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 

「あんた、なんかスポーツやってんの?」

「なんで?」

「や、体格良すぎだし……」

 あぁ、と彼は笑う。

「柔道。小さい頃からずっとやってる」

「ああ、そんな感じする。すごく強そう」

 すると、彼はハハッと笑った。

「そうでもねーよ? どんだけ頑張っても、必ずもっと強い奴がいてさ。けっこう負ける」

「負けたらどーすんの?」

「悔しがる」

 

 和泉は思わず笑ってしまった。

 見るからに強そうな男が軽い口調で言う言葉。とてもじゃないが言葉通りには受け取れない。

 

「なんで笑うんだよ」

 彼は文句を言うでもなく、軽い口調で続ける。和泉はまた笑った。

「悔しがるところ、全然想像できない」

「なんでだよ。負けたら悔しい。当たり前のことだろ? 勝ちたいと思って勝負に出てんだから」

「あー……だな。悪い、馬鹿にするつもりはなかったんだけど」 

 口調は淡々としているが、真っ直ぐな彼の目に真剣さを感じる。なので、和泉は素直に謝った。 

「別に謝ることじゃねーけど。お前は? ないの? 負けたくないとか悔しいって思うこと」

  

 不意に聞かれて和泉は戸惑う。

「俺は……何も考えずに生きてきたから。……よくわかんねぇ」

「じゃあ、今考えてみろよ」 

「……え?」

 和泉は、動きを止めて彼を見た。

 

 真っ直ぐ向けられた視線が、軽い口調で放たれた言葉と共に和泉へ突き刺さる。

 

「わざわざ授業サボってここにいるって事は。考えたくない事か、逆に考えすぎてる事があるんじゃねーの?

 俺はそーいう時にここへ来るんだけど。お前は違うの?」

  

「あんたは? なんでここに来たの?」

 和泉は返事をせず、逆に問い返した。 

「俺? 俺は……さっきの話じゃねぇけどさ。

 叶えたい夢があんだよ。でも、勝てない相手がいる。

 試合のことだけじゃねぇよ? もちろん相手についてもだけど、なんつーか……自分が乗り越えなきゃいけないもの? プレッシャーだったり、やりたくない事だったり……逆に、やりたいのにどうしても出来ない事だったり。そもそも何をしたらいいかわからなくなる時とか。

 そーゆーのに心が折れそうになったり諦めたりしたくなると、ここへ来るんだ」

「来て、どーすんの?」

「整理する。自分の頭ん中。あと……気持ち?

 何がしたいか、何をすべきか。何が嫌なのか、とか。

 ひたすら考えて、結局俺はどーしたいのか。そこに行き着くまで考えるかな」

「答えが出ない時はどーすんの?」

「考えんのやめる」

「は?」

「ここで答えが出ない時は、迷ってる時だから。

 何に迷ってるかだけ見つけて、しばらく気の向くまま動く。そしたら、だいたい答えが見つかる。俺の場合はね」

「へぇ……」

「お前は? なんで来たの?」

 

 いつの間にか和泉は心を開いていた。考えろと言われるまま、素直に考えてしまっている。だがそんな自分に気づかず、和泉は思うまま口にした。 

「逃げたかった……から、かな……」

「何から?」

「…………叶わないとわかってることを……望む自分から? って、そんなの無理か、自分から逃げるなんて」

「いや、俺も逃げたくなる時あるよ」

「あんたも? そんな時があんの?」

「試合が始まる前、よく思う」

「へぇ……」

「俺がもっと強かったら勝てるのに、とか。相手がもっと弱い奴ならよかったのに、とか。相手が強ければ強いほど、一度は現実逃避する」

「そのあとはどーすんの?」

「なんで逃げたくなるんだと思う?」

 

 逆に問い返され、和泉は考える。

 

「自分に、自信が無いから……?」

「そう、当たり。それなんだよな。

 手に入れたいものは決まってる。でも、手に入れる自信が無い。

 だったら自信がつくように努力すればいい。それまでは、いま出来ることを必死でやるしかない。

 結局、そこに行き着くんだよ」 

 その繰り返しだよ、いつも。

 そう言って彼は笑った。

 

「いつまでも自信がつかない場合は? もしくは……そんなこと考えられないぐらい、絶対叶わないとわかってることだったら?」 

 気づけば、そんな問いが口から勝手に出ていた。

 思わず顔を上げると、興味深そうに眺める彼と目が合った。

 

「絶対ムリだとわかった場合。諦められんの、それ?」

「……………無理」

「なら。何をすれば叶うのか、ひたすら考えるしかねーよ。

 だって、お前の気持ちはもう固まってる」

「え?」 

 和泉の目を見て、彼はきっぱりと言った。 

「答え、もう出てるじゃん。

 お前はそれを手に入れたいんだよ。何を手に入れたいのか知らねーけど。

 お前にとって、それが『他の奴に負けたくない、取られたら悔しい』と思うもんだってことだ」

 

 そして、彼は声を出して笑った。

「そもそもさ、逃げてどーにかなる事ならこんなとこまで来ないんだよ。俺もお前も」

 

 ポカンとする和泉を見て、彼は面白い物を見つけたような顔をする。そのまましばらく眺めていたが、和泉がいつまでも固まったままなのでとうとう笑い出した。 

「はー、まったく。お前と話してたら答えが出ちゃったじゃねーか。考えながらのんびりするつもりだったのに。

 ほら、お前も結論出たんだろ? 帰るぞ。今なら次の授業に間に合うだろ」

 そう言って立ち上がる彼につられて、和泉も歩き出した。

 

 


 

 ◇

 変な人だった。けど、なぜか妙に話しやすくて……年上だよな……? 

 教室へ向かう和泉は、名も知らぬ彼を思い出してちょっと笑う。

 

 さっきの会話が強烈に自分を揺り動かしていた。

 でも不快じゃない。何とも言えない、心地良い揺れ。

 

 ──考えてみろよ。結局どーしたいのか──

 

 ──絶対無理だとわかったとして。諦められんの、それ? 

 なら、何をすれば叶うか考えるしかねーよ──

 

 ──答え、出てるじゃん。

 お前は、それを手に入れたいんだよ。お前にとってそれは、『他の奴に負けたくない、取られたら悔しい』と思うもんだってことだ──

 

 そうか。

 諦めたくないんだ、俺は。

 

 ──手に入れたいものは決まってる。でも、手に入れる自信が無い。だったら、自信がつくように努力すればいい。

 それまでは、今の自分に出来ることを必死でやるしかない。その繰り返しだよ、いつも──

 

 ──答えが出ないときはどーすんの?

 考えんのやめる。ここで答えが出ないときは、迷ってるときだから。

 何に迷ってるかだけ見つけて、しばらく気の向くまま動く。そしたら、だいたい答えが見つかる──


 手に入れたい。他のヤツに取られたくない。

 でも、今は自信も方法もない。

 

 それでいい。どうしたらいいか分かるまでは。

 

 いつか、現実に存在する「橘亜姫」に笑いかけてもらう。

 それが、今ハッキリと言える叶えたい夢。

 

 あの子が好きだ。あの子を諦めない。

 今は、それだけわかっていればいい。

 

 なんだ、簡単なことじゃん。

 俺は「あの子」を好きなままでいいんだ。

 

「なんだ、そっか。……すげーな、あの人」

 初めて会ったにも関わらず、妙な存在感を残していった彼に感謝する。 

 和泉はすっきりした気分で教室へと戻り。その日のうちに、ヒロ達へ自分の気持ちを話した。 

 

 今すぐ何かをするわけではない。

 いま出来る事は、いざという時に恥ずかしくない自分になること。 

 まずは、そこから。

 


  

  

 ◇

「おー、和泉! 元気そうだな?」 

 突如後ろから響いた声に、和泉は振り向いた。

「あんた! なんで俺の名前……」

 そこにいたのは昨日会ったあの男だった。

 

 困惑する和泉に彼はニヤリと笑いかける。

「お前、有名だから」

 そう言うやいなや、唖然とする和泉の肩をガシッと掴み端へ寄せた。その耳元で彼は囁く。

「お互い、うっかりヘタレな姿見せちゃったってことで。昨日の事は二人だけの秘密な」 

 和泉が無言で顔を見ると、彼は昨日と同じ顔で笑い、ひらひらと手を振りながら去って行った。

 

 横にいたヒロ達が呆然とその背を見送っている。

「和泉……知り合いだったのかよ?」

「え? あぁ、いや、ちょっと……」

  

 彼と会ったことは話していなかった。昨日の話は、なんとなく胸にしまっておきたかったから。

 

「お前らこそ、あの人のこと知ってんの?」

「おい、お前……知らないのにあんなに仲良くなってんの?」

「いや、別に仲いいってわけじゃ……」

「熊澤先輩だよ」

「………え?」

「あの人が、亜姫と噂になってた熊澤悠仁先輩」

 

 ………………ウソだろ?

 和泉は呆然とする。

 

 カッコイイよな。と言うヒロの言葉に、和泉は頷くしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ