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プールに(1)

 プール開きをした後の、ある晴れた日。

 皆でプールに行くべく、亜姫が住む駅で待ち合わせをしていた。

 

 和泉は一足早く駅に降り立ち、亜姫を迎えに行く為改札を抜ける。

 そこで名を呼ばれた気がして振り返った。すると、目の前に知らない女子が立っていた。

 

「和泉魁夜君、ですよね」


 和泉は返事をせず、冷たい視線だけを向ける。その子の後ろには、付き添いらしき数人が見守るように立っていた。

 

 亜姫と似たような風貌の子。告白され、断ったものの何かと引き止めてくる。友人までが止めるどころか後押しするので、苛ついた和泉は途中で口を挟んだ。

「悪いけど、関わる気はない」

 一方的に告げてその場をあとにした。

 

 うっかり振り向いてしまった自分に苛つく。 

 亜姫と付き合いだしてしばらく経つと、ちょっとした隙に声をかけられることが増えた。

 派手な女からは昔から。だが清楚系と言うのだろうか、そういう女が近づくようになった。


 「亜姫と似たような雰囲気ならば近づける」と勘違いする女が増えたのだと、ヒロ達に言われて知った。

 

 また、一時期近づかなくなった奴らも再び来るようになった。これもヒロ達に言わせれば、

「和泉の雰囲気が柔らかくなって声をかけやすくなった」

「亜姫が一見弱そうに見えるから」

 だという。

 

 バカバカしい。自分に近づくのは、相変わらず身勝手で一方的に主張を押し付けてくる奴ばかりだ。

 返事もろくにしない、目も合わせない、まともに相手なんてしないとわかっているこんな男になぜ近づくのか。

 なにより、亜姫しか見えてないとなぜ分からないのか。不思議でならない。

 

 亜姫がいるのに平気で話しかけてくる奴も少なくない。

 亜姫なら簡単に排除できる、自分達のほうが上だと勘違いして邪魔しに来るらしいが、一体何を基準に考えているのやら。

 

 しかし当の本人である亜姫は、

「用があるなら、私のことは気にせずどうぞ」

 と笑顔で譲る姿勢を見せてしまうのだ。それがまた相手を助長させてしまう。

 

 亜姫がやきもちや独占欲を見せないことが、周りからはそんなに執着してないように見えるのだろうが。まぁ、そこに関してだけは和泉も不満に思う部分ではある。

 

 亜姫の中に「和泉のものになりたい」という欲は出た。自身の気持ちに鈍い亜姫にしては、これ以上ないほど上出来だ。万が一好意を告げる男がいても、間違いなく「好きなのは和泉だけ」と迷うことなく伝えるだろう。

 だが「和泉は私のものだ」とは思わないだろうし、そんなことを亜姫は望まない。

 

 なぜなら。

 

『和泉はモノじゃない。誰をどう思うかは和泉の自由で、私は選び続けてもらえるように頑張る』 

 という考え方だから。

 

 だから、近づく奴らが明らかに横取りしようとしていても、

「それは貴方と和泉の問題だから」

 と、話し合いの時間と場を譲ってしまう。

 

 和泉としてはどうでもいい女に割く時間などないので話を聞かずに切り捨てようと思うのだが、そうすると亜姫に叱られる。

「どんな理由だとしても、気持ちを伝える為に話しかけるのは勇気がいること。それを無かったことにしちゃ駄目」

 と。

 

 こちらの都合などお構いなしに近づき、あわよくば亜姫も排除しようとする奴らにそんな気遣い不要だろう。そう思うけれど、あまりにも叱られるので話だけは聞くようになった。

 言い分を聞いた上でバッサリ切り捨てる、それなら亜姫は何も言わない。なので、これは相手の為と言うより亜姫の為だ。

 

 だが近づく奴らにしてみれば、声さえかければ近づけるし話が出来るし頼めば亜姫は席を外してくれるしと、いらぬ誤解を産んでややこしくなった。

 

 近づく奴が増えれば少しは独占欲を産むかも……と淡い期待を持ってみたものの、当の亜姫は

「相変わらず人気者だね」

 と他人事のような言い草。むしろ、

「和泉の良さを知る人が増えたってことだよ」

 と喜ぶ始末。


 他者を大事にする亜姫らしいと言えばそれまでだが、ツッコミどころが多すぎる。

 

 自分の気持ちを信じてくれているのだろうと嬉しくもあるのだが、色んな意味でもう少し執着を見せてほしいと思ってしまう。そうすれば、少なくとも面倒事は半減するだろうに。

 

 だが、今の亜姫にそこまで望むのは無理がある。

 

 何故だか己の価値だけやたら低いところにある亜姫は、自分のワガママは人の迷惑にしかならないと思っている。そんな亜姫が時折自分にだけワガママや甘えを見せるようになっただけで、ものすごい進歩なのだから。


 いつか「和泉は私の! 他の人と話さないで」と言ってもらえる日を、和泉は密かに夢見ている。

 

 ただ、楽観視してばかりではいられない。未だにどうしようもない人間ばかりを引き寄せる自分のクズさが問題なのだろうが、奴らの悪意はたいてい亜姫に向かう。 


「一見弱そうに見える」亜姫が逞しいのは言わずとしれたことだが、それはあくまでも「心」の方だ。相手が力に物を言わせれば実害は避けられない。石橋がいい例だろう。

 今は自分が亜姫のそばを離れないので安心だが、この先亜姫が自立していけば再び危険は増していくわけで。

 

 いつまでたっても亜姫の噂は消えない。

 何故こんなに有り得ない噂ばかりが独り歩きするのかわからないが、とにかく今は目を離さないようにしないと……。

 今でさえ洗面所や男女別の授業等、どうしたって一緒にいられない瞬間はある。一瞬の間に取り返しがつかなくなることは、あの事件で嫌というほど思い知らされた。

 

 和泉は気を引き締め直して、亜姫の家のインターホンを押した。

 

 

 

 ◇

「うわぁ、人がいっぱい…………」


 電車の混み具合から予想はしていたが、プールは大混雑だった。今日は夏日で天気もよいので余計かもしれない。

 

「どーする? 亜姫、行けそう? なんなら別の遊びに変更してもいーけど?」

 ヒロがそう提案したが、亜姫はやっぱり行ってみたかった。 

「じゃあ、行ってみて無理なら和泉とその辺でイチャこいとけ。

 俺はお前がどうだろうと、来たからには遊びまくって帰るからな! 麗華、お前今日はこっちにつきあえよ」

「あんた、無駄にテンションが高いわね。私、体力もつかしら……」

 嫌そうな麗華に笑いながら、それぞれ更衣室へと入った。

  

「亜姫……やっぱり痩せた」

「えっ、おっぱい小さくなった?」

「バカ、おっぱいだけの話じゃないわよ。もう少し体重戻そ?」

「うん、ありがとう。今日は美味しいものも沢山食べようね!」

「昼過ぎに沙世莉と先輩も来られるって。久々よね、先輩に会うのも」

「うん!」

 

 着替えを済ませて外に出ると、和泉達が知らない女子に囲まれていた。 

「あーぁ……来た早々めんどくさいわね」

 麗華がうんざりすると、亜姫に気づいた和泉が周りを無視してやってきた。


 ヒロと戸塚がその子達へ丁寧に断りを入れていたが、甘い顔を向ける和泉の後ろから亜姫へ鋭い視線が刺さった。

 

 麗華は無言でそちらを睨み返し、和泉に言う。

「余計なトラブル持ち込まないでよ?」

「わかってるよ」

 和泉はその子達から隠すように亜姫を引き寄せて歩き出した。

 

 運良く、端の方に休憩場所を確保できた。

 想像以上の混雑だったので、麗華と二人で動くのは諦めた。昼には沙世莉達が合流するし、ここにはスライダーや波のプールなど楽しめるものが沢山ある。今日はとにかくこの場を楽しむことにした。

  

「もう少し食う?」

「食べる」

 和泉が出したスプーンを亜姫がパクっと口に含む。

 

 今、二人は休憩中だ。今日の和泉は餌付けと称して休憩の度に何かを食べさせている。今はカロリーが高そうな濃厚アイスを口に入れたところ。


「こんなに食べてたらお昼が入らなくなっちゃう」

「そうだな、でも頑張って食えよ。もう少し太れ」

「そんなに痩せてる? あと2キロぐらいで元に戻るんだけどなぁ」

 

 ご飯を食べられなかった時期に亜姫はかなり痩せた。柔らかそうな身体のラインは戻ってきたが、食欲が戻りきらないのを和泉は気にしていた。


「お前は元々細かったからな。でも俺は、もう少し肉付きある方が好み。夏休みの間に、元の体重に戻そうな」

「全部おっぱいにつかないかな、その2キロ……」

「ずっと揉んでてやろうか? なんなら今すぐにでも」

「バカっ!」

 亜姫が真っ赤な顔で胸元を隠し、それに和泉は笑う。

 

 食べ終えたアイスをごみ袋に放り投げ、和泉は亜姫を抱き寄せた。

 麗華は今、ヒロ達に連れられスライダーに並んでいる。

 

「体調は大丈夫?」 

「うん。連れてきてくれてありがとう。すごく楽しい」

「俺も楽しい。お前の水着姿を他の奴に見られんのは嫌なんだけど」

「まだ言ってる。周りも水着だらけなんだから、私のことなんて誰も見ないってば。

 声をかけられるとしたら麗華やさよりちゃんだって言ってるでしょう?」

 

 相変わらずな亜姫に和泉は溜息しか出てこない。誰か、この子に危機感や自信を植え付けてくれないか。

 

 洗面所へ行くという亜姫に、自分が持ってきた予備のTシャツを着せた。亜姫の水着姿は妙に色気があるので、出来るだけ人目に晒したくない。

 とはいえ、シャツ姿も妙に目立つ。和泉は亜姫を抱き寄せ、その姿を少しでも隠すようにした。

 

 

 

 ◇

 用を済ませた亜姫は洗面所で手を洗っていた。

 その隣で華やかな女の子達が化粧を直していたのだが、その中の一人に亜姫がぶつかってしまう。

 

 すみませんと言いながら顔を向けると。

 目の前に、こんがりと()に焼けたプルプルおっぱいがあった。

 

 プルプルおっぱい……その全てに目がない亜姫だが、その中に「理想的なおっぱい」というものがある。

 水着からのはみ出し具合といい、盛り上がり方といい、見た感じの弾力といい、滅多に見られない黄金比のおっぱい(あくまで亜姫基準)がそこにあった。


 あっ! これ……さ、触りたい!

 

 だが、知らない人のおっぱいをまじまじと見るなんてさすがに失礼だ。亜姫は手を洗うフリをして横目で盗み見た。

 

 どうしたらこうなるのか、聞いても平気だろうか。

 頼んだら触らせてくれないかな?

 いや、無理だよなぁ。じゃあ、よろけたフリして触るとか………?

 

 変態のような思考になっていることなど気づきもせず、亜姫はおっぱいで頭がいっぱいになっていた。

 

「─────っ! ねぇっ、聞いてんの?」

 不意に腕を引かれ、亜姫は我に返る。引かれた腕から視線を辿ると、黄金比プルプルがあった。

 おっぱいへ釘付けになりそうな視線をどうにか顔に据えると、黄金比プルプル(の持ち主)はなんだか怒っているようだ。

「……はい?」

「っ! なんなの、あんた……」

 

 おっぱいを見てたことがバレちゃったのかな。ああそうだよね、知らない人に見られてたら気分は良くないよね。

 でも、これはチャンス? 頼めば触らせてもらえるかも……。

 

 そんなことを考えながら無言で見返していた亜姫に、相手は苛つきを見せた。

 周りの子も同じような目で亜姫を見ているが、亜姫が考えているのは依然としておっぱいのことだけだ。

 

「───紹介するから代わりに私達にヤらせてよ」

「えっ……?」

 

 おっぱい大きくする方法知ってる人、紹介してくれるの!?

 

 目を輝かせた亜姫に相手が蔑んだ目を向けてくる。やっぱり噂通り……とボソボソ言う声が出るが、勿論亜姫は聞いていない。

 

「希望ぐらいは聞いてあげる。シたいのは何人?」

「えっ!! そんなにいるの? 皆、やり方違うかなぁ?」

「えっ、ヤり方……? まぁ、激しいのとか優しいのとか……複数でもそれなりに探すことは出来るけど」

「本当!? 皆さん、他では出来ないことを教えてくれるかな?

 ある程度はやりこんでるから、専門的な事を教えてくれる人がいたらお願いしたいのだけど。

 ごめんなさい、会ったばかりなのに図々しくお願いしちゃって……」

 

 亜姫はパアァ………と顔を輝かせた。

 そんな人が何人も見つかるなんて嬉しすぎる!


「あ、あんた……見た目によらないわね。やっぱり和泉を体で……」

「へ? 和泉? ううん、和泉は私なんかじゃ物足りないと思うよ? ものすごく我慢してくれてるんじゃないかなぁ。

 あ、それで何人ぐらい紹介してもらえるのかな? 女性、ですよね……もちろん?」

「えっ、女がいいの……? 男じゃなくて?」

「うん。だって男の人でも教えてくれるかもしれないけど、女性ならではの知識を実際にやりながら教えてもらいたくて。目の前でじっくり、何度も見られる方が嬉しい。

 なんなら、あなた達でもいいんだけど……と言うか、あなた達がいいんだけど。無理かなぁ?」

 

 おっぱいに視線を合わせ、これ以上ないほど嬉々としていく亜姫。

 その異様とも言える姿に、少しずつ彼女達がざわつき始めた。

 

 黄金比プルプル(の持ち主)が、気を取り直すように強く言う。

「そ、れは無理。言ったでしょ、私達は和泉と……だから紹介、って言ってるじゃない!」

「あれ? 和泉と……?」

 

 知り合い? あぁ、だから声をかけてくれたのか。

 なんだ、じゃあ最初から和泉に紹介してもらえばよかった。

 高橋さん達みたいに色々教えてもらえるかも……。

 あわよくば、この黄金比プルプルを触らせてもらえるかも……!

 

 期待値が最高潮に達した亜姫は、意気揚々と彼女達に言う。

「和泉も一緒に来てるよ。今から行く?

 あ……そうだ。今の話、和泉には内緒にしてもらえるかなぁ? 和泉に言うと、そんなもん全部自分が教えてやるって他でやらせてもらえないの。

 この手の話をすると意地悪なことばっかり言うから、それも耐えられなくて。

 でもやっぱりやりたいの。できるだけ内密に、なんならすぐにでもやりたいな……。

 内容はハードでもいいから、むしろまとめて一回でお願いしたい。過酷な方が満足な結果が出そうだし、そう思うとやる気も出るし、テンションも上がるから!」

 

 ドン引きしている彼女達には気づかず、亜姫はウキウキと話を続けた。

「あー、でも嬉しい! 最近はやり尽くしちゃってて、レアな知識持ってる人がなかなかいないから困ってたんだ。そろそろ和泉に、私もやれば出来るって見せつけたいし……。

 あ、ごめんなさい! つい興奮しちゃって。和泉が外にいるから、今すぐ行こう」

 と、そこまで言ったところで、顔を見合わせてヒソヒソ話をする彼女達に気がついた。

 

 何故だかわからないが、彼女達は少しずつ亜姫から離れていく。

 

 亜姫は首を傾げて尋ねた。

「どうしたの? 和泉に……」

「あっ、あー………ごめん、あんたを満足させられそうな奴はいそうにないかなー、なんて……。

 ってことで、この話は無かった事にしてくれない?」

「えっ!」

「ほんっとに申し訳ないんだけどさ、他を当たってくれる?」

「えーっ! いや、あなた達がいいのだけど? じゃあ、和泉と一緒になら話………」

「っ、無理、余計無理だって! 悪いけど、私達の手には負えそうにない。ごめんね!」

 

 ぽかんとしている亜姫を置いて、彼女達は逃げるように出ていった。

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