閑話 ある探索者パーティの末路
グンマダンジョンに3人の男達が足を踏み入れた。先ほど461さんとすれ違った3人の探索者パーティだ。
1人はハンドアックスを装備した戦士、もう1人はロングソードを装備した剣士、最後に入ったのがロッドを持った魔導士という構成であった。
ハンドアックスを持ったリーダーの男、ギースが仲間に指示を出す。
「セタ、照明魔法頼むわ」
「あいよ」
セタという魔導士が照明魔法を発動、石造りの通路が明るく照らし出された。
「俺が先行する。セタは中央、アルドは後方警戒頼む」
「分かったぜ」
ギースが通路の形状を見てすぐに陣形を指示する。この石造りの通路では、十字路などで背後を取られる恐れがあると瞬時に判断したからだ。
陣形を組んで進む3人。最後尾のアルドがニヤニヤと笑いながら声を上げた。
「そういやよぉ。この辺りにリレイラって名前のとんでもない美人が来てるらしいぜ? 魔族女だが、1度お相手願いたいね」
アルドの言葉にギースは不快感を露わにした。
「やめとけやめとけ。魔族なんてろくな奴がいねぇ。どうせ俺らの事を実験動物か何かとしか思ってねぇぜ」
「だからいいんじゃねぇか。それを黙らせたら最高だろ? 魔族でも1人ならなんとかなるって。俺達ならよ」
「……お前は本当に馬鹿だな」
「ビビるなってギース」
アルドが下品な笑い声を上げ、ギースがため息を吐く。その様子を見ていたセタは肯定とも否定とも取れない曖昧な笑みを浮かべていた。
……彼らはダンジョン出現とほぼ同時期に探索者となったベテランであった。東京で青山ダンジョンや品川ダンジョンをクリアして来た彼らはグンマダンジョンの噂を聞き付けてやって来た。
──グンマダンジョンには通常のダンジョンには無いような希少なアイテムが眠っている。
長く探索者稼業を続けていた彼らにとって、それは魅力的な話に聞こえた。何より、自分達はダンジョン攻略の最前線である東京から来たのだ。その自負が、グンマダンジョンなど楽勝であると彼らに思わせたのだ。
「グオオオオオオ!!!」
「トレントだ! セタは火炎魔法を」
「はい!」
襲いかかって来たトレントにセタが火炎魔法を放つ。想定より燃え上がらなかった為、セタは魔力を溜めながら3度火炎魔法を放った。炎が弱点のトレントが燃え尽き、木製のレイピアをドロップする。
「お、武器か?」
「やめろやめろ。そんな汚ねぇ木のレイピアなんて使いもんにならねぇだろ。荷物になるから置いてけ」
ソイルツリーピアを拾い上げようとしたアルドをギースが止める。
「いいんですか? アイテムを取りに来たんじゃ……」
「俺達が狙うのはもっと上のお宝だ。こんなもん持っていく余裕はねぇよ」
アルドもセタもギースの言うことに従いその場を後にした。倒れたモンスターの脇を通り抜ける際、その死骸を見てギースは思った。このトレント程度の力量なら楽勝だな、と。
それはトレントの弱点が火炎であったこと、弱点にも関わらず3発放たなければ仕留められなかったという事実があるのだが、ギースは勝利の余韻に浸り、その事に気付けなかった。
そしてギースの希望は次の戦闘で打ち砕かれる事になる。
ダンジョンに入ってしばらく立った頃、背後から突如として放たれた円形の物体があった。ゴブリンの放ったクロウスラッシャーである。過去幾度も戦ったスクィジゴブリンの攻撃。身を捩って避けた剣士アルドはゴブリンの元へと駆け出し、その小さな体を真っ二つにしようと両手を振り上げた。
次の瞬間、アルドの両腕が空を舞った。ゴブリンの放ったクロウスラッシャーが壁で跳ね返っていたのである。
「ひああああああああああ!?」
通路に響くアルドの絶叫。彼らはこのダンジョンのゴブリンが固有武器を使うとは想像もしていなかった。それは通常のダンジョンで出会うゴブリンの武器とあまりにも似ていたから。通常のチャクラムなら跳ね返るなど、ましてや一撃で両手を奪うなどあり得ない。そのような思い込みが彼らを油断させていたのだ。
なんとかゴブリンを全滅させたギースとセタは、両腕を失ったアルドに回復薬を与えようとしたが、ワラワラと集まったゴブリン達に連続でチャクラムを投げ付けられ、アルドは細切れとなってしまった。
リーダーのギースは焦った。今までスクィジゴブリンとの戦闘など何度もこなして来た。ゴブリンはこれほど強力な攻撃を放つ事はなかったはずだ。しかし、食らえば一撃で戦闘不能となってしまうその威力……ギースは戦慄した。雑魚であるはずのゴブリンですらこの強さなのか……と。
仲間がやられたとは言え、彼らに帰還する選択肢は無かった。ダンジョンに挑む前に他の探索者と揉め、他の探索者達を散々貶めたからだ。東京の探索者ではないお前達など眼中にも無いと。そう啖呵を切った手前、ここで帰る訳にはいかなかった。だからこそ、彼はせめて件のレアアイテムだけでも手に入れようと考えたのだ。
2人になった彼らは慎重に進んだ。ブレイズラムと遭遇すれば火炎耐性薬を惜しげもなく使い、ゴブリン達へもセタが高威力の魔法で対処した。そして2階層も終盤に差し掛かった時。あの筆記魔法の文字を発見した。
この先最初のボスがいるぞ。気を付けろ。
2人は息を呑んだ。最初のボス。「本当に自分達で勝てるのか」と怯えるセタをギースは一喝した。このまま引き下がれば田舎者に笑われ、二度と北関東のダンジョンに挑めなくなると。
ギースはセタに指示し、物理防御上昇魔法をかけさせた。さらに、持ちうる限りありったけの強化魔法に属性耐性薬を摂取し、階段を降りた。
2人が階段を降りた直後。水路に囲まれた広い部屋に雄叫びが響き渡った。461さんが戦ったヴァルガードの鳴き声が。
「グオオオオオオオオオオ!!!」
「お、おいギース!? あんなの勝てる訳ねぇって!」
「ビビるんじゃねぇ!! 氷結魔法でヤツの動きを止めろ!!」
セタが氷結魔法を発動する。杖から放たれた冷気は、通常ならモンスターを凍らせ、動きを止める。しかし、ヴァルガードはヒラリと冷気を躱すと、一瞬にしてセタの前に飛び込んだ。
巨大なメイスを叩き付けた衝撃が大地を揺らし、セタは鉄塊に押し潰されて命を失った。ヴァルガードの雄叫びからわずか数秒の出来事。ギースは、その様子を見て戦意を完全に喪失してしまう。レベルが違い過ぎる……数多の死線をくぐり抜けて来たという自負のあったギースだが、目の前の狼兵には勝てないと悟ってしまった。
「あ、あ、あ……」
腰が抜け、逃げる事も叶わない。気付けばヴァルガードは目の前に立っていた。助けを呼ぼうにも、ここには誰もいない。メイスを振り上げるヴァルガード。ギースは、己の愚かさを呪った瞬間、意識を失った。
……。
2人の探索者を屠ったヴァルガードのすぐ近くに円形の歪みが現れる。何も無いはずの空間に現れた歪み。門のようにも見えるそこに、ヴァルガードは探索者達の死体を投げ込んだ。歪みが閉じると、何も無い広い空間だけとなった。
こうして、グンマダンジョンへと挑んだある探索者パーティは消息を断つこととなった。彼らを最後に見た者達は、口を揃えて言う。
グンマダンジョンを舐めていたからだ、と。
次回、左腕を負傷した461さんは治癒師の元へ……。
次回は1/24 7:10に投稿致します!