第6話 【ボス戦】 巨狼尖兵ヴァルガード
階段を降りる。ヒタヒタと水音の響く広大な空間。部屋の周囲には水路が走っていて、そこは上の階とは全く異なる雰囲気を持っていた。
『あのメッセージ通りボスがいそうだな。気を付けるんだよ』
「絶対倒します」
倒す、と言ったらリレイラさんのため息が聞こえた。少しの間の後、彼女の声が真剣なものになる。
『いいかいヨロイ君? いつも言ってるが、これはゲームじゃない。現実のダンジョン探索だ。現実では死んだら終わり……だからまず生き残る事を考えて』
「でも俺、別に」
『自分が死んでも誰も悲しまないなんて言うなよ? それは君の思い込みだ』
「……分かりましたよ」
別に、俺が死んでも親はなんとも思わないと思うけどな。家出る時もやっと出て行くかって顔してたし。リレイラさんはたまにこういう事を言う。なんでだろう?
注意されてちょっとテンションが下がる。確かにそうだけどさ……いけねぇ。集中しないと。
照明魔法を発動し、部屋の中央へと投げる。フワリと飛んだ光の球が、地面に着地する。その光が部屋を照らした時、部屋の奥から巨大な何かが蠢いた。
俺の1.5倍はありそうな背丈に、牙の生えた狼のような顔、丸太のような腕……その片腕に俺の背丈はほどはあるメイスを持ったボス。それが、ゆっくりとこちらに歩いて来た。
あのタイプは初めて見るな。
『ヴァルガード……だと?』
「リレイラさん、知ってる敵なんですか?」
『アイツは』
リレイラさんが何かを言おうとした時──
「グオオオオオオンン!!!!」
ヴァルガードというモンスターが大きく跳躍した。
「あの体格で!? マジかよ!!」
サイドステップして攻撃を避けた瞬間、ヴァルガードのメイスが大地へと叩きつけられた。周囲に響く轟音。その威力は凄まじく、石造りの床を大きく抉り衝撃波で吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ!?」
地面を転がる。鎧と地面が擦れる甲高い音を響かせながら、なんとか立ち上がった。
「グルオオオオオオ!!!」
メイスを振り上げ再び突撃して来るヴァルガード。クソッ速すぎる! 回避だけに集中しろ。今はモーションを覚える事に全神経を集中させるんだ。
再び叩き付けられるメイス。それをバックステップで回避する。ヴァルガードは一歩踏み込み、メイスを薙ぎ払った。顔をのけ反らせて避けると、ヘルムのスリットから風を感じた。ギリギリだ……。判断ミスったらマジで死ぬぞこれ。
何度も叩き付けられるメイス。紙一重で避けるうちに相手のモーションが掴めて来る。大丈夫だ。最初の一撃には焦ったが落ち着けば対処できる。
メイス攻撃は威力が高く速度も速い。だけど攻撃は全て大振りだ。攻撃する直前は隙がある。
なら……っ!
「グオオオオオオン!!!」
両手でメイスを構えて突撃するヴァルガード。俺はショートソードを構えてヤツの懐に飛び込んだ。
飛び込まれるとは思わなかったのか、ヴァルガードが攻撃モーションを変える。大きく振りかぶった両腕。1テンポ遅れた反応、脇腹がガラ空きだ。
「オラァ!!」
渾身の一撃を叩き込む。バキリと音がしてヴァルガードの肋骨を叩き折った感触がした。苦しみの悲鳴を上げるヴァルガード。メイスを手放して腹を押さえた瞬間、さらに頭部へとショートソードを一閃する。避けようとしたヴァルガードの両目に深い傷が刻み込まれる。
「ギィイイイイィィィ!?」
叫び声に合わせて距離を取るが、ヤツが反撃する様子はない。仕留めるなら今か。
『……てヨロイ君! 今ヤツを……しては……メだ!!』
リレイラさんの声が聞こえる。今なんて言った? ダメだ、聞き取れねぇ。今はヤツを仕留めねぇと。
全力で走ってショートソードを構える。
「ラァ!!!」
飛び込んで一撃を叩き込んだ瞬間──
ヴァルガードの全身が赤く光った。
「なにっ!?」
「グルオオオオオオ!!!」
先程までとは比にならない速度でその巨大な拳が叩き付けられる。咄嗟に左腕でガードしたが、骨が軋む音がして物凄い衝撃が走る。
「がっ……っ!?」
全身を地面に打ち付け、息が止まりそうになる。見えているのは天井? 俺、吹き飛ばされたのか……?
『……君!! ヨロイ君!!』
リレイラさんの声で我に返る。周囲を確認しながら彼女の声に耳を傾けた。
『ヨロイ君!! 距離を取れ!! ヤツは身に危険が及ぶと身体能力が上昇するんだ!」
クソッ……第二形態みたいなもんかよ……っ!
「グオオオオオオンン!!」
飛び上がったヤツは両手の爪を伸ばし、俺の頭上に現れる。
地面を転がってヤツの攻撃を避ける。すぐ近くに聞こえる轟音。転がりながら距離を取り、カバンに括り付けていたブレイズナイフを投げ付ける。ヤツはナイフに警戒したのか斜め後ろへと大きく飛び退いた。
「はぁ……はぁ……ぐっ……」
ショートソードを構えようとした瞬間、左手の感覚が無い事に気付く。
「ちっ。折れてんな、多分」
さっき攻撃を喰らった時か。鎧に符呪された物理防御上昇と痛覚軽減が無かったら動けなくなってたかもな。
「グルルルル……っ!」
ヴァルガードが大勢を低くして、威嚇するように構える。マズイな……ヤツに腕が折れた事を気付かれると一気に攻め込まれるぞ。
『ヨロイ君、位置取りは分かるか? ヤツの後方に階段がある』
リレイラさんが退けと言ってる。本当ならこのままなんとかしたいが……。
『無理をしてはダメだ。さっき伝えた事を思い出して』
左腕がこの状態じゃ……いずれにせよこのまま進んだらどっかで詰むな。一旦引いて準備を整えるしかねぇ。
「グルルルルル……っ!」
ヴァルガードがメイスを拾い上げる。体の発光は消えているが、またいつ発動するか分からねぇ。それにあの構え……冷静さを取り戻して攻撃のタイミングを測ってやがるな。
「一旦引きます」
ここは引いてでも……俺はアイツに勝ちたい。
『ナビは私がするから、君はヤツから逃げる事だけを考えてくれ』
「道覚えてるんですか?」
『マッピングは完璧だ。道順は全てメモしている』
「ははっ、頼りになりますね。眼界魔法使って貰ってて良かった」
ショートソードをソイル・ツリーピアに持ち替える。通常時に戻ってもあの速度だ……階段を登り切る前に追い付かれる。コイツで道を作らねぇとな。
左腕の傷みが酷くなる。ズキズキとした傷みは、やがて体全体に響き渡った。これ以上睨み合っていたら動けなくなるな。
「ふぅ……よし、行くか!!」
全力でヤツへと走る。俺が攻撃すると悟ったヤツは、メイスを大きく振りかぶった。
「うおおおお!!!」
ヤツがメイスを叩き付けるタイミングで横に飛ぶ。吹き飛ぶ地面。俺が転がった瞬間、折れた腕の傷みが全身を駆け巡る。歯を食いしばってそれに耐え、ソイル・ツリーピアを地面に突き刺した。
地面を破りながら伸びる木々。ヴァルガードは突然の攻撃に後ろへ大きく飛び退いた。力を使い果たしたソイル・ツリーピアが消滅する。すぐさまクロウスラッシャーへと持ち替えて、階段に向かって走り出す。背後からは、木々を薙ぎ倒しながら追いかけて来る足音が聞こえた。
前方の壁に向かってクロウスラッシャーを投げ付ける。壁に当たったチャクラムは、その効果によって跳ね返り、俺の真横を通り過ぎた。
背後で飛び退いた足音がする。これで距離は稼いだ。振り返らず走り続けろ。
『よし!! 階段を登ったら十字路を左だ』
「了解です!!」
俺は、リレイラさんの声を頼りに全力でダンジョンを駆け抜けた。
◇◇◇
リレイラさんのナビに従って階段を登り、来た道を全力で戻る。1階へと戻って扉を蹴り飛ばして外に出ると、真っ赤に染まった夕焼けが見えた。
背後で扉が閉まる音がする。振り返ると、ダンジョンの入り口は、知らない間に閉じてしまっていた。夕焼けに染まるダンジョンを見る。この中にあんな地下空間があるなんて信じられないな。
「……ふぅ。初日はこんなもんか」
『私の助言を聞く前に飛び込んだな? ……手当が終わったら説教させて貰うぞ』
「うえぇ……」
『弱音を吐かない』
「分かってますって」
トレーニングしてた時の事を思い出す。リレイラさんの説教は理詰めだからキツイんだよなぁ……。
夕暮れの中、公園の前を歩いていく。角を曲がった時、1人の探索者とぶつかりそうになった。3人の探索者パーティ、そのリーダーらしき男と。探索者達は、俺のことを怪訝な顔で見た。
「なんだお前? 邪魔なんだよ」
「悪りぃな」
探索者達の間をすり抜けると、背後から笑い声が聞こえた。
「フルヘルムにフリューテッドアーマーって」
「ダークソウ◯かよ」
「ほっとけ。どうせミーハー野郎だろ」
探索者パーティは意気揚々とダンジョンの方へと歩いていった。アイツら、これから攻略に行くのか。
気を抜いた瞬間、左腕に激痛が走る。
「……ぐっ!? 余計な事考えてる場合じゃないな」
俺は、痛む腕を抱えながら宿への道を急いだ。
……ヴァルガード。
次はぜってぇ倒してやるからな。
次回は閑話です。461さんとすれ違った探索者パーティはグンマダンジョンへ。彼らを待ち受ける運命は……。
次回は21:10投稿です。