【第十三章】君と創る世界(2)- 最終話 -
「もうすぐ、この世界は終了する。すべてのデータは消去されるんだ」
僕と可琳は、思わず目を合わせる。可琳の瞳も不安そうに揺れていた。
「洵が目覚めたあと、君たち二人が、この世界で手を取り合ったとき。この世界が消去されるように、プログラミングしたんだ」
「どうして!?」
思わず大きな声で叫び、僕は圭の肩を強く掴んだ。
「せっかく……やっと父さんに会えたのに! もう二度と会えなくなるなんて……そんなの嫌だ!」
震える手で必死に引き止めようとする僕を、圭はそっと見つめる。そして優しく僕の手に触れ、静かに微笑んだ。
「正体がバレてしまったのは誤算だったね。……でも、最後に父親として、洵と話せて嬉しかった。可琳ちゃん。洵と会わせてくれてありがとう」
「父さん……!」
「もともとこの世界は、眠っている洵のためだけに創った世界だ。現実で生きていく二人にはもう必要ない。ここに囚われるんじゃなくて、前を向いて生きてほしんだよ、洵。……それが、父さんの願いだ」
「そんな……」
すがるように、圭の胸に顔を埋める。
父さんの、懐かしい匂いがする。とても温かい――。
「ハチ……つらいけど、お父さんの想いを無駄にしないように、私たち、現実の世界でしっかり生きていこう?」
可琳が優しく、僕の背中をさすってくれた。
その手もまた、温かい。
「さあ、もうすぐこの世界は終わる。本当のお別れだ。二人とも、幸せになるんだよ。……洵、父さんはいつだって、お前の幸せを願ってる」
圭の声が、深く胸に染みた。
心が、追いつかない。やっと、やっと父さんと会えたのに!
「ハチのお父さん……ありがとう!」
可琳が大きな声で叫んだ。
「あの日、きちんとお礼を伝えることができなかったから……私もこの世界に救われた。ハチと、私を救ってくれて、本当にありがとう!」
圭が微笑むと、世界が白く輝き始める。
「父さん……本当はもっとたくさん、話したかった。これからの僕達を、見ていてほしかった。でも……」
僕も拳を握りしめて、叫ぶ。
「ありがとう、父さん! ずっと見守ってくれて……会えて、本当に嬉しかった。これからは、可琳と一緒に、未来を創っていくよ!」
――次の瞬間。
圭の笑顔とともに、β世界から強制ログアウトされた僕たちは、屋上のテラスで目を覚ました。
ツリーのイルミネーションが僕たちを優しく照らし、どこかから小さく、クリスマスソングが聴こえてくる。
頬を伝う涙は止まらなくて、呼吸もままならず、僕は情けないくらいに、くしゃくしゃな顔になっていた。胸の奥には、まだ父さんの温もりが残っている。
「ハチ……」
可琳がそっと背中をさすってくれる。
その手の温かさに、少しずつ呼吸が落ち着いていく。
僕は嗚咽をこらえながら、声を絞り出した。
「可琳……父さんに会わせてくれて、ありがとう」
掠れた声でそう伝えると、可琳も優しく笑ってくれた。
*
少しして、僕たちはようやく落ち着いてきた。
グラスに残っていたスパークリングワインは、すっかり気が抜けていたけど、それすら楽しく感じる。
可琳がグラスを持って微笑む。
「気が抜けて、ただのワインになっちゃったね」
「まぁ、泡がない分、じっくり味わえる……ってことで」
可琳がくすっと笑う。僕も小さく笑い返した。
「もう一度、窪くんのラーメン、食べたかったなぁ」
「こっちの世界で食べればいいよ。見た目はβ世界と違うけど、味は同じだったよ」
「でも……あっ、そうか、〈MAHO――」
言いかけた可琳の言葉を遮って、僕は少し得意げに言う。
「さすがに窪の店の改装工事は断られちゃったんだけど、お店の前にテラス席を作ってもらったんだ。今度一緒に食べに行こう。窪に、可琳のことも紹介したいし」
「すごい……抜かりないね」
可琳が驚いたように目を丸くしたあと、すぐに声を弾ませて笑った。その笑顔が嬉しくて、僕も自然と頬が緩む。
「β世界で可琳と出かけた場所には、全部行けるようにしたい!」
そう言って僕が微笑むと、可琳の瞳が不安げに小さく揺れる。何か考えるようにして、僕から視線を逸らした。
「ねえハチ。……ハチの気持ちはとっても嬉しいよ。でも、現実の私は、ハチと並んで歩くことも、走ることもできない。――本当に、私でいいの?」
弱く震える声。
さっきまでの笑顔が消えて、そこにあるのは、戸惑いと不安。
――それでも、僕の答えは決まっている。
僕はまっすぐに可琳を見つめ、きりりと顔を引き締めた。
「可琳が不安になる気持ちは、よくわかるよ。どれだけ勉強して知識をつけたって、歩ける僕が、君が抱えている辛さを完全に理解することはできないと思う。もしかしたら、この先――僕の無理解から君を傷つけてしまうこともあるかもしれない」
可琳が小さく息を呑む。その瞳が、揺れている。
「でも……傷つけてしまうかもしれない距離に行かなきゃ、君を幸せにすることだってできないんだ」
可琳の瞳が、大きく見開かれる。
僕は続けた。
「だから僕は――そういう覚悟をもって、君の隣にいる」
沈黙が落ちる。
可琳はぎゅっと唇を噛んで、潤んだ瞳で僕を見つめる。
「君は……僕の世界のバグを直してくれた。君がいてくれたから、僕の世界が輝いたんだ。だから今度は、僕が直していく。この世界のバグを」
僕は拳を握り、言葉に力を込める。
「今日は、その記念すべき、最初の一歩なんだ。これからも、可琳といろんな場所に行って、いろんな景色を見たい。この世界の、可琳と一緒に」
可琳の瞳からこぼれた涙が、頬を伝う。
それでも、その涙の奥に、確かな笑顔が灯っていた。
「……うん。ありがとう、ハチ」
可琳が溢れる笑顔で、小さく頷く。
その笑顔が、愛しくてたまらなくなる。
「ってことで……えっと……」
僕は小さく咳払いをして、再びポケットに手を伸ばした。
すっかりタイミングを失ってしまって、今さらながら、緊張がこみ上げる。
指先が少し震えるのを感じながら、僕はそっと、指輪の入った箱を取り出し、可琳の前に差し出した。
「僕と……結婚してください」
一瞬の間が、永遠みたいに感じた。
可琳は大きく目を見開く。息を呑み、指輪を見つめ、それから僕をじっと見つめ返す。
そして――涙を拭い、とびきりの笑顔で言った。
「はい。ずっと一緒にいようね、ハチ!」
心がふわりとほどけ、温かな気持ちで満たされる。
僕は、可琳の薬指に、そっと指輪をはめた。
可琳はその指輪を嬉しそうに眺め、指先で優しくなぞった。
僕はそっと可琳に近づく。
視線が重なり、ゆっくりと距離が縮まると、可琳は静かに瞳を閉じた――。
そのとき。
背後でエレベーターの扉が開く音がした。
「メリークリスマス!」
突如、クラッカーが鳴り響く。
僕たちは驚いて振り返ると、礼美さんと佐奈さんが、いたずらっぽい笑みを浮かべて立っている。その後ろから田中さんも、ひょっこり顔を出した。
僕たちは、間抜けな顔で、みんなを見つめる。
「ほらー礼美……だから言ったじゃない。私達おじゃま虫よ……」
「だって、私だけ一人のクリスマス、寂しいじゃない! お姉ちゃんまで彼氏できちゃうし!」
礼美さんが少し拗ねたように言うと、佐奈さんが苦笑しながら肩をすくめる。
可琳のくすくす笑う声につられ、ふっと肩の力が抜ける。張り詰めていた気持ちがほどけて、自然と笑みがこぼれた。
屋上に、賑やかな笑い声が広がる。
僕たちはみんなで、楽しい夜を過ごした。
温かな笑い声が、冬の夜空に弾む。
空を見上げると、満点の星が輝いていた。
僕の世界を、君が創る。
君の世界を、僕が創る。
そしてこれから、二人で――
僕たちの世界を、創っていこう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
また、他の作品でお会いできたら嬉しいです*.。(❃´◡`❃)*.。




