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【第八章】あなたと色づく世界(3)

 お店の前に着くと、すでに同窓会はお開きになったらしく、数人の同級生たちが入口のあたりで楽しそうに笑い合っていた。

 胸が高鳴り、心臓の音が耳まで響く。


 みんな、私のことわかるかな――ううん、大丈夫。私は確かに今、同窓生なのだ。私が書き換えた設定、うまく機能していてほしい。

 深呼吸をして、思い切って歩み寄る。


「ああ~、もう終わっちゃった! 間に合わなかったか!」


 よし! 自然な感じで言えた!

 ちょうど誰かとハイタッチしようとしていた窪くんが振り返る。


時安ときやす、遅い! さっきお開きになったとこだよ~」


――やった! 窪くんが私を同窓生だと思ってくれてる! うまくいったんだ……よかった!


「そうだ二次会、俺んちのラーメン屋で二次会やろう! なぁ、洵! お前も一緒に来るだろ?」


 洵――その名前を聞いた瞬間、私の心臓がぎゅんと音を立てる。窪くんの隣りに立つ男性が、ゆっくりとこちらに振り向いた。


 全身の血がざわめいた。まるでスローモーションみたいに、彼の動きだけが鮮明に映る。

 長い間、眠っているハチの姿しか知らなかった私の目に、生き生きとした表情が飛び込んできた。その瞬間、胸の奥がじんと熱くなり、涙が零れそうになる。


「ハチ! 久しぶり。元気にしてた?」


 何度も何度も、会話をシュミレーションしていたはずなのに、すべて無意味だった。

 目の前に、あんなに会いたかったハチがいる。

 何を話そうかなんて考えなくても、びっくりするくらい自然に、言葉が溢れ出た。

 ハチは口をぽかんと開け、私を見つめている。これはどういうリアクション? 驚き? それとも……?


「どうしたの? もしかして私のこと……忘れちゃった?」


 ハチの目を見つめながら、一歩踏み出す。その瞬間、不安が胸を締め付ける。


――やっぱりもう、忘れちゃったのかも……

 そう思った矢先――

 目の前のハチの表情が、くしゃりと崩れた。

 柔らかな微笑みの奥に、涙をこらえるような切なさが滲んでいる。


――なんて顔してるの……ハチ!


 その表情を見た途端、鼻の奥がツンとし、胸がぎゅっと苦しくなる。けれどそのあと、心の奥からじんわりと温かさが広がる。

 ログが消えてしまっても、ハチの記憶には、私と過ごした日々が、ちゃんと残っていたんだ。


「おいおい、洵どうしたんだよ」


 隣で窪くんがからかうように声を上げる。


「時安があんまり美人になってるからって見とれてるのか?」


 ハチは顔を真っ赤に染めながら、何か言いたそうに口を動かす。でも、言葉にならない。

――この世界で、今の私はハチにとってどんな存在なんだろう。書き換えた設定は、どこまでハチに影響を与えてる?


「時安可琳……君は……」


 呟かれた言葉に、胸が跳ねる。

 私は咄嗟とっさに人差し指を唇に当てた――二人だけの秘密、の合図。とりあえずこうしておけば、ハチが都合よく解釈してくれる……と信じたい。言葉にしなくても、ハチへのこの思いが伝わるといいな。

 そして――


「ハチ。また一緒に遊ぼう!」


 喜びを声にのせる。

 ハチとまた逢えたこの瞬間を大切にしたい。そして、またあの頃みたいに、心の底から笑い合える日が来ることを願った。

 ハチはじっと私を見つめていたけれど、やがて、表情を緩めて小さく頷いた。


「……ああ」


 その一言に、私はようやく安堵の息をついた。


 窪くんのラーメン屋さんで、二次会が始まった。

 ――といっても、四人がけのテーブル席にいるのは、窪くん、ハチ、そして私の三人だけ。他の同窓生たちは別のテーブル席で賑やかに盛り上がっている。

 ラーメン作りを手伝うため、窪くんが席を外した。二人きりになって、緊張が見えるハチに、私から話しかけた。


「東京での生活はどう? 楽しい?」


 少しでも気軽に話を進められるように、笑顔を浮かべて訊いたつもりだった。でも――


「……正直、あんまり楽しくはないかな」


 ハチは微かに視線を落としながら、ぽつりと言葉を落とした。


「東京って場所に憧れてただけで……実際には、なりたいものも、やりたいことも見つからない」


 その答えは意外だった。てっきり、充実した日々を送っていると思っていたから。

 東京では楽しく暮らしているって、勝手に思い込んでいた。ログからハチの行動はわかっても、感情まではわからない。

 ハチのその表情は、あの頃――最初に会ったときの、寂しげで、どこか不安そうな顔と重なって見えた。


「そっか……でも、働いてるんだよね。仕事が面白くないとか……あ、人間関係がよくないとか?」


 そう訊ねると、ハチは少しだけ困ったように笑った。


「そうだね。なんていうか……みんな優しいけど、どこか心の距離を感じてしまって、自然に話せないんだ。日々のルーティンに飽きてしまって、楽しいことも、特になくて……」


 話を聞いていると、ハチの問題っていうより、東京にいる(AI)たちに、ハチと関わるための充分なデータや背景が与えられていなかったことにあるのかもしれない。窪くんのように、強い個性や、深い設定を持つ(AI)たちがいない東京の世界は、ハチにとってどこか薄っぺらく、居心地が悪いのかも。


「そうなんだ……」

 そう相槌をうちながらも、胸が痛む。私の知らないところで、ハチがずっと孤独を感じていたなんて。

 すると、ハチがふいに訊ねてきた。

 

「可琳はいつこっちに戻ってきたの?」

「少し前にね。ハチが東京に行ったって知って、ああ、きちんと夢を叶えたんだなぁって嬉しかったのに」


 私が思い描いていた、東京で輝くハチと、目の前のすっかり笑顔が消えてしまったハチ。そのギャップが胸を締め付ける。それなら――


「楽しくないなら、こっちに帰ってくれば?」


 少しだけ勇気を出して、そう提案してみた。ハチは驚いたように目を見開き、しばらく私の顔を見つめてから、小さく口を開いた。


「地元に……戻る?」


 私はしっかりと頷く。


「だって、こっちには窪くんもいるし、みんなもいるよ。地元ならきっと、もっと安心して過ごせるんじゃないかなって思うんだ」


 ラーメン屋の明るい電球が、ほんのり赤らんだハチの頬を照らす。彼は何かを考え込むように黙り込んでいたけれど、やがて、その瞳の奥に、ほんのり光が差した気がした。


「久しぶりにみんなと会ったら気持ちが揺らぐな」


 ハチが照れたようにはにかむのを見て、私は嬉しくてたまらなかった。


「よーし、帰ってこい!」


 思わずハイテンションで言い放ってしまう。それにハチが笑って、照れくさそうに頭を掻いた。

 ハチが地元に帰ってきた方が、これからもハチに会いやすいし! ……って私情を挟み過ぎ?


「可琳は? 今、何やってるの?」

「部署は違うけど、ママと同じ会社で働いてる。……ハチのお父さんと同じ会社。ハチのお父さん、昔ママと一緒に働いてたんだよ」

「へぇ、そうなんだ……」


 ハチの眉毛がぴくりと動いて、その表情が少し気になったけれど、私は続けた。


「凄い人だったって、ママが言ってたよ」


 ハチのお父さんは実際に凄い。〈MAHORA〉の開発チームの最前線にいた。けれど、目を伏せたハチの表情がさらに曇るのを感じ、私は言葉を詰まらせた。


「父さんの話はいいよ」


 ハチは視線を落としたまま、乾いた声で遮った。その声のトーンに込められた拒絶感が、心にぐっと突き刺さる。


「そっか……ごめん」


 慌ててハチに謝りながら、自分の軽率さを呪った。ハチの気持ちを考えずに、ただ「凄い人だった」と伝えれば喜ぶと思っていた。でも、それはハチにとって、触れてほしくない傷口だったのかもしれない。

 頭の中で、以前ハチのお父さんが言っていた言葉が蘇る。


『僕はハチに嫌われているからね……』


 でも、どうして? 誰がどう見ても、ハチのお父さんはハチのことを心から愛していた。お父さんがこの世界を作り上げた理由は、ハチへの深い愛情からだってこと、私は知っている。それでも、この事実をハチに伝えることはできない。それがとても歯がゆかった。

 そして、ふと思った。どうしてハチのお父さんは、この世界に自分を作らなかったんだろう。ハチに嫌われてるから?


 いくら私が考えたって、お父さんの気持ちはわからない。

 ハチの両親は離婚している。私の親もそうだったからわかる。きっと、いろいろあったんだよね……。

 ハチの心に触れるには、もっと時間が必要だと思った。


「ハチはいつまでこっちにいるの?」

「明後日の朝、東京に戻る予定」

「じゃあ明日はまだこっちにいる?」

「うん」

「そしたらさ、明日、二人だけで遊ばない?」


 その瞬間、ハチの顔が一気に赤く染まる。

 やだ、だからそんなわかりやすいリアクションされると、こっちまで照れる!


「い、いいよ」


 ハチは真っ赤になりながら答えた。


「やった!」


 私も思わず嬉しくて、ガッツポーズをしてしまう。

 ハチが耳を赤くしたまま、視線を彷徨わせているのが目に入ると、なんだか胸がくすぐったい。

 ハチが東京に帰ってしまったら、こんなふうに気軽に会える機会はきっとなくなる。

 さすがに東京まで会いに行くのは……彼女でもないのに変だよね。

 でも……。

 こんな顔されたら、期待、しちゃうよ? もしかしたらハチは、私のことを――。


「ラーメンおまたせ!」


 窪くんの声が、頭の中でぐるぐるしていた私の思考を吹き飛ばした。


「それから生ビールな。なんだ、ふたりとも顔が赤いな! 時安はまだ呑んでないだろ?」


 窪くんは私たちの顔をじろじろと交互に見て、ニヤニヤし始める。そして、おもむろに大声で叫んだ。


「お前らもう付き合っちゃえよ!」


 うわああ! ドラマとか漫画でよく聞くセリフ!

 まさか、自分が言われる日が来るなんて思ってもいなかった!


 ハチは「は、はあ?」なんてとぼけた声を出してるけど、顔はますます真っ赤で目が泳いでいる。そんなハチを横目で見ながら、私も自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

 でも、ここで私は逃げないと決めた。窪くんのキラーパスを、しっかり受け止めることにする。


「付き合えたらいいけどねー。でもハチ、東京だからー」

「はあああああ?」


 さらりと冗談っぽく言ってみたけど、私の心臓はバクバクと跳ねる。

 ハチの顔は、いよいよゆでダコみたいになって、声も裏返っていた。

 そんなハチの反応を見て、窪くんが笑いを堪えながら、さらに追い打ちをかける。


「だってどう考えたってお前ら両思いだろ。せっかく時安もこっちに戻ってきたんだからさ。遠距離でもなんでも、一度付き合ってみればいい」


 これはもう、攻めるべき? それとも慎重にいくべき?

 窪くんの言葉でハチが赤くなっているのは、ただ恥ずかしいってだけかもしれない。でも、どうなの? この状態で一歩踏み込むのは、正解? それとも早すぎる?

 私は迷いながらも、ぽつりと呟く。


「でもさ、東京に彼女いるかもしれないし」

「いないよ!」


 即答だった。その瞬間、胸がふっと温かくなり、同時に鼓動が早くなる。


――ねぇ、これって。

 一つだけ確かなのは、少なくとも私は嫌われてはいない。

 そして、たぶん……どちらかといえば好かれてる。

 そう思ってもいいよね?

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