六十三話 急転直下
「うわっ!?」
授業中にもかかわらず九凪は声を挙げてしまった。しかしそれを教師すらも咎めなかったのはその直後に聞こえた爆発音に意識を持っていかれたからだ。
間近ではなく遠くで起こったであろうその爆発は、教室の窓を揺らしてその大きさをその場の全員へと伝えていた。
「な、何の爆発だよっ!?」
「やだ、なに怖い!?」
「落ち着きなさい!」
騒ぎ出す生徒たちを教師は落ち着かせようとするが、その当人の声も上ずっていた。それにその声は騒ぎの声に紛れてしまって大した効果を発揮しない。
「おい、あのマンションじゃねえか?」
それに生徒が全員パニックに陥っているわけでもなかった。爆発音には確かに驚いたがそれが身近でないことはある程度の冷静さが戻ればわかる。
そして自分の安全が確認できればその原因を究明しようという野次馬根性が働くのが人というものだ…………その興味のままに前度に駆け寄った何人かの生徒が遠くを指さしてあそこから煙が上がっていると口にする。
「あの方角というかあれはお前の今住んでるマンションじゃないか?」
いつの間にか寄って来ていた春明が九凪へと声をかける。その隣で奏が九凪は今実家暮らしじゃないのと戸惑った声を挙げていたが、彼の耳には入らなかった。
「多分、間違いないよ」
しかし答えながらも九凪の思考は別のことをぐるぐると考えていた。なんで、どうしてと浮かぶ疑問に答えが出てくれない。
「おい」
そんな九凪の肩を春明が叩く。それでようやく九凪に思考は一旦途切れた。顔を向けると春明は彼に頷いて見せる。
「教師は適当に誤魔化しておいてやる。お前はこのまま早退しろ」
「春明?」
「なんか事情があんだろ」
「…………ありがとう」
深くは聞かずに察してくれる親友に感謝しつつ九凪は席を立つ。
「あ、高天!?」
そのまま教室を後にする彼に驚いて奏が声を挙げるが、九凪は足を止めなかった。
爆発の寸前に感じた月夜と真昼の激しい感情…………その意味を彼は確認する必要があった。
◇
教室を出た九凪はまっすぐに校舎の正面玄関へと向かった。とりあえず何が起こったか把握するために九凪ができるのはマンションに戻ることくらいだ。あの状態ではマンションの中に入れないだろうが、近くまで行けば事情の聞ける誰か入るはずだ。
九凪君
しかし不意に自分を呼ぶ声が聞こえ彼は足を止めた。
「え?」
周囲を見回すが誰もいない。慌ただしいいくつもの教室を通り過ぎて彼が足を止めたのは階段の踊り場だ。その上も下も人影はどこにもなかった。
真昼です。あなたの巫覡の力を通して今私の声を伝えています。
けれど彼が自力で答えを導き出す前に再び声が響く…………確かにそれは真昼の声だ。それが直接的に彼の頭の中に響いていた。
「真昼さん? 何が起こってるんですか?」
九凪は尋ねるしかない。
今は説明している暇がありません。人気のない場所に移動してください。すぐに合流しに行きます。
「わ、わかりました」
頭の中の声に言葉で答える姿は傍から見れば滑稽だろうが、九凪はまだその力を完全に理解できていないしそんなことに構っていられる状況ではない。止めていた足を再び動かして正面玄関ではなく校舎裏に繋がる勝手口へと足を向ける。
校門の方面も今の時間なら人気それ自体はないだろうが、開けているので生徒が窓から簡単に見渡せてしまう。
「着きましたよ!」
「私もです」
「!?」
口にすると同時に隣から返事が聞こえて九凪は驚くが、その動揺を抑える暇もないままにがっしりと腕を掴まれる。
「真昼さん!?」
「申し訳ありませんが説明はもう少し後で、まずは移動します」
九凪に質問を挟ませる間もなく二人の姿はその場から掻き消えた。
「おのれ、先を越されたか」
その直後に月夜の姿がその場に現れる。彼女は誰もいない校舎裏の一点を睨みつけ、すぐに視線を遠くへと向ける。
「だが逃がさぬ、逃がさぬぞ…………九凪は絶対に死なせぬ」
そしてその身が浮き上がり、すぐさま空高く飛び上がった。
◇
「あの、一体なにがどうなってるんですか!」
真昼に連れてこられたのは山間の開けた平地だった。周囲は深い森に囲まれているようだったがグラウンドくらいの広さのその場所だけは平らで草木もない。
「ここは今回のような事態を想定して準備してあった場所です。周囲は深い山に囲まれていますから一般人が近寄ることはまずありませんし、多少の爆発があったところで気づかれることもないでしょう」
「…………何を言っているんですか?」
「これからここは戦場になるという話です」
場所の説明から始めた真昼に、しかし九凪は理解できない…………理解を拒む。けれど容赦なく真昼は現実を突きつける。
「なにが、なにが起こってるんですか?」
「片手間になりますが、それをこれから説明するところです」
片手間、との言葉通り真昼はその場に座り込むと目を瞑る。それだけで何かその場の空気が変わったような感覚を九凪は覚える…………けれど怯んではいられない。
「説明を、お願いします」
「はい」
静かに頷き、真昼は口を開く。
「まず、私はこれからおそらく月夜を殺すことになるでしょう」
「!?」
半ば予想はできていたが、それでも口にされると九凪は動揺するしかない。
「私の説得の言葉はすでに尽きました…………ですから、それを回避できる可能性はもはやあなたの言葉しか残っていません」
だから、と真昼は続ける。
「その為にも、これからする私の話をよく聞いてください」
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