六十一話 詰問
「九凪に何を吹き込んだのじゃ?」
「なにを、とは?」
九凪と暮らすマンションの一室の隣、真昼の暮らすその部屋へと月夜は押しかけていた。彼女と違い仕事のある真昼は常に在宅しているわけではないが、九凪が登校してしばらく経ったこの時間でも出かけていなかったのは自分の来訪を予見していたのだろうと月夜は思っている…………それでいてまずは惚けて見せるのだから相変わらず信用ならない。
「九凪の様子は明らかにおかしかった」
昨日の九凪のことを月夜は思い浮かべる。普段とは違った様子にいつもの彼であれば決してしないような提案…………その原因は直前にあったという真昼としか思えない。
「昨日はあの子に巫覡について説明しましたから動揺することもあるでしょう…………独断で伝えてしまったことは謝ります」
「そのことではない」
予定していた返答を口にする真昼だったが、それを即座に月夜は切り捨てる。
「そんなものは五分で解決した」
「そうですか」
そんなにあっさりと解決してしまったのかと真昼は呆れる。巫覡の件で色々と紛れてくれるものと思っていたのに、二人の仲の良さというか九凪の包容力を甘く見ていたようだった。
「しかしその後九凪はわしに子供が欲しくないかと尋ねたぞ?」
「それも私が勧めた話ですね」
それは少し意外に思う。提案した時には確かに良い案だとは思ったが彼の反応それ自体は芳しくなかった…………それもまあ、当然ではあるだろう。彼の年齢で子供を持つことなんて普通は考えないし、月夜の見た目も会って九凪はそういう方面には慎重だったのだから。
「なんのつもりじゃ?」
「なんのつもりもなにも」
真昼は別に悪意はないと肩を竦めて見せる。
「婚約同棲と進んだのですから順当な勧めでは?」
本来であれば結婚を挟むべきだろうが、それは些細な問題だ。
「それとも彼との子供が欲しくないのですか?」
「別にいらぬ」
「…………あー」
食い違いはそれかと真昼は理解する。
「なぜです?」
だから逆に真昼は尋ねる。
「あの子から尋ねたというのなら彼は欲しいと言っていたでしょう?」
「将来的には、という話ではあったがな」
まあ妥当なラインだと真昼は思った。昨日今日で急に積極的になったわけではなく、恐らく何かのきっかけでつい提案してしまってフォローを入れたのだろう…………巫覡の力を試したとかそんなところだろうと彼女は予想する。あの観覧車で犯した過ちを多分九凪は繰り返したのだろうと。
「あの子が望むなら別に作ってもいいではありませんか」
月夜を納得させるならこの方向だろうと真昼は誤魔化しにかかる。このままうやむやに納得してもらえればすべてうまくいくかもしれない。
「それともあなたはあの子の願いを叶えるのは嫌なのですか?」
「そうはいっておらぬ」
九凪への愛情を疑われるのは嫌なのか月夜が顔をしかめる。
「九凪が望むなら子供の十や二十作ったとてわしは構わぬ…………じゃが、なぜ必要なのじゃ?」
「それは子供が、という意味ですか?」
「そうじゃ」
月夜は頷く。
「別に子などおらずともわしは九凪とおればそれだけで満足じゃ」
「…………人が愛する相手との子を求めるのは自然なことですよ」
「九凪もそう言っておったな」
それは言うなれば人の本能のようなものであると。
「しかしわしは神じゃ」
その時に月夜はそう答えた。不老不死である彼女にとってそういう本能は無いのだと。
「そしてお前も神じゃ」
真昼を見る。彼女も月夜と同じ神であるはずだ。
「それであればわしの答えなとわかっておったろうに…………なぜ九凪に今勧めた」
同じ神である真昼は最初から月夜が子供を望まぬことなどわかっていたはずなのだ。もちろん九凪はいずれ子供を欲しがるかもしれないが、彼自身が口にした通りそれは将来的な話であって今ではない。それを無理に今勧めた理由がなにかと彼女は疑っているのだ。
「はあ、これは私のミスですね」
真昼は抗弁せずに素直に己の非を認める。年甲斐もなく焦っていたのだろう。だからこそふと浮かんだ解決策に深く考えることなく飛びついてしまった。
「なぜじゃ?」
そんな彼女の反応を意に介さず月夜は質問を繰り返す。
「わかりました」
真昼は腹を決めて月夜をまっすぐに見る。
「人が子をなぜ作るわかりますか?」
「血を絶やさぬためであろう?」
「その通りです」
真昼は頷く。
「神とは違い人はいずれ死ぬからこそ血を絶やさぬように子孫を作るのです」
「知っておる」
答える月夜のその表情を真昼は注視して確認する…………ひどく冷静に見える。月夜は封印で全てが擦り切れてしまったが、その頭まで子供になってしまったわけではない。月夜の前では純粋無垢であってもきちんと頭は回る…………それであれば気づいていないはずがないのだ。
どっちだろう。
真昼は思案する。月夜が気づいて目を逸らしているのか、それとも気づいて受け入れているのか…………それがどちらであるかで今後の真昼の対応は大きく変わる。
そしてそれはもはや直接訪ねて確認するしかない。
「あの子は…………九凪君はいずれ死にます。それをあなたは理解していますか?」
だからこそ真昼は二人の子を作ることを提案した…………もしもその時が訪れた時、それならば月夜は一人にはならないから。
「知っておる。そんなことに気づかぬほどわしは愚昧ではない」
答えるその表情ぶれはなかった…………それに真昼は安堵する。強がりではなくすでに受け入れたゆえの安定に見えた。懸念が杞憂であったならそれに越したことはないのだ。
「それであればやはりあの子との子供は検討するべきでは?」
とはいえいざその時になって子供がいる会内科ではやはり違う。だから改めて提案する真昼だったが月夜は首を振る。
「必要ない」
「…………なぜです?」
尋ねる真昼に月夜は薄く笑みを浮かべる。
「九凪は死なぬからな」
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