六十話 子供
「ねえ、月夜は子供が欲しい?」
口にした瞬間に九凪は自分で何を言っているんだと冷静になった。月夜から流れ込んできた自分への強い好意に理性のタガが一瞬外れてしまったようだとすぐに理解する…………しかし冷静になろうが一度口から出てしまった言葉は取り消せない。
真昼はそれを推奨していたが本来九凪は話すつもりはなかったことだ…………戦々恐々としながら彼は月夜の反応を伺う。
「うーむ、別に欲しくはないのう」
「えっ!?」
わずかに考えるそぶりをして彼女の口にした答えに九凪は驚く。月夜のことだからてっきり欲しいと即答されるものと思っていたのだ。
「子供、嫌いなの?」
「好きも悪いも無いと思うぞ?」
そもそも月夜は封印から解放されてそれほど経っていない。それに解放されてからもまともに接したのは真昼や九凪くらいで子供と接したことなどないのだ…………だから好きも嫌いもないと彼女は言っている。
しかし彼からしてみるとそれは納得できる理由じゃなかった。子供が苦手という人は確かにいるが、それと自分の子供を持つという話とは別であることも多いからだ…………それに。
「でも、月夜はほら…………僕と子作りしたがってたよね」
「まぐわいは九凪が駄目だといったではないか」
「いや、うん。そうなんだけど…………していいって言ったらしたいんでしょ?」
「したい!」
これには月夜は即答する。
「今してよいのか!」
「例えばの話だからね!」
「…………そうなのか」
がっかりしたように月夜が顔を曇らせる。
「したいんだよね?」
「したい」
「それは子供が欲しいってことじゃないの?」
それは子供を作る行為なのだから普通に考えればそうなるはずだ。
「違う」
しかし月夜はまた否定する。
「それはなぜ?」
「わしは九凪と今よりも深い繋がりを持ちたいだけだからじゃ。男女がまぐわえばその絆はより深い結びつきとなるのじゃろう?」
「…………それはまあ、そうなんだけど」
ようやく九凪は月夜の言い分が理解できた。彼女にしてみればそれは手を繋ぐとか抱き合うとかの延長上の行為なのだ。九凪と仲を深めるのが目的であってそれで子供ができるという意識は全くないらしい。
「僕との子供は本当に欲しくない?」
「…………そういう感情はわかぬな」
そう尋ねる九凪の表情が少し寂しそうだったからか、申し訳なさそうな表情を浮かべながらも正直に月夜は答えた。彼といるだけで彼女は満たされている…………それ以上が欲しいとは思えなかった。
「九凪は、わしとの子供が欲しいのか?」
「それは…………今すぐじゃないけど、いつかは欲しいと思うよ」
逆に尋ねられて九凪は今の自分の考えを言葉にする。ただ、正直に言えば真昼に指摘されるまでそんなことを考えたりはしていなかった。まだ学生の身の上である彼からすればそれは当然のことで…………いつか先のことだと思っていた。
けれどそのいつか先に月夜が隣にいて、その彼女が自分の子供を産んでくれたそれはとても嬉しいことだと思えた。
「九凪が欲しいのならわしは構わぬが」
別に自分は欲しくないが九凪が欲しいなら構わない…………それは本当に子供に対して好悪を抱いていない、どうでもいいとすら思っているからこその返答に思えた。それは普通の感性を持つ九凪からするとひどい違和感を覚えるものだ。
「九凪、わしはなにかおかしいのか?」
「おかしいってことは…………ないと、思うけど」
そんな彼の様子に月夜が尋ねる。別の彼女の反応がおかしいとまでは九凪も思わない。普通の人間の中にだって子供はいらないという人もいる…………ただ、自分をあれほど好きでいてくれる月夜が、二人の子供に関してはいらないというのに違和感を覚えただけなのだ。
「ふむ、しかし九凪は子供が欲しいのじゃろう?」
「いつか、だけどね」
念のために訂正する。それなら今すぐ作ろうと言われたらとても困る。
「それはなぜじゃ?」
「それはなんで子供が欲しいかってこと?」
「うむ」
頷く月夜に九凪は考える…………しかし特に大した理由なんて浮かばない。九凪は月夜が好きで、だからその子供がいつか欲しいと自然に浮かぶ。それだけのことなのだから。
「つまり、理由もなく欲しいのじゃな?」
「…………そうなっちゃうね」
正直に話すとそんな結論になってしまう。
「つまりそれは九凪の本能なのじゃな」
「本能…………まあ、そうだね」
ロマンというか情緒から遠ざかる考え方ではあるけれど、本能といわれればそれはその通りなのだろうと九凪も思うしかない。子孫を残そうとするのは生物の本能だ。特に理由がないのであれば、伴侶と選んだ月夜と子孫を残したいという本能が働いた結果と見るしかないのは確かだった。
「神は不老不死のような存在じゃ…………子を残さずとも血が絶えることはない。だからわしは子供が欲しいと思う本能が薄いのかもしれぬ」
「…………そうか、たしかにそうかもしれない」
見た目は小学生にしか見えない少女であっても月夜は神様なのだ。彼よりも遥かに長い年月を生きているしこれからも生き続けるだろう。そんな存在であれば無理に子孫を残す必要もなく、その本能が薄いというのも理解できる。
でも、九凪は人間なのだ。
その差異を月夜は正しく理解しているのだろうか…………いや、きっとまだしていないのだろう。もしもしていれば彼女の答えは肯定的だったと思うから。
「ねえ、月夜」
「なんじゃ?」
「もしも僕らの子供ができたとしたらさ」
そうしたらきっと、自分がいなくなった後でも…………そう口にしようとしたところで九凪は不安を覚えた。これこそが真昼が話すか迷っていた懸念なのではないかと、この時に彼は気づいたのだった。
「きっとものすごく可愛いと思わない?」
だから九凪は続きの言葉を変えて、浮かんだ不安は伝わらないように覆い隠した。二人の子供ができた幸せな未来を創造する。月夜に伝わるのはそんな幸せな感情だけでいい。
「う、ううむ…………九凪の子であれば、確かに」
「僕と月夜の子供だよ」
二人の子供なのだと九凪は優しく諭す。
「もし作ると決めても月夜の体が大丈夫になってからだけど…………少し前向きに考えておいて欲しいな」
「わかったのじゃ」
頷く月夜に九凪は優しく微笑む。彼に浮かんだ未来を彼女が共有してくれることを九凪は望む。九凪が望んだからではなく、月夜自身も望んでくれることを。
そうすれば、いつか訪れる未来で月夜は一人にはならないはずだから。
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