五十九話 さらけあう
真昼との話は九凪もよくわからないままに月夜との子作りを推奨されて終わりになった。彼女と会ったことに関しては巫覡について伝えられたということだけにしておいて欲しいとも頼まれた…………子作りを勧められたことは伝えて構わないとも言っていたが。
「ただいま!」
「お帰りなのじゃ!」
帰宅するとすぐに月夜が出迎えてくれた。その様子を見ると真昼の言っていたような懸念は今のところ無用のように思える。昨日のように出迎えもせずに塞ぎ込んでいるようなこともなかったわけだし、少し九凪はほっとする。
「今日はちょっと遅かったの」
「…………真昼さんに会ってたんだよ」
「真昼じゃと?」
途端に月夜は不機嫌そうな表情を浮かべる。
「あやつが九凪に何の用じゃったんだ?」
「…………ええと、僕が持ってるという力について」
「ぬっ!?」
それは想定の予想外だったというように、月夜はぎょっとした表情を浮かべる。
「く、九凪の力とは…………何の話じゃ?」
平静を取り繕っているようだったけど月夜の目は泳いでいた。真昼は特に言及していなかったけど、やっぱり月夜も九凪が巫覡だと知ったうえで黙っていたらしい。
「僕が巫覡だって話だよ」
「ま、真昼ぅうううううううううううううううううううううううう!」
月夜が叫ぶ。
「なんで、なんで九凪にそれを教えてしまうのじゃ!」
月夜はその場に突っ伏すと床を叩く。それは駄々をこねる子供のようで可愛らしいなと九凪は思った…………こういう気持ちもこれまで伝わっていたのだろうか。
「伝わって! おる!」
「ええと…………可愛いよ」
「嬉しい、嬉しいが…………!?」
顔がにやけながらも月夜の動揺は収まらない。
「く、九凪は怒っておらぬのか?」
「怒ってないよ」
恐る恐る尋ねるその様子に九凪は穏やかな笑みを浮かべる。やはりそれが一番の要因だったかと彼は思った…………九凪の感情が筒抜けであることを月夜は黙っていたのだ。普通に考えれば嫌われるような話であるのは間違いない。
「まあ、確かに知らされた時は恥ずかしかったけど…………結果として月夜とこうしていられるんだから僕は良かったとすら思ってる」
それは真昼にも話した通りだ。結果良ければ全て良しというのは何事にも適用されるわけではないけれど、これに関してはそれでいいと思う。他ならぬ当事者である九凪が納得しているのだから問題はないのだ。
「そう、なのか?」
「うん」
しっかりと頷いて見せる…………こういう時に気持ちを晒せるというのは便利だ。嘘偽りない本心だということをしっかりと伝えられる。
「うむ、よくわかる…………わかるのじゃ」
「よかった」
安堵した表情の月夜に僕は胸を撫で下ろす。
「…………しかしなぜ真昼はいきなりそのことを明かしたのじゃ? わしに対する嫌がらせなのか?」
落ち着いた月夜とリビングへと移動する。二人してソファに座ると考える力も戻って来たのか月夜がそんな疑問を口にする。
「別にそんな意図はなかったと思うよ…………ほら、こういう話って伝えられるのと自分で気づくのだと大きく印象が変わっちゃうから、それでね」
実際のところ真昼から教えられず自分で感情が伝わっていることに気づいていたら、流石に九凪だって二人に不信感を覚えたかもしれない。教えるタイミングにしても遅ければなんで早くに教えてくれなかったのだと思っただろうし、今回は彼としても納得しやすいタイミングであったのは間違いない。
「む、そうか…………そうじゃな」
納得したように月夜は頷く。
「それで、真昼さんからはその力をうまくコントロールできるようになった方がいいって言われたんだ」
「それはまあ、できたほうが良いとわしも思うぞ」
「…………それは嫌じゃないの?」
九凪は尋ねる。
「どういうことじゃ?」
「ほら、今までは僕の感情は全部月夜に伝わってたんでしょ?」
「そうじゃな」
「それがいきなり途切れることになるけど」
九凪が月夜と出会ってからずっと感情が伝わっていたなら、それは二人の関係の中で当たり前だったものということになる…………それがいきなり全て途切れたら気になるのではないだろうか。
「む、それは確かにそうじゃ…………九凪の感情が感じられぬはとても寂しい」
今それに気づいたように月夜はハッとした表情を浮かべる。
「そうじゃ! 別に九凪が気にしておらぬなら四六時中感情を伝えぬようにせぬでもよかろう? 練習として決めた時間だけやればよい」
「それはまあ、そうなんだけど」
「なんじゃ?」
「ずっと感じられたものを少しの時間だけ感じられなくなったら、その間に隠したいものがあるとか思わない?」
「…………思うかもしれぬ」
「出来れば僕は月夜にそんな不安を抱かせたくない」
聞かされた時は驚いたが、正直九凪は今の状態に困っていない。もちろん真昼が懸念したように月夜に伝わっては困るような不安を自分が抱く可能性はある…………だから力のコントロール自体はできるようになりたいが、それで月夜を不安にさせては本末転倒だ。
「そうじゃ! それならばわしの感情を読めばよいのではないか?」
「月夜の感情を?」
「うむ、巫覡は神に意思を伝えるだけではなくその意思を伝えられる存在じゃからな」
つまりはこれまで無意識に行っていたものと真逆の使い方をするわけだ。
「わしは九凪に感情を読まれたところで気にはせぬ…………これまで知らせぬまま九凪の感情を感じておったじゃからこれでお相子というわけじゃ」
「…………いいの?」
「うむ!」
迷いなく月夜は頷く。これはちょうどいいのではと九凪は思う…………もしも真昼が懸念したような何かの不安を月夜が抱くことがあっても、練習させてもらっていればそれを事前に感じ取ることだってできるかもしれない。
「早速試してみるがよいのじゃ!」
「そ、それじゃあ試しにちょっと」
勧められるままに九凪は目を閉じて集中してみる。特別なことをする必要はないと真昼は彼に説明してくれた。手を動かすのと同じように、ただ伝えたい…………伝えてもらいたいと念じるだけでいいのだと。今は月夜の抱いている感情を知りたいと願う。
「!?」
顔が熱くなる。月夜が自分のことを大好きだという感情が遮るものもない純粋さで九凪の中へと入ってきたのだ…………これには覚えがある。あの観覧車で月夜に自分のことをどう思っているか尋ねた時、その感情を知りたいと無意識にこの力を使っていたのだと九凪は今気づいた。
「九凪、どうしたのじゃ?」
「いや、別になんでもないよ…………ちょっと幸せなだけで」
自分がここまで思われていることが直接的にわかるというのはとても幸せなことなのだと九凪は初めて知った。これほどまで自分を思ってくれる目の前にいる月夜という少女がたまらなく愛おしくなって…………今すぐにでも強く抱きしめたい衝動に駆られる。いや、抱きしめるだけではすまずにそれ以上も。
「九凪?」
「な、なんでもない!?」
月夜の声に浮かんだ思考を慌てて振り払う…………けれど振り払いきれていなかったのか。何とか空気を換えようと彼が口にしたのは失言だった。
「ねえ、月夜は子供が欲しい?」
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