五十八話 突発的な提案
「落ち着きましたか?」
「…………はい、なんとか」
二人と会っていた時に抱いた様々な感情を知られていたことや、それで思い切り取り乱した姿を見せたことなどが消化しきれずまだ九凪の顔は赤い。けれどそれでもなんとか前向きに気持ちを持ち直しつつあった。
「慰めになるかはわかりませんが、力を自覚した以上はコントロールが可能です。意識させすればこれまでのように感情をそのまま伝えてしまうこともなくなるでしょう…………その意識するというのに多少の慣れは必要ですが」
感情抱くというのは人間にとって自然なことで意識して抱くようなものではない。感情を抱く度にそれを伝えないよう意識するのは慣れが必要だろう。しかし感情が隠せるかどうかというのは今の九凪にとっては重要なことだろう。
「それに先ほども説明しましたが伝わるといっても感情だけです。元より人間は顔で感情を表してしまうものですからそれほど気にしなくても大丈夫ですよ」
もちろん生の感情が伝わるのは表情を読むことと大きな隔たりがあるが、それをあえて指摘する必要は真昼にもない。
「そ、そうですね」
そこまで聞いてようやく九凪の心も落ち着いたようだった。
「それに考えてみれば結果としてそのおかげで月夜と結ばれたわけですから、良かったと思うことにします」
「ええ、その方が前向きだと思いますよ」
にこやかに真昼は頷く。恐らくその力のせいで月夜の好意をダイレクトに感じ取ってしまったのが要因として大きいとは思うが、それに関しても真昼は指摘する理由がなかった。
「あ、それで真昼さんの話って僕のその巫覡の力についてだったんですか?」
重々しい雰囲気に警戒していたが、それであれば九凪にとっては杞憂だったということになる。確かにショックではあったがそれも少しすれば落ち着くようなものだったのから。
「いえ、残念ですが本題はこれからです」
しかしそんな九凪の期待を真昼は打ち砕いた。
「とはいえ、少し困っています…………どう話すべきか」
「ええと、それはどういうことですか?」
「今しがた伝えた通りあなたには巫覡の力がありますから」
「…………つまり、僕から月夜に話が伝わることを警戒しているんですか?」
それは真昼の話が月夜には言えない類の物であるということでもある。
「もちろん何度も言っていますが伝わるのは感情だけで話の内容それ自体が伝わってしまう可能性はありません…………あなたが力を自覚したうえで伝えようと意識すれば話は別でしょうが」
しかしそれであれば直接話せばいいだけだから関係はない。距離があっても意思を伝えられる利点はあるが、現代であればスマホを使えばいい。そういう意味合いであれば巫覡の力というものは現代においてほとんど利点はないのだろう。
「ただ、あなたの不安が彼女に伝わればその原因は何かと思うでしょう」
そしてそれが他ならぬ九凪のことであるのだから、月夜は全力で突き止めようとするはずだ。
「力に慣れていない今の僕では不安を隠しきれないということですね」
「そうなります」
真昼は頷く。
「あの、でもそれなら今も見られてたりしたら不味いんじゃ」
「それに関しては問題ありません。月夜が覗き見をしていれば私にはわかりますからね。視線を感じた時点で私は話題を変えますから、適当に合わせてくれれば大丈夫ですよ」
同じ神であるから、見られていることもわかるということらしい。
「まあ、見られていないにせよ本題を話すべきか迷っているのですが」
だから見られているかどうかにはそれほど関係がない。
「あの、それでどうするんですか?」
九凪としては真昼の判断を待つしかないのだが、あまり寄り道が長引けば月夜だって気になるだろう。彼だって毎日学校から直帰しているわけではなく買い物などをして帰ることもそれなりにある。だからいきなり不審に思われることはないだろうが、早く帰るに越したことはない。
「…………曖昧な警告をします」
少し悩んで、真昼はそう口にした。はっきり伝えればそれが月夜に伝わってしまう可能性もある。だから曖昧にして伝えたい何かに九凪が気づきやすいようにだけすると。
「月夜に何か変わった様子はありますか?」
「…………ないと思いますけど」
今朝がたも特に変わっていなかったように思う。昨日は自分が選ばれなかった未来を想像して不安を覚えていたようだが、それも一晩経ったら落ち着いたようだった。
「では彼女の変化には気を配ってください。あなたのその力であれば隠そうとしている不安を感じ取ることもできるでしょう」
巫覡は神に意思を伝えるだけではなく、その意思を受け取ることもできるのだから。
「あんまりそういうことはしたくないんですけど」
「知らないままそれが致命的な事態となっても構わないなら、それもいいでしょう」
「致命的って…………」
脅すような言葉に九凪は驚くが、真昼の顔は真剣だった。
「最悪の事態もあり得るという話です」
その最悪が具体的に何なのか真昼は口にしなかった…………それこそ九凪に隠しきれないほどの不安を与えることになるからだろう。
「そんなことにならないためにもあの子の変化を気にして、それが大きくならないよう愛してあげてください…………それも逆効果になる可能性もありますが」
「どういうことなんです?」
「…………」
尋ねるが真昼は答えてくれなかった。しかしそれでは九凪は訳が分からない。月夜を愛でるのは別に彼も構わないが、それが逆効果になる可能性があると言われればますます混乱するだけだ。
「僕は、どうすればいいんですか?」
「そうですね」
もう一度尋ねると、悩むように真昼は間を置く。
「…………月夜と子供を作るのはどうでしょう」
「っ!?」
そうして飛び出してきた言葉に九凪は衝撃を受けるしかなかった。
「あの、真昼さん?」
「恐らくですが、それが一番うまくいく可能性が高いと私は思います」
「いや、あのですね」
「心配せずとも神と人の間でも子は生まれます…………これに関しては実証済みです。半神半人は神々の間では疎まれる存在ではありますが、ほとんどの神々が退去した現在においてはそれほど問題にはならないでしょうし」
「真昼さん!」
思わず大きく声を出す。
「なんです?」
「月夜が成長するまでそういう行為はしないと約束したんです…………大事にしたいので」
「それは正しい判断だと思います」
むしろ同棲初日からそういう行為に及ぼうとしていたら真昼は止めていただろう。
「しかし状況は変わりました。恐らく、現時点ではそれが最適解です」
だが今は違う、真昼にとってはそういう話だった。
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