五十七話 赤裸々だったと知る
「今日は休まぬでよいのか?」
「そんなわけにはいかないよ…………気にしちゃうかもしれないし」
あの後夜になる頃には月夜も落ち着いて一緒に夕食をとった。その後は特に何をするでもない穏やかな時間を過ごして…………就寝して朝になった。しかしそうなると当然九凪は学校へと登校しなくてはならない。もちろん奏に会うのは気まずかったが、だからといって休んだら彼女がそれを気にしてしまう可能性もある。
「それにどうせいつかは会うんだから、変に気まずい気持ちを引きずるよりさっさと顔を合わせた方が気は楽になるからね」
気まずくても会ってしまえば簡単に解消されるようなこともある。それを避けて一方的に不安だけを募らせてしまうと逆に拗らせてしまうことだってあるだろう…………それよりは九凪はすぐに会うことを選ぶ。」
「そうか、九凪は強いな」
「そうかな?」
「そうじゃ」
九凪自身はそんなこともないと思うのだけど、月夜は彼をうらやむような表情で見つめる。そんな彼女の様子にまた何か不安にさせてしまったのだろうかと彼は考える。
「気になるなら、見ても大丈夫だからね」
とはいえこれから学校へと行く自分に言えることなどそれくらいだ。
「うむ、その時は遠慮なく見させてもらう」
そんな彼の気遣いに気づいたのか月夜は笑みを浮かべた。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「うむ、行ってらっしゃいなのじゃ」
最後に月夜を一度だけ抱きしめて、九凪はマンションを後にした。
◇
気まずさを覚悟して学校へと向かった九凪だったが、意外にも奏はさっぱりとした表情を浮かべていた。それでも流石に面と向かって話すのは辛いのか、昼食は一緒ではなかったし長く話す機会もなかった…………それでも露骨に避け合ったりせずきちんと挨拶を交わせた事に九凪はほっとする。
「聞くな」
そんな奏とは違いいつも通りの春明ではあったが、顔の左右にはっきりと付いた青あざに関しては詮索するなと先置きされた…………まあ、九凪だって理由は聞かなくてもわかるしわざわざクラス内で余計な情報を晒すつもりもない。彼のしたことを考えればその程度で許して呉れのなら御の字だろうと思う。
「財布の中身も空だぞ」
そんな九凪の表情を読んだのか春明は付け加えた…………ただまあ、大切な友人二人の関係がひどくならなかったのなら良かったと思う。
「それで、今日は何か御用ですか?」
そんなこんなで良い方向に学校生活を終えた九凪だったが、放課後にまっすぐ家に帰ることなく寄り道をしていた…………以前にも同じことがあったなと彼は思い出す。あの時もこうして喫茶店に誘われて月夜についての忠告を受けたのだ。
「はい、毎回すみませんね」
「いえ、僕は構いません」
体面で申し訳なさそうな表情を浮かべる真昼に僕は首を振る。彼女には世話になっているし誘われた理由に月夜が関係していることは予想が付く。無意味に呼び出しているわけではないのだから彼女が気に病む理由は無いのだ。
「私としても堅苦しい話のためにあなたを誘いたくはないのです…………誘うたびに身構えられるようになっても嫌ですからね」
「ええと、別に身構えたりなんて…………」
「少なくとも、今日はそういう話なのですよ」
「…………」
話の流れから予想はできていたが、はっきり言われると九凪も流石に身構えるしかない。前の時は月夜がこのままずっと純粋無垢なわけではないというアドバイスだったが、わざわざ前置きをするということはあまりよくない話なのだろう。
「さて、どこから話しましょうか…………」
真昼は話し始めるが、すぐに言葉を続けなかった。
「真昼さん?」
「いえ、考えてみると話してもよいものかと思いましてね」
話す段になって躊躇ってしまったらしい…………珍しいと九凪は思う。彼から見る彼女は用意周到な人間で、今日自分と話すことだってあらかじめ組み立ててあると思っていた。
「私はそこまで完璧な存在ではありませんよ。神といって万能ではありません…………もしも私が万能であったらあの子だって」
「ええと?」
「すみません、あなたにはかかわりのない話です。遠い昔の私の後悔ですよ」
苦笑して、真昼は息を吐く。そして九凪がそれに付いて尋ねるより前に話を戻す。
「そうですね、まず謝罪をすべきでしょうか…………私はあなたに黙っていたことがあります」
「黙っていたこと、ですか?」
「はい、先日神について説明する際に私は一つだけ話を省きました」
「それはなんですか?」
九凪はいくつか頭に予想が浮かぶが、聞いてしまったほうが早い。
「それはあなたが巫覡であるということです」
「ふげき、ですか? すみません、僕の知らない言葉です」
「そうでしょうね」
真昼は頷く。日常生活ではまず耳にしない単語だ。
「巫覡とは神に仕えその意思を人々に伝える役割を持つ役割のことです…………今の世であれば巫女とか神主といった存在がわかりやすいでしょうか」
「それが僕、ですか?」
「正確には過去その役割についていた人間と同じ才能を持っている、ということですけどね」
巫覡という役割だからそういった力を持つわけではなく、そう言った力を持つものが巫覡の役割を担っていたのだ。
「それはつまり?」
「あなたへは言葉を介さずとも私たち神の意志が伝わりますし、逆にあなたの意志も私たちに伝わるということです」
「え、えーっと」
何かとんでもないことを言われた気がして九凪の感情はその理解を拒もうとした。正しく理解してしまえばとんでもない衝撃を受けることになりそうだったからだ…………しかしそんな抵抗が長く続くわけもない。
「ぼ、僕の考えていることが、真昼さんや月夜には伝わるってことで合ってますか?」
「いえ、そこまでではありませんよ」
首を振る真昼に九凪はほっとする…………が。
「あなたがきちんとその力を自覚して行使すればその限りではありませんが、特に意識もしていない今の状態では抱いている感情が伝わってくるくらいのものです…………まあ、それである程度思考の予想はできてしまうわけではありますが」
「…………」
考えてる言葉は伝わらずとも抱いている感情は伝わる…………それはもうほとんど全部伝わってるのと変わらないのではと九凪は思う。つまりはこれまで真昼や月夜の前で抱いた感情が全て赤裸々に二人には伝わっているのだ。それを自覚すると顔が熱くなる。
「っ―――――――」
「ああ、すみません、すみません」
テーブルに顔を突っ伏す九凪に真昼は謝罪を繰り返す。これが予想できていたから彼女はこれまで話すのを躊躇っていたのだ。
それから九凪が落ち着くまでには、それなりの時間を要した。
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