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年上(ロリババア)の神様と普通に恋愛するだけの話  作者: 火海坂猫


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五十五話 後始末

「よう」

「なに、もしかして付けてたの?」

「悪いとは思ったが…………あー、流石に店の外にいたからな。九凪だけ出てくるのが見えたから入って来た」

「それで、なに?」


 九凪が去ってしばらくすると奏の座る席に春明がやって来た。いつものような飄々《ひょうひょう》とした表情であればすぐにでも立ち上がってぶん殴っていただろうが、彼にしては珍しく気落ちした表情をしていたので奏はとりあえず我慢することにした。


「なに、というか責任を果たしに来た…………殴られるなら早い方がいいだろ?」

「殴られるだけで済むと思ってるの?」


 奏はその手にフォークを握りしめていた。九凪に対して落ち着いた気分でいられたのは彼には何の落ち度もないからだ。むしろ奏に対して心苦しい思いをするのがわかっていながらこんな茶番に付き合ってくれたことに感謝すらしている…………おかげで彼女はずいぶんとマシな形で気持ちに区切りを出来たと思う。


 しかし春明に関しての話は別だ。このまま彼女が彼をフォークで刺したとて文句は言えないはずだった。


「馬に蹴られて死ぬようなことはしたと思うが。出来れば殴るだけで勘弁してくれ…………俺の馬鹿で大事な友人の人生を狂わせたくない」

「…………私だってあんたのせいで人生ふいにするのは嫌よ」


 殊勝な態度の春明に調子が狂うように奏は溜息を吐く。


「とりあえず座りなさいよ」

「ああ」


 許しを得て春明は席に着く。先ほどまで九凪がそこに座っていたのに、その代わりに春明が腰掛けているのを見ると奏はもう一度溜息を吐きたくなった。


「で」


 春明から顔を逸らして顎に手を突き、横目で奏は尋ねる。


「何しに来たのよ」

「…………殴られに来たと言ったはずだが」

「じゃあ、なんで殴られるような真似をしたのよ」


 人の気持ちを勝手に伝えるなんて最悪の行為だ。それで成功したならともかく失敗した時のリスクの大きさがわからぬほど奏の知る春明という人間は愚かではない。それを考えると浅はかな行動だったようにも思えるのだ。


「焦ってたのかもしれねえな…………あの月夜っていう規格外の少女とそれに接する九凪の態度を見て、このままじゃ間に合わなくなると思ったんだよ」

「…………」


 実際にその危惧は正しかったのだろうと奏は冷静に思う。結果としてはそれでもなお遅すぎて間に合わなかったわけではあるが…………それは彼の責任ではない。


「そもそも、なんでそこまで私を助けようとしたのよ」


 それは正直なところずっと疑問に思っていたことだった。最初は自分を煽って楽しんでいるだけなのかと奏は思っていたが、それも熱くなりやすい彼女の性格を利用して発破をかけていたのだと今ならわかる。結果はこんな形になってしまったが、春明は真剣に奏の恋を応援していたのは間違いないのだ。


「お前が俺の知る限りでは一番いい女だからだ」

「…………うわ、気持ち悪い」

「うるせえよ」


 思わず本音を漏らした奏に春明は顔をしかめる。


「言っておくけど、あんたは友人としてならぎりぎり許せるラインよ?」

「知ってるよ」


 総合的に見れば悪い人間ではないと奏は知っているが、その性格が根本的に自分とは合わないと彼女は思っている。そしてそれを春明もよく知っていた。


「だから、俺の一番の友人とくっついてくれるならそれが理想だと思ったんだよ」


 ある意味自業自得ではあるが、人間観察が趣味である春明にとって他人の裏にある感情は良く見える。そして見えてしまえばそれをどうしても意識してしまうものだ…………どうしても一歩引いたり壁を隔てたような対応をしてしまう。


 だから春明にとって九凪や奏といった友人はとても貴重だった。二人ともよく言えば単純で裏がないし、裏に隠すようなことがあってもこちらを気遣ってのようなものばかりだ。だからそんな二人がくっつくのであればそれは彼にとっても喜ばしいことだったのだ。


「あんた無駄な能力の高さで損するタイプよね」

「かもな」


 自覚しているというような春明の表情に体の力が抜けたように奏はフォークを置く。


「あんた、金は持ってるんでしょうね」

「いきなりなんだ?」

「持ってるの?」

「持ってるが」

「そう」


 確認が取れると奏はテーブルの上のメニューを手に取る。


「それならとりあえず今の感情を食欲で発散させるわ…………発散できなかった分は後で殴るけどそれでいいわね?」


 つまりはケーキ代を出したうえで殴られろということだった、


「…………いいのか?」


 しかし春明にしてみればそれは破格の恩情だった。


「この場でいきなりあんたを殴ったら騒ぎになるでしょうが…………長いこと恋焦がれていた相手にフラれた日に見世物になるのは私だってごめんよ」

「…………そうか、そうだな」


 納得したように春明は財布を出すとテーブルに置く。全面的に要求を受け入れたから好きにしていいという意思表示だ。こういう時の潔さだけは悪くないと奏も思う。


「ま、こんな風に落ち着いて判断できるのはあんたのおかげかもね」

 

 ただ普通に告白してフラれていたら多分ショックで何も考えられなかっただろうし、感情のままに春明に当たり散らかしていたかもしれない…………今のある意味達観したような状態でいられるのは彼が手回しした結果であるのは間違いがない。


「まあ、どっちが良かったのかどうかはわかんないけど」


 ただ、今の結果もそれほど悪いものじゃないとは奏も思う。


「私だけ食べてるのも恥ずかしいから、あんたも頼みなさいよ」

「わかった」


 言われるままに春明もメニューを手に取る。


「…………悪かったわね」

「お前が謝るような話じゃないだろう」


 全面的に自分が悪いと春明は認めたはずだ。


「あんたが悪いの間違いないけど…………私のためにやってくれたのは確かでしょ? 結局それを無駄にしたのは私だもの」


 もっと早く、九凪が月夜に出会う前に、出会ってからでも仲が深まる前に奏が行動できていれば結果は違ったはずなのだ…………そして彼女が行動するように春明は急かしていたのに奏はそれを無駄にした。


「悪いのは全部俺だ、それでいい」

「…………そう」


 それでもきっぱりと告げる春明に奏は小さく呟く。


「それなら、たくさん食べるわ」

「いくらでも食え」


 それからしばらくして、その言葉を春明が後悔するくらいには奏は皿の山を積み上げた。


 お読み頂きありがとうございます。

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