五十四話 一つの結末
全部知らなければよかったと九凪は思う。奏の気持ちを知らなければ、きっと九凪はこんな罪悪感を覚えがらその告白を聞くこともなかっただろう。
もっと早ければよかったとも思う。もしも九凪が月夜と出会う前に…………彼女に対して気持ちが固まる前に告白されていたなら結果は違っていたように思う。九凪は奏のことを友人としか思っていなかったけれど、そうであったら彼女のことを異性として強く意識したはずだ。
「あなたが好きです。付き合ってください」
けれどその告白は遅すぎた。今の九凪はすでにその心が一人の少女へと向けられているし、それを覆す気もない。どれだけ彼女に対して申し訳なく思ったとしても彼の答えは一つしかなかった…………何よりも、告白した奏自身がそれを知っている。
「ごめん」
頭は下げなかった。ただ彼女の目をまっすぐに見て九凪はそう答える…………それに奏は力なく笑う。
「うん、わかってた」
それでもなお告白するしか彼女にはなかった。そうでなくては自身の気持ちに区切りが付けられないからだ。
「他に好きな相手がいるんだよね?」
「…………うん」
九凪は頷く。そうじゃなかったら…………少し前に抱いたそんなもしもの話を彼は口にしなかった。そんなものは奏に対して慰めにもなりはしないだろう。
「それって月夜ちゃん?」
「……………………うん」
迷ったが、隠さないことにして九凪はそれも肯定する。奏が感情的になって周囲に情を漏らすことを九凪と春明は警戒していたが、今の彼女は落ち着いているように見えたから。
「なんでわかったの?」
「さっきの表情を見ればわかるわよ」
そこに込められいた感情は面倒を見ているだけの子というわけではなかった。
「大変よ? 私も…………私も今みたいな落ち着いた状態じゃなかったら高天にひどいこと口走ってたかもしれないし」
「それは覚悟しているつもりだよ」
月夜に告白した時に全部覚悟は決めてある…………結果としてその覚悟はずいぶんと肩透かしになった感じはしているけれど。
「ならこれ以上は何も言わないわ…………応援、はちょっと今すぐは難しいけど、その内相談くらいには乗れるようになると思うから」
「無理はしなくていいよ」
「させて…………恋人にはなれなかったけど、友人のままではいたいの」
「それは僕もだよ」
九凪だって、奏との友人関係までこれで終わりにはしたくない。
「家に帰ったら多分泣くけど、今落ち着いていられるのは朝川のおかげかしらね」
「春明の? なんで?」
「どうせこのお膳立てをしたのもあいつなんでしょ?」
「…………」
流石にそれには九凪も即答しなかったが、答えることができないのがすでに答えているようなものだった。
「落ち着いてみると腑に落ちるっていうか…………すんなりと高天が誘いを受けてくれたこともおかしいのよね。だって月夜ちゃんとそういう仲になってるなら高天の性格的に断るとか彼女も連れて来てもいいか確認したりするわよね?」
「…………」
それはその通りだった。もしも春明から事前に頼まれずに誘われていたらきっと断るなり月夜の同行を提案していただろう。
「で、その辺りを踏まえると朝川は高天と月夜ちゃんの関係を知ってるわけよね…………で、私の気持ちも高天に伝えていたんでしょ?」
「……………………うん」
否定したかったが、それは余計に奏を刺激するだけだと九凪にもわかる。彼女はすでに確信してしまっているのだから。
「でも春明も悪気があったわけじゃないんだ…………悪気がなければいいって話でもないけど」
実際に春明に悪気はない。悪気はないが結果として全部悪い方向に働いてしまったというだけだ…………殴られてもしょうがないとは九凪だって思う。
「わかってるわよ。私とあいつの付き合いは高天よりも長いしね…………あいつは人をおちょくるし小ばかにもするけど、最終的に相手が不幸になるような選択だけは取らない奴よ」
散々煽られはしたけれど、結果として春明の判断は正しかった。問題があるとしたらそれだけ背中を叩かれながらも遅々《ちち》として行動を起こさなかった奏の方だ。
「悪いのは私…………まあ、あいつは殴るけど」
「三滝が殴るなら僕は止めておくよ」
「いいわよ殴って。あいつのせいで私に対していらない罪悪感を抱いてたわけでしょ?」
「それは、まあ…………それならやっぱり一発だけ」
奏の気持ちを知らなければ彼女の告白を断るその瞬間まで九凪は罪悪感を抱く必要はなかったのだ。それなのに罪悪感を抱きながら表面上は平静を装って奏と接することを強いられたのは春明のせいなのは間違いない。
「あいつも自分は何でもできるって顔をいつもしてる割にはポンコツなのよね」
肝心なところで空回りするのは自分と似た者同士だと奏は思う…………だからといって絆されもしないし許しもしないが。
「それで」
話を変えるように奏が九凪を見る。
「月夜ちゃんとはどうなの?」
「どうなのって…………」
「うまくやれてるの?」
「それはまあ…………うん」
今のところうまくやれていると九凪は思う。突然の同棲生活にはなってしまったが特に問題が起こることもなく安定している。
「あ、もちろん手は出してないよ」
「それはわかってるわよ」
誤解されないように先んじる九凪に奏は苦笑する。そんな人間であれば彼女だって好きになりはしない。
「前と変わったこととかは?」
「ええと、とりあえず両親に紹介はした」
「いきなり!?」
「それくらいの覚悟は必要だと思ったんだよ」
「…………朝川の入れ知恵ね」
「まあ、うん」
素直に認める。
「それならまあ、当面私が心配するようなことはないわね」
ふう、と息を吐いて奏が呟く。自分の気持ちを勝手にばらされるような事実が明らかになっても、彼に対する信頼は損なわれていないというように。
「それなら今日はお開きにしましょう…………月夜ちゃんをあんまり心配させるのもかわいそうだしね」
「…………三滝」
「ほら行った行った! 私はこれから浅川を呼び出して埋め合わせをさせるわ」
物騒に笑って見せる奏だが、それが強がりなのは九凪にだってわかる…………だからこそその気遣いを無駄にはできないと彼は席を立つ。
「それじゃあ、また」
「ええ、またね」
奏は席を立っていく九凪を見送る。
最後まで彼女は、涙は見せなかった。
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