五十二話 心の痛む時間
待ち合わせはデスティニーランドに行った時と同じ駅前だった。約束の時間の十分ほど前に九凪がその場所へやってくると、すでに奏の姿があった。彼女は硬い表情でじっと地面を見ている…………緊張してもそわそわと周囲を伺ったりしないところは彼女らしい。そのある種威圧的な佇まいに、奏へと声をかけようとしたらしき男も怖気るようにそそくさと通り過ぎていく。
「ごめん、待たせたかな」
「!」
九凪が声をかけると奏はぱっと顔を上げてその表情を柔らかくした。
「ううん、私のほうが早く来すぎちゃっただけよ…………ほら、この前は待たせちゃったから今度は待たせないようにって」
「別に僕は気にしてないのに」
春明だって茶化してはいたけれど責めたわけでもない。
「私が気にするのよ」
「真面目だなあ」
九凪も根がまじめだとよく言われるが、奏のそれはまた彼とは違う真面目さだ。九凪のそれは人の善性に基づく真面目さだが、奏のそれは規則とかそういうものに対する厳格さとして現れているように思う。
「昨日はよく寝れた?」
「…………ちゃんと寝たわよ」
「ならいいけど」
真面目であるが、それに反して過熱しやすい性格の奏は傍から見るとぶっとんだ選択をとることがある。例えば今日みたいに遅刻しないと決めたら寝過ごさないように徹夜で起きていることにしてしまうとか…………しかし今日はそういうことはなかったようだ。
「それより早く行かない? まだ余裕はあるはずだけど人気店だから並んで待つことになるかもしれないし」
「あ、そうだね」
時刻はまだ昼前で、目的のケーキ屋は開店直後の時間だ。しかし人気店であるものの喫茶コーナーはそれほど広くないので入店待ちの行列ができてしまうこともしばしばらしい。前情報では混みだすのは昼をまわってかららしいけれど、油断してのんびりしていては並ぶ嵌めになる可能性も十分あるだろう。
二人は適当な雑談をしながら店へとまっすぐに向かった。
◇
「あ、ちょっと並んでる」
特に迷うことなく店に辿り着いたが、その入り口には五組ほどの客が入店を待って列を作っていた。整理券などを配っている様子もなかったので二人はそのまま列の最後尾へと並ぶ。何ともなしに並んでいる人たちを見てみるとほとんどが若いカップルのようだった。
「…………」
そのことを話題にしていいものかと九凪は少し悩む。目的を考えれば奏は間違いなくそのことを意識しているだろうし、それを九凪が口にするのは藪を突くような真似になるような気がしてならない…………やめておこう、そう判断した。
「他の人たちはカップルばっかりね」
「そうみたいだね」
自分で口にしちゃうんだと思いながら九凪は首肯する。
「なにかキャンペーンでもやってるのかな」
カップル割引とかやっているところは珍しくもない。
「私が調べた時にはそういうの見なかったし、たまたまじゃないかしら」
「かもしれないね」
人気店だし単純に彼女からねだられたり、彼女の機嫌を取ろうと彼氏が連れてきたということもあるだろう。そういうものが重なれば目の前のカップルの列になったりもするだろう。
「あの、さ…………私たちも」
「なに?」
言いづらそうに口を開いた奏に九凪は問い返す。
「私たちも…………カップルに見られたりするのかなって」
「あー、見えるかもね」
客観的なものの見方をすれば間違いなく見られるだろうと九凪は思う。単純に若い男女二人きりというだけでもそういうイメージが強いし、他もカップルばかりだから並べば同一視されるのは間違いなかった。
しかし見られるか、と九凪は思う。彼が奏に誘われるところを覗き見してしまったことを謝罪する月夜に、彼はむしろ見てくれて構わないと彼女を許した。それは後で余計な疑念を抱かれないための措置だったが、月夜がその言葉に従っているのなら今日のこのデートの様子も見られているはずだった。
奏に対して不自然にならない程度に、そのことも意識しておかないといけない。
「まあ、別に他人からどう見られたって関係はないし」
「そ、そうよね…………」
途端に残念そうな表情を浮かべる奏に九凪は少し罪悪感を覚える。何も知らなければちょっと様子が変だなと思うくらいだっただろうが、今の九凪は事情を知ってしまっているのだ。
「ええっと」
「そ、そう言えば…………最近あの子とはどうなの?」
なにかフォローをしようと九凪が口を開くと、奏は自分で話題を変えようとそんなことを言いだす…………どうにも彼女は意図せず地雷を踏み抜くというか墓穴を掘る。
よりにもよって自分で月夜の話題を振っちゃうのかと彼は内心で溜息を吐いた。九凪としては奏の気持ちを知ったうえで月夜の話題を口にするのはとても心苦しいのに。
「まあ、変わらず…………」
「変わらず?」
「いや、前と変わらないくらい仲良くしているよ」
なんとなく、あまり嘘は付きたくないと思い言い直す。元々月夜の好感度は九凪に対して最大値だったのだし仲の良さに嘘は付いていない…………ただその関係が大きく変わってしまっただけだ。
「昨日も会ったよ」
それどころか今日の朝も会っている。出かける時に見送る際には五分ほど九凪は抱きしめられてしまった…………今後それがエスカレートしていくのだろうかと不安に思う気持ちと、期待する自分にかなり困った。
「元気だった?」
「これ以上ないくらいにね」
横道にそれそうになった思考を現実に戻しつつ九凪は頷く。関係性が変わって同居するようになったからか月夜は九凪との接触に関しては遠慮がなくなった…………まあ、元から膝の上に乗ったりはしていたけれど。
「ね、今度また顔出しに行ってもいい?」
「…………構わないよ」
構わないのだけど心が痛む。果たして今日という日を終えた後でも奏は月夜に会いたいと思ってくれるだろうかと。
「そういえば、あの子まだ膝に乗ったりしてるの?」
「…………最近はそうでもないかな」
思い出したように付け加える奏に九凪は目を逸らさないように意識して答える…………嘘は付いていない。最近は膝に乗るより彼の横腹に顔をうずめるのが気に入ってるようだった。
「私ほら、高天がそういう趣味は無いのわかってるけど…………あんまり体面が良くないから気を付けた方がいいわよ」
「うん、わかってるよ」
ありがたい忠告に感謝しつつも内心で九凪は全力で謝罪する。
もうすでに、彼はそういう段階を大きく超えてしまっているのだから。
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