四十八話 保護者の面談
「昨日頂いたシュークリームは美味しく頂かせてもらいました。一緒に食べた職員も美味しいと言ってましたよ」
「それはよかったです」
月夜と話をした翌日の放課後に真昼から話があると九凪は呼び出されていた。場所は帰宅途中にある喫茶店だ。一度家に戻ってしまうと真昼に会う事を月夜は咎めるだろうけど、学校から帰る前であれば少し帰宅が遅かっただけと思われるだけだ。
まあ、後で知られたら面倒なことになるかもしれないけど、真昼にお世話になっていることを考えると断ることもできなかった。
「あれなら将来的に店を持っても問題ないと思いますよ」
「そこまでは褒め過ぎだと思いますけど…………」
「いえいえ、少なくとも私はあなたのお菓子のファンですからね」
店を始めて売れ残りが出ても全部自分が買い取るとまで真昼は以前に口にしている。自分のお菓子の何が彼女の琴線に触れたのか九凪にはわからないが、それがただのお世辞ではなく本気で言っていることだけはわかるのだ。
「厚かましいお願いではありますが、また機会があれば差し入れをお願いします」
「それは構いませんけど…………」
元々ある程度の量を作るので苦ではない。ただそれよりもそろそろ今日呼び出された本題が気になった…………まさかシュークリームの感想を言うためではないだろう。
「ああ、そうでした。あまり遅くなれば月夜が余計な疑問を抱きかねませんし本題に入るとしましょう」
残念だけど仕方ないというように真昼は頷く。
「最初に謝罪させてもらいますが、私はあなたを監視していましたし現在もしています」
謝罪と共に口にされたのは一般人である九凪には衝撃的な発言だった。しかも真昼はしていたではなく現在もしているのだと口にしている。そこまで堂々とプライバシーの侵害を告白されるのも普通はないことだろう。
「意外と驚いてませんね」
「驚きましたけど…………言われてみると納得することもあるというか」
思い返してみれば真昼はタイミングよく現れていた。それもこちらを監視していて出る機会を伺っていたと考えれば納得できる。彼女が長である組織が神秘に対応することを目的にしているなら月夜は監視対象だろうし、一緒にいる自分も監視されても不思議ではない、
「怒らないのですか?」
「そりゃあ気分は良くないですけど…………必要なことだったんですよね?」
それは組織として必要と判断して行ったことなのだろう。真昼が私利私欲でやったことことではないのだから九凪には彼女を恨む気は起きなかった…………もちろん気分が良くないのは確かだし、気になることはあるのだけど。
「九凪君は寛大ですね」
「そうでもないと思いますけど」
「いえ、普通なら怒ってもおかしくないと思いますよ」
それくらいプライベートを侵されるというのは許し難いことであるはずなのだから。
「怒る、というか恥ずかしいとは思います」
「というと?」
「その、つまり昨日のこととかも見られてたってことですよね?」
直近でも見られていたと思えば恥ずかしいことはいくつもある。昨日だって最終的には月夜に請われるままに彼女を抱きしめたりしたわけで、それを見られていたと思うと顔が熱くなってしまう。
「ああ、あのマンションの部屋の中に関しては監視対象外ですよ。あのマンションは私の所有ではありますが月夜が入った時点で彼女の領域となっていますからね。監視しようとしても防がれますし、試みても余計な不興を買うだけですから」
「そうなんですか?」
「ええ」
真昼は頷く。もちろんそれはあのマンションの部屋だけのことで外でのことはきっちりと監視している。だからこそあの正体が知れる原因となったトラックとの事故の時にもすぐ対応できたのだから。
「それで話がそれない内に進めますが、先日あなたが友人と話したことについて私は知ってしまいました」
「それはつまり…………三滝のことですか?」
「そうなります」
流石に少し顔をしかめて尋ねる九凪に真昼は頷く。自分のことであれば彼もそれほど気にならなかったが、流石に友人のプライベートが知られているのはあまり気分が良くないという表情だった。
「すみませんね、本当は明かすつもりはなかったのですがこの先の話には必要になってくることでしたので」
本来であれば真昼に明かす理由などない。月夜は監視に気づいていたがそれをあえて指摘もしなかったし、九凪自身は全く気づいていなかったのだ…………そのまま知らなければ嫌な思いをする必要もなかっただろう。
「それってつまり三滝とのことで話す必要があるってことですよね…………その、そんなに重要なことだとは思えないんですけど」
もちろん当事者である九凪にとっては重大事ではあるけれど、それは第三者から見ればよくある学生の恋愛事情に過ぎないと彼は思うのだ。
「重要じゃないですよ…………そこに月夜が絡んでいなければ、ですが」
問題なのはそれが一般人である九凪と奏だけの問題ではなく神である月夜が絡むことだ。そのせいで真昼は馬に蹴られるようなことをしなくてはならない。
「確かに月夜は絡んでますけど…………納得してくれましたし」
「納得したんですか?」
「はい…………それは見てなかったんですか?」
「先ほども言いましたがマンションの中は監視できていませんから」
真昼は肩を竦める。
「私が知っているのは友人の朝川春明君から三滝奏さんがあなたに告白しようとしていることを聞いたこと。そして彼女を吹っ切らせるためにそれ受けるよう要請されことまでですね…………あなたの性格を考えれば受けるだろうとは予想できましたが、そこから先の月夜がどういう反応を示すかはわかりませんでしたから」
その辺りを聞くために呼び出したのだと真昼は続けた。
「そうなんですか…………確かに僕は春明の提案を受けましたし、そのことを月夜に話して彼女から了承を受けました」
「何事もなくですか?」
「…………最後に少し嫉妬されましたけど」
その経緯を話して九凪は恥ずかしそうに顔を赤らめる。そこまで話せばどうしても最後月夜と抱きしめ合ったことまで口にしなければならない。そんな彼の表情は真昼にとっていじらしく撫ぜてあげたいと思わせるものだったが…………今は自分が大人の姿勢を崩している場合ではない。
「嫉妬、ですか」
「あ、はい。でもそんなに思いつめたようなものじゃなかったですよ」
少し面白くなく感じたと本人が口にしていたがその通りだったように九凪には見えた。実際にあの後すぐにその気持ちも落ち着いたようで、今日の朝には何事もなかったように月夜は振舞っていた。
「ですが確実にあの子も変化…………成長しているわけです」
「真昼さん?」
「九凪君。あなたから見て月夜はどんな子ですか?」
「えっ、どんな子って…………」
「印象で構いません」
突然訪ねられて驚く九凪に真昼は促す。
「印象だと…………純粋無垢な子でしょうか」
年上と知った今でもその印象は変わらない。
「純粋無垢。確かにその通りですね」
それに真昼は頷いた。
「ですが、それを透明の水と例えるなら…………たった一滴の絵具でも染まってしまうものでもあるのですよ」
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