四十七話
「えっと、月夜にちょっと相談があるんだけど…………」
春明との通話を終えると九凪は自室を出て、気は全く進まなかったがリビングで待っていた月夜へと声をかける。春明は二日の猶予をくれたが話すのは早ければ早い方がいいに決まっている。こういうものは話すのが遅れれば遅れるほど誤解を生むと相場が決まっているのだから。
「なんじゃ?」
「…………ええとね」
しかしどこから話を切り出したものかと九凪は頭を悩ませる。奏の気持ちに区切りをつけるためにも彼は彼女から誘われるデートを受けなくてはならない。しかしその伝え方によっては月夜の反応も変わり、下手をすれば妙な誤解をされることにもなるだろう。
「言いにくいことなのかの?」
「そんなことは…………あるかも」
否定しようとして否定できず、しかしそれで九凪は月夜が不安そうな表情を浮かべたのに気づく。それを見て九凪は回りくどい言い方は止めようと決めた。奏のことは大切な友人ではあるけれどそれ以上に月夜を大事にすると自分は決めたのだ…………優先すべきは月夜なのだから。
「言いにくい話だけど、僕が月夜と別れたいとかそういう話じゃないよ。僕は何があっても月夜と一緒にいる…………それは絶対に変わらないという前提で聞いて欲しい」
「わかったのじゃ!」
ぱあっと不安そうな表情が晴れて九凪はほっとする。やはり大切なのは説明の順番だ。
「月夜は三滝のことは知ってるよね?」
「うむ。九凪の友人のおなごじゃな」
「うん」
月夜と会ったことのある女の友人は彼女しかいないので間違いはない。
「その三滝がね、僕のことを好きらしいんだ」
九凪も自分でそれを口にすると自意識過剰なように思えてしまうが、前提としてこれを説明しないと始まらない。
「うむ、それか! 知っておったぞ!」
「…………知ってたの?」
九凪は驚く。なぜならそれは彼自身も春明に聞くまで知らなかったことであり、月夜は彼女とはたった二度しか会っていないからだ。デスティニーランドでは確かに二人の接触は多かったが、むしろそのせいで九凪と奏の接触は少なくなってそんな印象を抱く要素はなかったように思うのに。
「確かに隠してはおったようじゃが、あれだけ素直に気持ちを向けておればわかるぞ?」
「そうなんだ」
それは全く気づかなかった九凪が鈍いのか、それともやはり神特有の感覚ゆえなのか…………気にはなるがそれは今関係ない。
「ええっと、それでなんだっけ…………」
「奏が九凪のことを好きだという話じゃろ?」
「ああうん、そうそう」
答えながら九凪はそれを口にする月夜の表情に何の感情も含まれていないことに気づく。
「ええと、月夜はそのことには何も思わないの?」
「なにをじゃ?」
「だからその、三滝が僕を好きなことについて」
「わしが好きになってしまうほどの男なのじゃから、他に好きになるものがおっても不思議では無かろう?」
至極当然のことのように月夜は答える。自分に自信のない九凪からすればそんなこともないと思うのだけど、月夜にとってそれは純然たる事実であるようだ。
「そのことには何とも思わないの?」
「だから何を思うのじゃ?」
「それはその…………嫉妬したりとか」
「くふふ、九凪もおかしなことを言うものじゃな!」
おかしそうに月夜は笑う。
「九凪はわしの恋人なのじゃぞ? 嫉妬されることはあっても嫉妬することなんてあるはずもなかろう」
全くもってさっぱりとしているというか、そういうことらしい。純粋というか誰かに九凪を取られるかという疑念を一切抱いていないのだ…………まあ、彼だってそのつもりがないからこそ月夜に事情を説明しようとしているのだけど。
「それなら続きを話すんだけど…………その三滝がどうも僕をデートに誘おうとしているらしい」
「ふむ」
「それで僕はそれを受けるつもりなんだ」
「なぜじゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」
先ほどまでの余裕もどこへやら、叫びながら月夜は九凪へと詰め寄る。
「九凪はわしよりあの女のほうがいいのか!?」
「そういうことじゃないから……………僕が最初に言ったことを思い出して!」
半ば九凪を押し倒して彼に乗り上げて顔を間近にする月夜に、戸惑いながらも対応を間違えぬよう冷静に彼は告げる。こうなってしまわないように前置いたのだ。
「最初…………九凪がわしと一緒におることは変わらない?」
「うん」
頷いて見せると月夜は少し落ち着いたようだった。
「ならなぜ奏とデートになど行くのじゃ…………デートとは男女の仲を深めるための物なのじゃろう?」
「それはそうなんだけど…………理由があるんだ」
落ち着てもまだ感情の冷めやらない月夜を優しく抱き留めながら九凪は説明する。図らずとも春明から奏の気持ちを聞かされてしまって、それを知らないように接することで彼女に対する罪悪感を覚えていたこと。そしてついに奏が九凪をデートに誘って告白しようとしていることを聞かされ、それをあえて受けることで奏の気持ちに区切りを付けさせることを提案されたことを月夜に説明する。
「それは少々奏には酷ではないのか?」
「でも、ずっと三滝に嘘を吐くわけにもいかないよね?」
「それはそうじゃが…………」
今しがた醜態を見せたがゆえに月夜には奏が受けるであろうショックが想像できる。これまで彼女にとって奏は九凪の友人という存在でしかなかったが、同じ相手を好きになり自分が蹴落とすことになったのだと理解してしまうと流石に同情もわいた。
「このままずっと三滝に気持ちを引きずらせるほうが良くない…………僕は月夜と添い遂げることを決めたんだからね」
「九凪…………」
それは嬉しくもあり同時にちくりと胸を痛めた。これまでであれば月夜は無邪気にはしゃいだのだろうけど、泣くであろう奏のその表情が頭に浮かぶ。
「せめて優しく…………いや、それも酷じゃな」
夢を見ればそれだけ落差も大きくなるのだと、月夜はなぜだか知っていた。
「僕にできるのは、ただ誠実に接することだけだと思ってるよ」
「そうしてやってくれ…………む」
答えて月夜は何とも言えないような表情を浮かべる。
「どうかした?」
「…………先ほど九凪の言っていたことが少し理解できてしまったのじゃ」
そんな自分を嫌悪するように月夜は九凪を見る。
「わしは奏を不憫に思う…………が、それで九凪に優しくされることは面白くないと思ってしまった」
つまりは嫉妬してしまったのだと彼女は口にした。
「ええと、ごめん」
けれど九凪にはどうしようもない。出来るのは謝ることくらいだ。
「別に九凪が悪いわけではない…………じゃが、もう少し抱きしめて欲しい」
「うん」
それからは特に言葉を交わすこともなく、温かくただ静かな時間を二人は過ごした。
お読み頂きありがとうございます。
励みになりますのでご評価、ブックマーク、感想等を頂けるとありがたいです。




