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プロローグ(2)

「ふぉおおおおおおおおお! これがシュークリームとやらか!」


 公園のベンチに腰掛けて九凪くなぎが少女にシュークリームを渡すと、さっそく少女はシュークリームから袋を取り出してそれにかぶりついた。


「確かにふわふわでとろとろであまあまじゃ!」


 その生地ごと中に詰まったクリームを頬張り、満面の笑みを少女が浮かべる。かわいらしい少女がそれほど喜んでいる様子を見ると、このまま説教じみたことを口にして少女の気分を害さずに帰ってしまっていいかなと九凪は思えてしまう。


「美味しい?」

「うむ!」


 少女は頷いて残っていたシュークリームを口に放り込む。それを口の中で堪能たんのうして飲み込むと、さらに手についていたクリームをぺろりと舐めた。


 けれど満足した表情を浮かべていたのはそこまでで、何もなくなった自分の手のひらを見ると不意に悲しそうな表情になってしまう。


「あー…………もう一つ食べる?」

「よいのか!」


 そんな様子に思わず九凪が提案すると少女は喜び勇んでシュークリームを受け取った。


「うむうむ。これも美味いのじゃ!」


 喜ぶ少女を横目に九凪は何も乗っていない自分の手のひらを見つめる。甘いものを買いにコンビニに寄ったはずが、気が付けば余分な出費どころか本来の目的であったはずの甘いものすら自分の手元には残っていない…………それなのに不思議と後悔はなかった。


「満足した?」


 二つ目を食べ終えた少女に九凪は尋ねる。


「満足、したはしたが…………もっと食べたいという気持ちもあるのう」

「あはは、あんまりおやつを食べすぎたら晩御飯が食べられなくなるよ」


 本当に物足りなさそうな表情を浮かべる少女に九凪は苦笑する。彼女の胃袋の大きさを考えればシュークリーム二つですでに手遅れなような気もするけれど、これ以上食べたら夕飯なんていらなくなるのは間違いない。


「夕飯、夕飯…………それもあったな。さしあたりハンバーガーにピザとやらが気になる」


 ぶつぶつと少女が呟くのは子供が好きそうでありきたりな料理だ。それを食べたことがないように口にする彼女に九凪は少し違和感を覚えるが、ジャンクよりの食べ物だし食に厳格な家なのかもしれないと勝手に納得した。


 もしかしたらシュークリームも禁止されていて、こっそり食べようと画策したのが今回だったのかもしれないと思い浮かぶ。


「ええと、食べたいものが食べられない悲しみは僕にもわかるよ」

「うむ、そうじゃろう!」


 とりあえず同意から入るかと口にした九凪に少女が飛びつく。


「あやつと来たら人が食えぬ状態にあるのを知りながらひたすらに旨そうなものを見つけてきては解説して聞かせ続けおって…………わしが一体どんな気持ちでそれを聞いていたと思うのか想像もしておらぬのだ!」


 それが善意か悪意なのかは九凪にはわからないが、とにかく少女には彼女が食べられないものをひたすらに教え続けてきた相手がいるらしい…………それでいい加減忍耐に限界が来て食べてやるぞ、と行動したのだろうかと彼は思う。


「気持ちはわかるけど、今回みたいなことはもうしちゃだめだよ?」

「む」


 自分を見る少女に九凪は優しい声色で言う。


「物を買うのにはちゃんとお金を払わないと駄目だし、欲しいものをくれるからって知らない人に素直についてきちゃうのも良くない…………その人から貰ったものを食べるのも不用心かな」


 今回の場合は目の前で九凪が買っているのを見ているけれど、そうでない場合は何が入ってるか知れたものではない可能性がある。


「君は可愛いんだから、もう少し用心しないとね」

「ふおお!?」

「!?」


 唐突に少女が叫んで九凪はびくっとする。


「今わしのことを可愛いと言ったのか?」

「いや、まあ、うん…………言ったけど」


 それは客観的にも事実であって訂正する理由もない。


「くふふ、そうかわしは可愛いのか。そのようなことを言われたのは…………うむ、初めてじゃが悪くない気分じゃ!」

「…………初めて」


 無邪気に少女は喜んだ様子だったが、それを聞いた九凪は渋い顔になる。大抵の子供はその容姿に関わらず親から可愛いと褒められることはあるはずだ…………彼女がそうでなかったらとするなら、先ほどの食べ物に関する発言と合わせてあまり良い環境で暮らしていないのではと想像してしまう。


 もちろんそれが虐待なのか、最初に想像したように厳格であまり褒められることのない家庭なのかどうかはまだ彼には判断できない。


「君は…………」

「うむ?」

「…………いや、なんでもない」


 迷いつつも九凪はそれを尋ねるのは止めた。会ったばかりの人間が尋ねるには突っ込みすぎた内容だし、聞いたところで彼がどうにかできる話でもないのだから。


「暗くなってきたね」


 話題を変えるように九凪は周囲を見回す。少女と話している間に時刻は夕暮れを通り過ぎて薄暗く周囲を染め始めていた。彼はまだいいとしても少女くらいの年齢の子が出歩くにはもう遅すぎる時間だ。


「君もそろそろ帰らない親御さんが心配するよ」

「うむ? ん、ああ、そうじゃな。確かに心配するやもしれぬ…………な」

 

 歯切れの悪い少女の反応に九凪は再び不安を覚えるが、だからとどうにかできるわけでもないのは変わらない。


「それじゃあ僕も帰るけど、さっき言ったことは忘れないようにね」

「うむ!」


 その迷いを断ち切るように早く少女の前を去ろうと決めた九凪に、彼女は元気よく頷く。


「それじゃあね」


 またね、とは九凪はあえて言わなかった。


「ま、待つのじゃ!」


 しかしその彼を少女が引き止める。


「お主の名は何というのじゃ?」

「え、ああ…………」


 九凪は一瞬迷ったが、少女の真剣そうな顔を見ると隠すこともできなかった。


「僕は九凪、高天九凪だよ」

「そうか! 良い名じゃな!」

「ありがとう」


 九凪は少女に笑みで答え、今度こそというように背を向ける。


「またね」


 そして言わずにおいたはずの言葉を口にしてしまった。


「うむ、またなのじゃ!」


 けれど小気味のいい返答が背に聞こえる。


 それならまあ、これでいいかと九凪は思いながら帰路に就いた。


 お読み頂きありがとうございます。

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