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推し様、魔王を倒す。そして私は、途方に暮れる

作者: 森本英路


空いっぱいに渦巻く雷雲に放電が始まりました。溜まりに溜まった電気エネルギーが強烈な閃光を放つ。次の瞬間、雷雲のいたるところから無数のいかづちが地上に向けて落とされる。


もう、すでに始まっている。もしかして、最終局面かもしれない。


城壁の内からでは天を見上げるばかりで何もわからない。ここまで来て何も見られないなら死んだほうがましです。


私は城壁を駆け上がりました。小型の悪魔グレムリンがいなごの大群のごとくこっちに向かって押し寄せている。


「誰が上がってきていいと言った、女! 邪魔だ! すぐ消えろ!」


辺境の城アースリーを守る兵士でした。ズラリと並んで臨戦態勢に入ってる。


城壁の上に居続けるにはこの人たちに私の力を見せつける以外ありません。私はマジックアローを放ちました。それも、さみだれバージョンです。


遠く、二十体ほど撃ち落としました。兵士が驚いているのをいいことに城壁の下の皆に呼びかけました。


「上がって来て。モンスターがやって来る。力を貸して」


皆、城壁を上がって来ました。二百人近くが城壁を守る兵士と一緒に並ぶ。そして、それぞれがグレムリンの大群に向けて魔法を放ちました。悪魔たちは次から次へと落ちて行く。


でも、数にものをいわせるグレムリンたちは動じていません。突っ込んで来て、城に飛来する。


兵士たちは弓や剣を使い戦っていました。私たちもそれぞれの能力を使いグレムリンを落としていきます。


轟音とともに城が揺れる。城壁から覗くと遠く向こうから城に向かって地割れが走ってるのが見て取れる。かろうじて、地割れは城には届いていません。空を見上げれば遠く上空に城が浮いている。


あれが、魔王城……。


そして、輝く光が一つ。その光に対峙するかのように魔王城が人型へと変形していったかと思うと爆音と砂塵を飛ばして地上に立つ。


城型の巨人。そして、あの光。……勇者アラン・レイフィールド。


城壁では兵士が騒いでいました。複数のゴーレムが城壁をよじ登ってる。地割れからも次々とゴーレムが姿を現す。


私はマジックアローを放つ。私のは他と違いました。一矢当てるごとに敵の防御力を二段階下げる。それだけではありません。弱体化に上限はなく、当てた分だけ敵の防御力を下げることが出来る。


城壁の巡視路に顔を出したゴーレムに、私はマジックアローを三本当てました。こいつにはこれで十分。


「キャサリン!」


キャサリンは大柄な女性です。戦闘では常に自分にバイキルトを掛けています。両手で握ったこぶしを高々と振り上げるとゴーレムの脳天にそれを振り下ろしました。ゴーレムは粉砕され、ばらばらになって城壁を落ちて行く。


遠く向こう、空に輝く光は巨人と化した魔王城の周りを激しく飛び回っています。魔王城は炎の玉を放ったり、体にある尖った岩を放ったり。


私たちの城はというと無数のゴーレムが蟻んこのように城壁をよじ登っていました。グレムリンも蠅のように五月蠅うるさく飛んでいた。私はゴーレムに向けて、次々にマジックアローを放つ。


光を放つ人影を落とさんとする魔王城、その足元に大きな魔法陣が発現しました。それが輝いたかと思うと魔法の壁が魔王城を囲む。魔王城は崩れ落ちていきました。残ったのは宙に浮く、炎をまとった魔王だけ。


私たち二百人は城の状況も忘れ、息を飲んでその光景を魅入っていました。勇者アラン・レイフィールと魔王が決着をつけようとしている。


勝負は一瞬にして終わりました。光と炎が宙ですれ違ったと思うと炎が黒い煙を上げつつくうを落ちて行く。やがてそれが地表にぶつかると大きな衝撃音とともに衝撃波が地上を襲いました。


突風にあおられたゴーレムは砂になり、五月蠅く飛んでいたグレムリンは灰になって、敵は全て風に消えて行きました。


「勝った。アランが、勝った」





青い澄み切った空をフェニックスが飛んでいました。私たちなら誰でも分かります。あれはエルフのインニェボリの召喚獣。


辺境の城アースリーの上空を大きく旋回しています。輝く火の粉がふわふわと舞い降り、騎士や兵士、そして、私たちに降りそそいでいます。皆、みるみるうちに傷がえていく。痛みが消えていく。


フェニックスは噴水の広場に舞い降りました。出迎えたのは辺境の騎士団長バート・アディントンです。そのバートの前にオーブを置くとフェニックスは飛び立って行きました。


オーブが輝きました。光が放たれ、宙に人の姿が映し出されます。聖女マリーです。アランのパーティーでは主に回復を担当しています。聖女だけあって、しなやかで、母性的な体つきの女性です。


「おおお」


場内からどよめきとも歓声ともとれる声が聞こえました。男性に聖女マリーのファンは多いのです。聖女マリーが言いました。


「魔王を倒すことが出来ました。皆さまのご支援のたまものだと思っております。まずは御礼申し上げます」


場内で歓声が上がりました。両手を天に突きだしたり、飛び上がったり、それぞれがそれぞれの喜びを表現してる。私たち二百人はというと、拝むように胸の前で手を握り、聖女マリーの映像に食い入っていました。


「幸いにも、パーティーの者たちは全員無事です。御心配おかけしました」


ほっとしたのと嬉しいので、急に涙があふれ出しました。次々と頬を伝っていく。正直、魔王なんてどうでもよかったのです。


「生きているだけで尊い」


他の人たちも、私のように感涙かんるいにむせぶ者もいれば、抱き合って大声で泣く者もいる。皆、様々でした。


「ですが、魔王と戦ったのです。皆が無傷と言う訳ではなく、特に戦士ザラトリスは重傷と言っていいでしょう。早急に適切な処置が必要です」


城内から悲鳴。キャサリンはザラトリス推しだったのです。


「ここでは十分な回復は見込めないので私たちは一旦、エキナセナ神殿に飛びます。アースリーにおられる皆様にこんな形で御挨拶となったこと、深くお詫び申し上げます。もしよければ五日後、王都ファセビスタでお会い出来たらと存じます」


宙に投影された聖女マリーの姿が消えました。オーブもキラキラと光って光の塵となっていく。


キャサリンは膝を落とし、泣き崩れていました。さぞかしエキナセナ神殿に行きたいのでしょう。でも、私たちはルーラが使えない。ルーラはラディアのダンジョン最深部に行った者のみが使える魔法です。


私たちにその機会がなかったわけじゃありません。あの時、私たちはダンジョンの入り口に待機し、アランたちを見守っていたのです。


ダンジョンに入るのはその後でもよかった。私たちはアランたちのダンジョンクリアに喜びすぎて、帰って宿で祝杯を上げました。


おそらくキャサリンはそのことを後悔している。入口近くまで来て、なぜダンジョンに挑戦しなかったと。


「エイミー・マクドーネル」


私を呼ぶ声がしました。呼んだのは辺境の騎士団長バート・アディントンです。


戦いの最中、勝手に城壁を上ったのがいけなかったのかしら。私は仲間たちをかき分け、バートのもとに向かいました。


「話がある。一緒に来てくれないか」


辺境の騎士団長バート・アディントンにいざなわれるまま、私は歩を進めました。しかしなぜ、この人は私の名を知っているんだろう。色んな事が頭をよぎる。私はバートの執務室に入りました。


「おかけなさい」


デスクの前に椅子がある。何か聞かれる気配です。私は言われるがままに、そこに腰をかけました。


何を聞かれるのかしら。私はバートをまじまじと見、顔色をうかがいます。


バートは見たところ私と同じ年ぐらい、27、8才。目の色、髪と共に黒く、髪は軽くカールがかっています。面長で、堀が深く、たくましいというよりかは才気鋭い精悍せいかんな人という印象を受けました。


ドンッとデスクの上に本が置かれました。革製の扉の、大きいやつです。バートはそれを開きました。


「これ、君の記事だろ」


確かに私の記事でした。私の推しごとは勇者アラン・レイフィールドの活躍を宣伝するために記事を書き、印刷し、王国中に配布する。記事の収益はギルドを通してアランには渡るようにもなっている。


バートはその記事を一枚一枚に丁寧に穴を開け、日付順に重ね、紐に結んで革の扉をつけ、本にしていました。


それをペラペラと捲りながら、バートは私に話しかけてきました。文章が上手いとか、よく調べたとか、君のおかげで人に困ることなかったとか。この記事のために辺境の城を志願する者はあとをたたなかったそうです。


でも、それがとうしたというのでしょうか。わざわざ私をここに呼んで、この人は私に何が言いたいのだろう。


私は考えあぐねていました。どうもアランを誉めている感じじゃない。私はバートの目の奥をのぞく。


バートと目が合ってしまった。私はうつむいた。うかつだったと思う。恥ずかしいわけではない。私は国王陛下に仕えるどの人にも自分の顔を見せたくなかったのです。


「あ、悪かったね、長々としゃべって。ところで、今回も記事にするんだろ?」


その言葉に、私はハッとしました。やっぱり私の推しごとはここで終わるんだ。


いつか終わる日が来るのは分かっていました。十年前、アラン・レイフィールドと偶然ギルドで出会い、この人なら魔王を倒せると思った時からその考えがなかったわけではありません。


アランはまだ駆け出しの冒険者でした。でも、他の人とオーラが違った。この人は特別だと直感しました。私はアランを支援すると心に決めたのです。


行動を起こすと毎日が変わりました。世界がキラキラと光って見え、幸せを感じられました。


アランの行動を追っかけ、記事にする。アランを追いかけるのには力も必要でした。魔法を学び、レベルを上げて行く。


記事を読んでくれた人とも友達になれました。仕事ばかりのカレンダーに旅の予定を入れていく。友達との旅も楽しかった。それだけではありません。旅立つ日を待つ時間も楽しかった。


アランが敵を倒す度、私は幸せと高揚感を味わいました。そして、それを記事にする。充実した日々。それが終わろうとしている。


「そうかぁ。そりゃぁ、そうだな。エイミー」


バートの声に、私は我に返った。沈んでいく私をバートは察していたのです。にこやかに、そして、やさしく、バートは語りかけて来ました。


「まだ、終わったわけじゃないじゃないか。アラン殿は魔王討伐の成功を報告するために国王陛下に謁見する。アラン殿の最高にして、最後の晴れの舞台じゃないか。魔王討伐の記事も大事だけど、アラン推しとしてはそれも記事にしなくてはならない。皆、君の記事を待っている」


そうです。そうなんです。この辺境の城アースリーに来れたのはわずかに二百人程度。王都ファセビスタに来れる人たちは果たして何人でしょうか。私はアラン推しとして、アランという人を王国全員に正しく評価してもらいたいのです。


私は最後の最後まで、推しごとを投げ出すわけにはいかない。


初めてアランとあった時のことは忘れもしません。雷に打たれたような衝撃を受けたのですが、この人なら魔王を倒せるかもしれない、と思うと同時に胸苦しくもなりました。恋に落ちてしまったのです。


当時のアランほどの腕前なら、人に命じて拉致させ、私の面前に引き出し、私の使用人になれと強要することさえ出来ました。私の欲望を満たすためだけにアランを生かしておくのです。


でも、アランは特別でした。彼の成功を願う気持ちと裏腹に、独占したいという気持ちの間で私は苦しみました。


このままではいけない。自分のことではなくアランのことを第一にとそのことだけを考えました。そうすると、恋愛するとか、抱き締めるとか、唇を奪うとか、身の程知らずだという気持ちになっていきました。


アランはまだ駆け出しでした。私は何か力になれないかと思いました。私の権力を使えば造作もないことです。ですが、それでは道を踏み外しかねない。


私はダメな自分と別れる必要がありました。私の本当の名はエイミー・マクドーネルではありません。エイミーは私の邪心を消すために必要な名前だったのです。


本当の名はアイリーン・ゴールズワージ。この国の第三王女。


私は家族や友人から白い目で見られていました。変わり者扱いで、会話も用がある時だけの一言二言。仕事は毎日の繰り返し。ドレスの色や髪形、宝石の数。パーティーで声を掛けられた人の数。


こんな競争を誰のためにやっているのか。私は本当に必要な存在なのか。王族に属しているにもかかわらず、王国の役に立っいる実感が全くない。


私は人に誇れる才能はまるでありません。他国に噂になるほどの美貌もない。政略結婚で平和をもらせる程の価値は私の顔にはなかったのです。


エイミー・マクドーネルになって私の人生は変わりました。記事を書き、売る。その収益がアランの懐に入る。情報は取り放題でした。ギルド、地方領主、王都の役人。


アランが敵を倒す度に成長するのも楽しかった。私も敵を倒さないまでもその場に行けるよう魔法の腕を磨く。毎日が違った。明日が楽しみになっていた。


次に何が起こるのか。私は夢中でした。アランと一緒に新しいイベントに挑むような気持ちでいれることが嬉しかった。


アランはあこがれの存在。アランが存在するだけで尊い。


魔王を倒し、役目を終えたとしても、アランはアラン。大丈夫。何も変わらない。私は王族諸侯が集まる謁見の間でそんなことを考えていました。


父の国王陛下は階段を十段ばかり上がった壇上の玉座に腰かけています。私たち王族は壇の下の左側、諸侯は壇の下右側に並んでいます。


バート・アディントンの顔があった。彼は功績がありましたが、貴族ではありません。それでもなんとか末席に加わることが出来たのでしょう。私からは遠いので分かりませんが、私の方を見ているような、見ていないような。


ラッパが鳴りました。アランがこの謁見の間に入って来る。


私は目を伏しました。アランのパーティーが赤いじゅうたんを進んでいる。じゅうたんは王座まで一直線に伸びていました。


アランがこっちに来る。そう思うと心臓の鼓動が激しくなり、息も苦しくなる。


どうしてもアイリーン・ゴールズワージではアランを見ることがかないませんでした。アランを独り占めにしたい欲求が抑えきれない。


一行は国王陛下の前にひざまずいたようです。父は、大義であったと一声をかけ、その功績をたたえ、褒美の話を致しました。


「そちにミラール地方の穀倉地帯を領地に、爵位は大公を与えよう」


「お言葉でございますが陛下。私はもうこの地には戻って来ません。実はというと今日は別れの挨拶にやってまいりました」


謁見の間がざわついた。


「私はここにいるインニェボリとエルフの国に旅立ちます。魔王がいない今となってはこの地は人のべる地となりましょう。全てのエルフは故郷に帰るそうです。私もインニェボリに付いていきます。そして、かの地にてインニェボリと結婚しようと思っております」


け、結婚っ!


私は心臓に杭を打たれたような衝撃を受けました。あとは何も覚えてない。


気が付けば自分の部屋にいました。画家に描かせたアランの肖像画と額に入れたエイミーの記事が壁に並んでいます。


アランの彫刻は部屋の角に一体づつで、計四体。天井にはアランのパーティーの文様が描かれた旗を張りました。


壁や床、天井はアランの防具のカラ―、ブルーで統一しています。カーテンもベッドの敷布も掛布ももちろんブルー。


部屋の中央には一昔前にアランが使っていた防具を飾りました。それは入札に出されたのが面白くなかったので、十倍以上の値を付けてセリにかける間も与えずに購入した物です。ちり一つも付けたくなかったので、ガラスのケースも作らせました。


アランがインニェボリと結婚するって聞いたら皆はどう思うだろうな、と私はその防具をぼんやり眺め、考えていました。私が記事にしなければ誰も分からない。そんな考えも頭によぎる。止めてしまおうか。


もし、結婚すると知ったら、許す派、グレー派、速攻担降り派と皆は分かれるのでしょう。


長い間、バーティーで一緒に戦っていたインニェボリならクズバレにはならないでしょうが、私はどうしようか。最後まで責任を持って記事にしなくてはならないという気持ちが今はちょっと強いか。


問題は私に全くやる気がおきないこと。


全てはアランに喜んでもらえるためにやっていた。アランが何かのきっかけで私の記事を読んでくれるんじゃないか。何かの足しに収益を使ってくれているんじゃないか。


でも、今のアランには私が必要ではありません。もう、私には出来ることがないのです。記事を書いたとて無意味です。


心配なのが、推しごとで知り合ったお友達。皆、アランのパーティーがどうなるのか知りたいでしょう。私にはその責務があることは分かっています。ですが、そもそもエイミー・マクドーネルはいない人です。私がエイミー・マクドーネルをやめてしまえば済むこと。


お友達にはちょっとかわいそうかもしれませんが、情報が入らなければ皆、勝手にいいように想像するでしょう。その方が彼女たちのためかもしれません。


もう一つ、心配があります。アランが旅立つと聞いて父は内心喜んだ、と私は思ってます。アランは政敵になりえる人物です。居なくなったら父は有ること無いこと国民に速攻吹き込むでしょう。それを止めさせるのは私には無理です。王族側の人間だから何もできない。


ドアがノックされた。なんだろう。今は人に合う気分ではない。私は返事しなかった。


「俺ですよ。バート。バート・アディントンです」


ああ、アースリーの辺境騎士ね。って、まさか! あいつ、私の方を見ていた。


「入れてくれなかったら、言いますよ。あなたがエイミーだって」


あああああ、謁見の間のあの時、やっぱ私を見てたんだ。私は思わず頭を抱えてた。


「変だと思ってたんだ。君のマジックアローが特別なのは『血の宝珠』のおかげ。その力で殿下の先祖は邪教崇拝者が治めていたこの国を救った。ゴールズワージには『血の宝珠』が受け継がれている」


大丈夫。ほっとけば帰って行く。


けど、そうはなりませんでした。ドアをドンドン叩き始める。辺境の騎士だけあって品位がない。ドアを開けなければずっとドアを叩くのでしょう。もしかしてドアを蹴破って入って来るかもしれない。


ため息が出てた。私は諦めて、バートを部屋に入れた。


バートは部屋に入って来るなり、壁の額を見て、部屋を回り始めました。うう、とか、ああ、とか、指で記事を追ったり、手を叩いて笑ったりしている。


「俺らは魔王城の最も近くで王国を守っていたんだ。いつ終わるとも限らない戦いの中でね」


そう言うとバートは、私に近付いて来ました。


「俺はお礼が言いたいんだ。絶対に勇者が来る。近いうちに魔王をやっつけてくれる。殿下の記事がどれほど俺らを勇気付けてくれたか」


バートの、その言葉にちょっとだけど、私の気分が晴れた。自然に笑顔になっているのが自分でも分かる。


「俺に何かできることはないか」


バートは私が落ち込んでいるのを分かっている。アースリーでも励まされた。でも、こればっかりはどうにもならない。私は首を横に振りました。


「じゃぁ、俺からお願いがあるんだけど、殿下」


はぁ? この人、なんなの。ちょっと笑顔を見せればズケズケと。


「魔族が暴れまわったおかげでこの王国は孤児ばかりになってしまった。その孤児を殿下に引き取ってもらいたいんだ。殿下が教育してアースリーに送ってほしい。アースリーは魔王城が近くて人が住んでなかっただろ。耕せばそれは自分の物になるし、商売すれば何の争いもなく商権が手に入る。早い者勝ちってわけさ」


「だから、なんで私が」


「なんでって」


バートは声を上げて笑った。


「あなたしか出来ないのです、殿下。あなたは王族なのですよ」


バートはひざまずいた。そして、立ち上がる。


「俺も微力ながら全力で殿下を応援させて頂きます。俺はこの度、陛下に辺境伯の地位を授かりました。もちろん、ここに来るのも了解を得ています。こういうのもなんだが、殿下はあまり陛下に慕われてないようだ。殿下の部屋に行くのを俺みたいなやからに御許しになられたのだからなぁ」


言われなくても、分かってる。


「どうですか。やってくれますか。孤児院はレイフィールド学園と名付けましょう。後世にアラン殿の名が残りましょう」


アランの名。


「それともう一つ。これはエイミー・マクドーネルに頼みたい。アラン殿の活躍をちゃんと本にして頂きたい。記事はほとんど手に入れています。ですが、全部ではない。しかも、俺が勝手に本のようにしている始末。どうでしょう。エイミーはやってくれるでしょうか」







アランがいなくなって3年。私の推しごとはまだ終わってないようでした。孤児院のレイフィールド学園は立派に社会貢献してた。


当初、陛下は反対致しました。私に出来っこないと。無理もない。私自身、ほんとに出来るのかと半信半疑だった。


それでもやらしてくれたのは、ある意味謀略なのでしょう。私にやらせれば必ず失敗する。結果、アランの名をおとしめる。


くやしい気持ちもあったわ。陛下の目論見通り、アランの顔も潰したくなかった。それ以上に、親を失った子供たちを見ると私も頑張らなくては、という気持になった。そして、頑張ればなんとかなるもんだといつしか思うようになっていた。


他の貴族たちも初めは私を影でバカにしていましたわ。彼らはいまだ冒険者のなれの果て達に手を焼いているのでしょうが、一方で街にたむろする若者は目に見えて減っていっている。農作物を荒らす者もほとんど見かけない。特に地方領主たちは私に協力的になっていた。


子供が教育も受けずに、将来の仕事もないという現実に向かいあった時、正しい道を歩むでしょうか。


バートは正しかった。何人もの若者が夢を胸にいだき、バートのアースリーに向けて旅立って行く。バートはというと、しょっちゅう私の顔を見に来る。


私を殿下と呼んでみたり、君と呼んでみたりもする。エイミー・マクドーネルと私は彼の頭の中でいっしょくたになっている。いちいち指摘はしませんでした。私はバートの好きにさせている。


エイミー・マクドーネルと言えばアランの本です。最後の一行だけを残し、物語の完成を待っている。私はバートの前で最後の一行入れたいと思っていた。そして、バートはもうすぐ私のところにやってくる。


エイミー・マクドーネルとは、それでお別れとなる。アランの推しごとはアイリーン・ゴールズワージに引き継がれることになるでしょう。


エイミーのおかげで私は随分と助けられた。生きてて良かったと思えるようにさえなっていた。


13年間。私はそんな長い年月を共に暮らしてた。いや、本当の私はエイミーだったのかもしれない。正直、寂しさはぬぐえない。


ドアがノックされた。バートだ。私はドアを開けました。そこにバートの笑顔があった。


「アラン殿の本、完成するんだな」


だなって、思わず笑ってしまう。口髭なんてものもはやし、えらっそうに。


「ええ。あなたを待っていたのよ」


原稿はデスクの上にありました。私はペンを持ち、原稿にペン先を下ろす。バードの視線が私の肩口から原稿に向かっているのが分かりました。


『アラン・レイフィールドはエルフの国オーケシュトレームで今なお私たちを見守っている』


と、書き終えて、振り向いた。バートは満面の笑みです。私はほっとし、息をふぅーっと吹きました。それから少し放心状態でした。


書き終えた安堵感あんどかんで一杯でした。でも、時間が経つにつれじわじわと寂しさがこみ上げて来ました。エイミーは私の青春でした。涙がこぼれ出し、頬をつたう。色んな事が頭の中を駆け巡ってた。私はバートの胸を借りて泣いていた。


どれくらいたったか、泣きじゃくる私にバートが耳元で囁きました。


「どうだろう。今からアラン殿の生家を見に行ってみないか。ここからそうは遠くない。ピリオムで行けば夜には帰って来れる」


私はバートを見た。やさしい笑顔でした。


「もうピリオムは忘れたかい」

「いいえ」


「エイミーならそう言うと思った」


バートは会った時からいつも私を大事に思ってくれている。私は、うんとうなずいた。


「エイミー。俺達最後の冒険だ」







日暮れには王都に返っていたはずでしたが、宿場町マイヤの酒場で私たちは夕食をとっていました。私の調べだと間違いなくアランの生家はここマイヤのはずでした。


それが見つからない。私たちは甘く考えていました。記念碑を探すぐらいの気持ちでここにやって来ていた。


町長に尋ねてみても、長老と呼ばれる人に尋ねてみてもそれぞれ全く違う場所を言う始末。通行人や、子供まで、ありとあらゆる人に尋ねてみました。誰もが違う場所を教える。


教える気どころか、行かせない腹積もりなのが透けて見えます。ここの住人とって余程大事なところなのだろうと想像出来た。


そっとしておくべきかと考えました。けど、バートは帰ろうとは言わない。私もそうです。


最後の旅がこんな形で終わるのは悲し過ぎる。バートにしてもやりきれないのでしょう。私に良かれと思って最後の旅を提案しました。私もバートの気持ちに応えたいという想いもある。


私たちは幾つもの宿屋に入りました。近々祭りかイベントがあるのか、こんな辺鄙へんぴな町なのにどこもかしこも満室で、やっとのことで一部屋借りることが出来ました。


夜の町に出て、酒場に行きました。情報が集まりそうなこの町一番の酒場でした。満席で、座るのがやっと。賑わっているにはいるが……。


「エイミー。客は冒険者のなれの果てばっかりだな」

「そうね」


魔王がいなくなってギルドの仕事がめっきり減ったのだという。酒場は職にあぶれた冒険者が大半を占めていた。


「こんな小さな町によくもまぁこんなに集まったもんだ」

「ぶっそうね」


「ちょっと聞いて来る」


バートは酒を手に、席を立った。斜め向こうの冒険者のテーブルに相席すると向かいの男に酒をついで何やら話し込んでいる。そして、話が終わったのかその席にコインを置いてバートは戻って来た。


「こいつら全員、アラン殿が残した秘宝を探しているらしい」

「そうなの。それで町の人の態度がああだったんだ」


「そんなもの有るのか、エイミー。俺は訊いたこともない」

「わたしもよ。大方、誰かの想像がほんとのことのように噂で広まったのでしょう。そのうえ、町の人の態度もあやしい。冒険者たちに火に油を注いでる」


「しょうがないやつらだ」

「ここにいても何も得られそうもないわね」


席の向こうで喧嘩が始まった。それが瞬く間に酒場に広がった。みんな入り乱れて殴り合っている。酒場を出ようにも出られない。アランが魔王を倒したというのにこの冒険者たちは。


「なんという醜態しゅうたいです」


私は、かっとしました。魔法で黙らそうと席を立つ。その時、バートが私を手で遮りました。


「君の魔法は酒場まで破壊してしまう。こういう手合いは俺の領分だ。俺に任せてくれ」


バートはそういうと席を立ち、一人二人と酒場から放り出していく。冒険者たちは全く歯が立ちませんでした。流石最前線で魔族と戦っていただけはあります。大男も一ひねりで店の外に放り出していく。そして、全ての冒険者を外に出すとバートはこう言ったのです。


「我は辺境の城アースリーの城主バート・アディントン。まだやりたりないのであれば俺が相手してやる。かかって来い」


バートの名を聞いて、冒険者たちは震え上がりました。バートの武名はそれほどまでに王国に響いていたのです。冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように暗闇に消えて行きました。


酒場は静けさを取り戻しました。住民も酒と食事を楽しんでいます。支配人が私たちの所にやって来て、礼をし、お代はけっこうですと言った。


「それはだめだ。俺はやるべきことをやったまで」

「では、せめてご婦人に一杯おごらせてください」


支配人は私をバートの妻だと思っているようです。それでも良かったですが、バートが答えました。


「ご婦人だなんて。彼女は俺の友人、アラン推しのエイミー・マクドーネルだ」

「エイミー・マクドーネル?」


支配人が私を見てそう聞き返して来ました。私の名を知っているんだ。記事でも呼んだのでしょう。私は軽く会釈しました。


「どういったご用件でここに?」

「アランの生家を見たいと思って」


支配人は少し考えたようです。少し間をおき、人目をうかがい、私の耳元で囁きました。


「ここから西に一キロ行った所に森があります。その森に大きなカシの木があり、アラン・レイフィールドはそこで拾われたのです」


支配人は私にだけ特別に教えてくれたようです。周りに気付かれないように配慮していた。


支配人がカウンターに戻って行くのを見計らって私はバートに、生家の場所が分かったとオッケーのサインを指で作った。バートは小さくうなずいた。


ほどなく、おごりのお酒が私に運ばれて来ました。バートも、付き合うよと自分の分も注文する。


バートのお酒が運ばれてくるまで、私は自分のお酒に手を付けませんでした。アランの生家が分かって一安心したのか、私の頭の中はもう宿で寝ることに切り替わってた。


冒険者のなれの果てのおかげで一室しか取れなかった。………私たちは同じ一室で寝る。


バートはお酒が運ばれてくると一口含み、言った。


「エイミー、君はどうしてアラン推しになったんだ」


「あ、あぁ」


変なことを考えて、重苦しい空気になっていたのかもしれない。恥ずかしさも相まって私は無理に作った明るい声を出していた。


「そうね。アランを一目見て、体に電気が走ったの。それでこの人のために何かしなければ、って思った」


「なるほどな。血の宝珠のなせる技ってわけか。君の先祖は大魔導師。俺たちに感じられない何かを感じたのかもな」


「あなたはなぜ辺境の騎士になったの」


「そりゃ、さ。君の記事を読んだからさ。俺もなんだかんだ言って冒険者から始めたんだぜ。で、偶然、君の記事が目に入って、アランというすごいやつがいるんだって知った。それがさ、相手は俺と同じ年頃なんだぜ。無理だと思ったよ」


「そうなの。悪かったわ」

「いやいや、これでよかったんだ。俺も一歩間違えば、さっきのやつらと同じようになってたしな。で、若い俺はよく考えた。そのアランというやつに会ってやろうとな。どんなやつか知りたいじゃないか。それにはこの目で見るのが一番だ。それで冒険者を辞めて辺境の城防衛に志願した。アランが本物なら必ずここにやって来るってね。しかし、ガキの俺にしれみりゃ、辛い戦いだったよ。一緒に志願した者たちはもう皆、死んでしまった。それでも、君の記事を手に志願して来る者はあとをたたない。こいつら、俺といっしょだなって。勇気が出たよ。アラン殿の記事も、そいつらのおかげで目にすることが出来た。アラン殿が今どこで何をやっているのか。早く来いってね。待っているうちにそれがさ、面白いもんで、いつしかアラン殿より記事を待つ方が楽しくなっていた。アラン殿の快進撃だってな。俺も強くなって、魔族との戦いに余裕が出て来たんだと思う。そんな時、ふと思ったんだ。この記事を書いた人もアラン殿が来れば、必ず辺境の城アースリーにやって来ると」


「あ、会ってみて、どうだった?」


うつむいて喋っているバートの視線が上がった。目と目が合う。


「俺の想像してたとおりの女性だった。輝いていた」


私は咄嗟にうつむいた。


「いやいや、今のは忘れてくれ。さぁ、出ようか。今夜は飲みすぎた」


バートと宿まで一緒に来ると、やっぱもう一軒、とバートは繁華街の中に消えて行ってしまいました。


部屋に入ると急に胸の高鳴りを覚えました。なんだかそわそわもする。落ち着くの、落ち着くの、と私は何度も自分に言い聞かす。


シャワーを念入りに浴びたいのだけれども、バートが今帰って来たらとも考える。急ぎたいし、綺麗にしたし、とシャワーを浴びながらどうでもいいような、くだらないことで悩んでしまう。


そもそも泊る予定ではなかった。しょうがなく昼間着ていた薄い肌着だけ身につけてベッドに入る。


ずっと自分で自分の肩を抱き、天井を眺めていました。私は一度も男の人とそういった行為をやったことはありません。緊張で震えている。心臓もバクバクいってた。


鍵のジャラジャラする音がドアの向こうから聞こえました。バートが帰って来た。心臓が口から飛び出そうでした。ドアが開き、ドアが閉まり、バートがやって来る。私は目をつぶった。


よっぽど酔っているのでしょう、ちどり足でベットに向かって来たかと思うとバートはそのままベットに倒れ込んだ。ベッドが揺れる。私の息が止まり、体は硬直する。


心臓がドラムを打っているかのようです。バートはやさしくしてくれるのでしょうか。いきなり覆いかぶさって来るなんてことはないはずです。


私は目をつぶったまま、不安と期待が入り混じった気持ちでその時を待ちました。


待った。待ったのですが、待てど暮らせどバートは動きませんでした。私は目を開けました。バートの寝息が聞こえる。本当にねちゃってる。


上半身だけ起こしました。バートは見れませんでした。正面の壁だけをぼんやり見てた。バートは、私に会いたかったとさっき酒場で昔話をしてた。バートの胸で泣いた時もやさしく私の肩を抱いてくれた。


バートはわざと酔って帰って来た。そう思えてなりませんでした。私は魅力がない。その言葉が頭によぎる。私はもう30才。男の人は皆そうですが、バートも若い女が好みなのでしょう。なのでしょうが……。


もしかして……。私はふと、思った。


バートはもしかして、エイミー推し?


よくよく考えれば、そんなフシがみあたらないわけじゃない。いつもエイミー・マクドーネルを応援してた。


そう。きっとそう。


思わず、わかるわーってつぶやいた自分に笑いがこみあげて来た。


笑い声でバートを起こしてはかわいそう。笑いをぐっと抑え、バートの寝顔をのぞき見る。気持ち良さそうにすやすや眠っています。私はかわいいバートの頬にそっと口づけをしました。


夜が明け、まだ町が寝静まっている頃、私たちは旅立ちました。酒屋の支配人の言うとおり西へと向かう。


広大な小麦畑の中にぽっこりと森があり、その不自然さに、目的地はそこだとすぐに分かりました。


森に入り小一時間、大きなカシの木を見つけました。私たちは馬を降り、カシのたもとに歩を進める。


地面を掴むような太い根と根の間に岩がありました。自然石のようだけど、見ようによっては精霊ルビスのようにも見えます。


おそらくこれは精霊ルビスの御姿岩。この土地は精霊ルビスの加護に満ちている。


豊作の小麦畑。穏やかな気候。おそらくは聖域。魔王もこの土地を嫌っていたんだと思う。そして、勇者アラン・レイフィールドが地上に姿を現したのがここだった。


町の人たちが守ろうとしていた気持ちがよく分かりました。もちろん、私にこの場所を本に書く気はありません。


二人並んでカシを見上げる私の右肩がバートの太い腕に触れていた。バートの息遣いが聞こえる。視線の下で私の手はバートの手を探す。バートの手に触れるとバートは私の手をしっかりと握り返してくれた。


バートの手から私を大切に思ってくれている想いが伝わってくるよう。私も大切に思っている。


精霊ルビスの聖域ということもあるのでしょうか。私たちは幸福感に包まれていました。やがて、バートが言いました。


「ありがとう、エイミー・マクドーネル」


私はバートを見上げた。バートも私の視線に気が付いたのでしょう、私へ振り向く。


そこには笑顔があった。バートに似合わないふわりとした笑みだった。


「彼女のおかげで君に会えた」


鳥のさえずり。やわらかな木漏れ日。精霊ルビスの森は私たちをやさしく包む。


私は心の中でつぶやいた。


さよなら、エイミー・マクドーネル、私の青春。もう、あなたなしで私はやって行けそうです。ありがとう。今までずっと傍にいてくれて。






《 了 》



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