凶変
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秋晴れだった空は、夕焼けに染まっていた。夕陽に照らされた古城が湖畔にそびえ立つ様は、眺めながらコーヒーでも啜りたいくらいの絶景である。しかし残念ながら、今はそんなことをやっていられる状況ではない。
『ふむ……。キミは思慮深い男だと思っていたが、たまに荒ぶるところがあるようだね』
「すみません。止めればよかったっすよね」
小さな岩に置いた通信端末から聞こえるレオンの声に、黎一は素直に謝罪した。
――地下墓地からの脱出から、およそ二十分後。
黎一は可能な限りの状況整理をした後、真っ先に事の次第をレオンに報告したのだった。ちなみに蒼乃が出した『すぐに再突入してマリーたちを救出する』という案は、黎一があっさり却下している。
(悪い事ほどホウレンソウ、ってな。母さんも言ってたっけ)
息子に厳しく、ワーカーホリックでもあった母親は、よく仕事のことを引き合いに出して叱ってきたものだ。嫌い抜いた母から得た知識が異界の空の果てで役に立つなど、思ってもみなかったが。
『ハッハ、言ってみただけさ。待機命令の違反と、フィーロ君の連れ出しはともかく……。行くと決めたのはマリーだし、管理者である私も同罪だ。キミたちだけに責を問うつもりはないよ』
実妹と補佐官の危機にもかかわらず、レオンの態度は穏やかだ。さっさと報告したのが奏功したらしい。もっとも突然の死を齎す迷窟の主犯を突き止めた功で、帳消しになっている気がしないでもない。
『さて。念のため、もう一度聞くが……。我が妹マリーディアと、カストゥーリア家のロベルタ嬢は、まだ生存している。間違いないな?』
「はい、間違いありません。魔力追跡で確認済みです。二人の位置と敵の位置、両方とも追えます」
対面に座る蒼乃が、はきはきと答えた。
名誉挽回に向けての意気込みらしきものを、声に出して演じている。先ほどまで提案していた再突入案はどこへやらだ。
「理由は分かりませんが、敵とマリーさんたちの位置は離れてます。今から別の経路で突入すれば十分、勝ち目はあります」
「敵は相当な手練れな上、迷宮の中を移動する手段を持ってるみたいです。可能ならマリーさんたちを助けたら一度脱出して、その後でラレイエを叩きたいところっすね」
『……よし、いいだろう。ヤナギ隊に命じる。首魁である魔女ラレイエと、その一味を討て。ならびに我が妹マリーディアと、カストゥーリア家令嬢ロベルタを救出せよ。両名の生存が絶対条件だ』
「「はいっ!」」
図らずも揃った黎一と蒼乃の声に、フィーロが「かっこいい~!」と目を輝かせる。
(ま、実際は望郷一縷を使うんだが。納得してもらうには、こうでも言っておかないとな)
レオンの人柄を疑うわけではない。だがその立場を考えると、父である聡真のことや万霊祠堂のことを話すのはまだ抵抗があった。ゆえに公に存在を知られている、蒼乃の魔力追跡を引き合いに出す必要があったのだ。
「で、こっちで連れ出しといてアレなんすけど……。フィロだけでも回収してもらえませんか? 敵に狙われてる節があるんです。それと後続でいいので、緊急討伐依頼で増援を……」
フィーロは「え~、フィロも行く~」という表情をしているが、今はそんなことを言っている場合ではない。
しかしその脇で、端末越しに感じる雰囲気が陰った気がした。
『……すまないが、使え得るすべての手段を以て事にあたってほしい。増援はアイナ殿に行ってもらう。それが今の精一杯だ』
「ちょっ、冗談ですよねっ⁉ これ以上フィロを巻き込むのは危険ですっ! っていうか、このだだっ広い迷宮をたった四人で……」
『そうも言っていられんのだよ。現在、突然の死を齎す迷窟が同時多発的に発生している。このままいけば、遠からず王都に達するだろう』
「「えっ……⁉」」
冷徹な声で告げられた事実に、黎一と蒼乃の声がふたたび重なる。
『他国の冒険者たちも随時到着しているが、それだけではとても足りなくてね。先ほど緊急討伐依頼を発令した。キミたちにも応援を頼もうと思った矢先に、この有様だよ』
「まさか、ラレイエがマリーさんたちの身柄を押さえたから……?」
『因果関係は分からんがね。ともあれ、大規模な増援を送ることは叶わん』
「そんな……!」
(なるほどね。妙に態度が穏やかだと思ったら、そういうことかい)
愕然とした表情の蒼乃を尻目に、気づかれぬように嘆息する。
突然の死を齎す迷窟が王都に発生するような事態になれば、冒険者ギルドの面目どころの話では済まなくなる。敵の本拠で首魁の尻尾をつかんだ黎一たちが、頼みの綱ということなのだろう。
『……それともうひとつ、悪い報せがある。カストゥーリア公が騒ぎ始めた』
「ロベルタさんの親父さん、ですか?」
『うむ。娘と連絡がつかないことを不審に思ったようでね』
アルバート・ヴァン・カストゥーリア――。
ロベルタの父にして、王国屈指の軍閥貴族であるカストゥーリア家の現当主だ。自身が鍛えた私兵を王都駐留軍に送り込むことで強い発言力を持っている上、王国最強を謳われる近衛騎士団の相談役も務めている。その影響力たるや、事実上の国軍元帥と言っても過言ではない。
『加えて、この騒ぎだ。ギルドで事態を収拾できないなら王国軍を動かす、と言って聞かないんだよ』
「他国のギルドまで動いてる事態を軍が収めれば、権威を回復できるしギルド推進派も抑え込める……。そこも織り込み済み、ってわけっすか」
『まあ、そういうことだろうね。現状をありのまま伝えた日には、顔を真っ赤にして王都駐留の全軍を繰り出すはずさ』
「ちょっともう、なんなのこれ……」
蒼乃がぽつりと言ったのを最後に、夕陽が照らす荒野に沈黙が降りる。
日が沈んでいく毎に、黎一たち三人の影法師がどんどん濃くなっていく。
『さて諸君、皆で仲良く名誉挽回といこうじゃないか。切り札たるキミたちに向けて、さる御方からお言葉があるそうだよ』
(さる御方? まさか……)
王太子であるレオンが、敬称を使う相手は限られる。最悪の可能性が脳裏をよぎった。
『……いよお、ヒヨッコども。息災のようだな』
通信端末から聞こえる野太い男の声が、予想の的中を告げる。
レオンの鷹揚な声を一段か二段、低くしたような声だ。
「「げえ……っ!」」
黎一と蒼乃の呻き声が、本日幾度目かの和声を奏でる。
グランス・ウル・ヴァイスラント――。
レオンの実父にして、ヴァイスラント現国王だ。六天魔獣を討った折に謁見を許されたおかげで、一応の面識がある。
『ガハハッ、反応が分かりやすいところは変わらねえな。……まあいい。聞いてのとおり、状況は最悪だ』
その性は豪放磊落を地で行っており、レオンの実父であることが疑わしくなるほどだ。愛娘の窮地であるにもかかわらず、声からは微塵の戸惑いすら感じない。
『カストゥーリアの猪はオレたちで抑えておく。だが戦線ともども、保って日の出までだ。それまでになんとかしろ』
「……全力を尽くします」
『ガハハッ。こういう時はな、なんとかします、って言うんだよヒヨッコ。……しくじれば今後、勇者の扱いは保証できん。頼むぞ』
それを最後に、通信が切れた。
(勇者、って……。まさかすべての勇者、ってことか?)
言葉の裏を察し、戦慄する。
太陽は湖の彼方に半ばまでが隠れ、夜の帳が降りようとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたら、続きもぜひ。




