闇の王女
お読みいただき、ありがとうございます!
暗く澱んだ地下墓地が、藍色の魔力に満ちる。黎一の目の前にいる藍髪の少女――ラレイエが立つくぼ地の中心から、這うように広がっていく。
(影が彷徨う古城の迷宮の、迷宮主……だと?)
黎一は、ラレイエが名乗りとともに告げた言葉を反芻した。
影が彷徨う古城の迷宮は、城の敷地内にある区画がそれぞれ迷宮を形成している。裏を返せば迷宮主は、区画ごとにしか存在しないはずだ。
(修道院の、ってことか? いや、今こいつが言ったのは……)
「ラーレ、どういう意味? ううん。そもそも貴女は、本当にラーレなの?」
「言葉どおりの意味よ。わたしは、まごうことなきわたし」
マリーの問いに、ラレイエは面白そうに髪をいじりながら言葉を続ける。
「もしそうでないのなら……うちの子たちをお外に出して、煽ったりしないわよ」
背後から、音が聞こえた気がした。歯ぎしりのような、硬いものを握り締めたような、そんな音だ。
「あの黒棘は……全部、貴女が放っているの?」
マリーが、黎一を押し退けるようにして前に出た。顔は伏せており、表情はよく見えない。
ラレイエは対照的に、にっこりと笑ってみせた。
「そうよ、見たことあるでしょ? もう少しで王都まで行けそうだったけれど……こうして貴女が出てきてくれたんだから、よしとするわ」
「人が死んだのよ。たくさん、たくさん」
「ええ、知っているわ。そうさせたのは、わたしだもの」
「違う……貴女はッ!! ラーレじゃないッ!!」
激したマリーの声にも、ラーレはなおも笑うのみだ。
うっとりとした表情で、歪な黒棘の長杖を抱きしめるようにしながら、口を開く。
「違わないわ。あなたたちと仲良しだった、わたし。あなたたちと一緒だった、わたし。あなたたちといっぱい冒険した、わたし。そして……」
ラレイエの顔が、ぎらりとした笑みに変わる。
「……あなたたちの、影でしかなかった、わたし」
黒き姿は、未だに一歩も動かない。にもかかわらず、じりじりと迫られている錯覚に襲われる。
そんな中、ロベルタが黎一を追い越して前に出た。
「先ほどから聞いていれば、随分な言われようですわね。ラーレ……いえ、ラレイエ・フォン・アーデルハイト。わたくしたちが、一度でも貴女を蔑んだことがありましたか?」
「そう、だよっ! なんで、そんなことっ! わたしは、わたしたちはそんな……!」
「フッ、フフッ……アハハハハハッ!!」
二人の言葉を、ラレイエの哄笑が遮った。
「だからこそよ。まぶしい、まぶしい、貴女たち。光が強ければ強いほど、影の昏さも増していく。……貴女たち、わたしの家が何をされていたか知らないでしょう?」
「家……?」
「わたしを攻撃していた奴らはね、何も言わなくなったんじゃない。親ぐるみ、っていう手段に変えたのよ。平民の血が混じった下賤の娘が、王女とカストゥーリアの娘に取り入った……そんな話を、両親や親族たちに触れて回ったの。ゆくゆくはレオン殿下の側仕えになるのでは、なんて話までされてたわね」
ラレイエはそこで言葉を切ると、顔を天井へと向けた。
「あとはどうなるか分かるでしょう? わたしの家は、大した家格も持たない。他の貴族たちから妬み嫉みを受ければ、宮仕えなどできるはずもない。裏から手回しした者がいたのか、管理していた領地でも問題が起こるようになったわ」
「なんで、なんで言わないのよっ! お兄様に頼めば、いくらでも……!」
「証拠もないのになんて言うの? 娘のことで村八分にされてるかもしれません、って? それこそ庶民の言い草よ。わたしは何度も父上に進言したわ。貴女たちから離れるって。でも認めてくれなかった。後ろ盾になるかもしれない王家やカストゥーリア家との繋がりを、失くしたくなかったんでしょうね」
呆然と聞くマリーとロベルタを、ラレイエは悲しげな目で見つめる。
「父上の焦りは、母上への暴力に変わった。煽りを受けていた正妻たちも、こぞって母上に嫌がらせしたの。……耐え切れなくなった母は、死を選んだ。毒を飲む前の晩に、『私のことはいい。誠意を以て人と交われば、必ず道は開ける』なんて説教だけ遺してね」
「そんな……。病死だって……」
「わたしはすべてを呪ったわ。呪って、呪って、呪い尽くした。わたしを虐めた奴らも。家の奴らも。なにもしなかった王国も。わたしという影を創った光である貴女たちも。なにより……貴女たちという光から離れられなかった、わたし自身を」
ラレイエはそこまで話すと、不意に突き抜けたような笑顔になった。
「そうしたらね、声が聞こえたの。ベッドで泣いてたら、『力が欲しいか』って。……縋るように祈ったわ。ふと気づけば、闇の魔法を起点に魔物を使役することができるようになっていた」
「まさか、アーデルハイト家の方々が次々と病死したのは……」
「あら、気づいた? いい実験台だったわよ。あとは簡単。声に従って、この迷宮にある力を手に入れるついでに……」
「……わたしたちを、手にかけようとした?」
「逃げられるなんて思ってなかったけどね。でも、いいわ。おかげであなたちを、わたしの手で贄にできるんだから」
ラレイエは朗々と告げると、恍惚とした表情で両手を広げた。
美貌と黒い祭服が相まって、さながら伝説に語られる女神のようにも見える。
「この力を使って、私は王女になる。偽りの光を呑み込む……闇の王女よ」
(女王じゃなくて王女、ね。やっぱり竹に水やった黒幕がいたわけだ)
得心したところで、窪地に並んだ石棺の蓋が次々と跳ね上がった。
――否。中にいた存在に、跳ね上げられた。
石棺から、大小さまざまな不死者たちが現れる。男女で言えば女性の方がやや多いだろうか。迷宮にいる不死者と違って、妙に身なりが良い。
「身なりも、お顔立ちも、見覚えのある方々ですわね……!」
「まさか、この人たち……!」
「散々、母上とわたしをいじめてくれたアーデルハイト家のお歴々、使用人、その他諸々……。実験にちょうどいいから、お墓からおいで願ったわ」
ラレイエが、ゆらりと動く。
同時に、身体を風が包んだ。展開を予見した蒼乃が、補助魔法を唱えていたのだろう。
「さあ、尊い生贄たち。泣いて、足搔いて……のた打ち回りなさい!」
狂気と憤怒に満ちた、ラレイエの号令が響く。
次の瞬間、死者たちが黎一たちへと殺到した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたら、続きもぜひ。




