狂い嗤う藍
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導糸を辿って修道院の奥に到着するのに、大した時間はかからなかった。階層主を倒した影響で、魔物が一時的に消滅したからだ。
着いてみれば、ロベルタが言った通り地下へと続く階段があった。導糸は、階段をまっすぐに下っている。
「戦争のための城なのに、地下墓地があるって珍しいですね」
「元はフリーデン帝国時代の城跡を改装したものと聞いておりますから。修道院を建てたのも、地下墓地を祀るためなのかもしれませんわね」
蒼乃とロベルタの雑談を聞きながら、階段を降りていく。階層に張られた結界を潜る感触が、身体を突き抜けた。
降りた先は、地肌が露出している地下洞窟だった。地下特有のじっとりとした匂いが鼻を突く。少し離れた先には、石組みの壁が規則正しく並んでいた。あの中に亡骸が葬られているのだろう。
「階層が変わったのに、魔物がいない……?」
蒼乃の戸惑った声が、しんとした洞窟に響く。
実際、導糸を辿りながら歩いても、一向に魔物と出くわさない。先ほどまでいた『黒棘』も、姿を見せなくなっている。
(どうせまた、どっかに潜んでるんじゃ……)
視界を、魔律慧眼に切り替えると――。
導糸の行く手に、藍色が見えた。
(って、なんだありゃ⁉)
燃えるような、咲くような藍色が、歩を進めるごとに少しずつ大きくなっていく。ぞわりと、肌が粟立った。魔力の大きさに身体が反応するなど久しぶりだ。
(まさかあれが……? 人間の魔力じゃねえぞ⁉)
考えているうちに、視界が開ける。
地下墓地の中心部だろう。真ん中の窪地を四つに仕切るように、木組みの通路が作られている。仕切られた窪地の空間には、装飾を施された石棺がいくつも置かれていた。
「あ……」
マリーの声が漏れる。
木組みの通路の上に、黒い祭服を纏った少女がいた。足元にある望郷一縷の糸玉を、面白そうに見つめている。白磁のごとき肌と気品のある顔立ちは、貴族の令嬢というより傾国の美姫といった言葉が相応しい。肩先まで伸びた艶やかな藍色の髪は、聞いていた探し人の特徴と一致する。
(望郷一縷が止まってる。ってことは、こいつが……)
「……ラーレ」
マリーはぽつりと言うと、少女のほうへと走り出した。
ラーレと呼ばれた藍髪の少女が振り向く。笑った口の端が、三日月の形に歪んだ。
背筋に、悪寒が走る。口の形が、『黒棘』と同じだ。
「ちょっ、マリーさん!」
「マリー! お待ちなさい!」
マリーは蒼乃とロベルタの制止も聞かず、藍髪の少女に向かって走る。
その行く手の地面に、わずかな藍色が生まれた。
途轍もなく悪い予感が、脳裏を、背筋を駆けめぐった。
(……ッ!)
ひと息に駆けた。一瞬でマリーを追い越して、己の身で行く手を塞ぐ。
それと同時に――。地面に生まれた藍色から、漆黒の棘が鋭く伸びた。
「……ふッ!」
ままならぬ体勢で、愛剣を左薙ぎに振るう。焦げ色の刃が、漆黒の棘を半ばから斬り飛ばした。
「あら、勘がいいのね。……それとも、目がいいのかしら」
嫋やかな声のほうを見れば、藍髪の少女がくすくすと笑っていた。
距離を詰めてみると、その美貌はいっそう際立って見える。背は蒼乃とそれほど変わらない。陰になって見えなかった右手には、少女の背丈と同じくらいの長杖を持っていた。幾重にも絡まった黒い棘が人の頭ほどもある琥珀を先端に抱いた形状には、妙な禍々しさを感じる。
(落ち着け、あれは女じゃない。ってか、ありゃもう……!)
背に嫌な汗が流れるのを感じながら、愛剣を構えなおす。
藍髪の少女は黎一と奥にいる蒼乃を交互に見やると、ふたたび笑みを浮かべた。
「勇者の一対、か。どちらか知らないけれど、面白い能力を持っているのね。うちの子をお迎えに出したけれど、必要なかったわね」
「ラーレ。今、なんて? うちの、子……?」
マリーが黎一の背後から、ふたたび呼びかける。
藍色の少女は、そんなマリーを見て薄ら笑いを浮かべた。笑みからは余裕と、静謐な狂気が漂っている。
(こんな女、見たことねえ。うちの母親とかアエリアとか、ああいうのとは別の意味でやべえ……ッ!)
「その声、その呼び名……。会いたかったわ、マリー。ようやく会えた。ようやく、終わる」
「えっ……?」
マリーの動きが止まったのが分かった。前に飛び出そうとしていたのだろう。
対する藍色の少女は、一歩も動かない。その姿に向けて、声を絞り出す。
「ひとつ、聞きたい」
「はい、なにかしら? 勇者さん」
「……お前は、誰だ」
その言葉に、藍色の少女が嗤った。先ほどまでの狂気を孕んだだけの笑みとは違う。狂気を、前に圧し出した笑いだ。
「ああ、ごめんなさい。わたしったら舞いあがっちゃって。こうして殿方にお会いするのも、久しぶりなものですから。どうか御許しを」
そう言いながら祭服のスカートを少し上げ、軽くお辞儀する。ヴァイスラントの王宮で幾度となく見た、貴族の礼だ。
「以前の名など意味を持たないないけれど。一応、自己紹介しておきますね。ラレイエ……家名は棄てたので、ただのラレイエです」
藍髪の少女――ラレイエは、詠うように言葉を紡ぐ。
「この影が彷徨う古城の迷宮の……迷宮主よ」
その言葉とともに。暗い地下墓地に、藍色の瘴気が漂い始めた。
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