道征く理由
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望郷一縷の糸は、修道院の中庭へと続く。そこで黎一たちの前に現れたのは、人の身の三倍はあろうかという闇の幻影だった。
――闇王虚影。ここ修道院の表層の、階層主らしい。
「ヴ……ヴ、ッ!」
電子音に似た声をあげた闇王虚影の周りに、いくつもの火球が生まれる。
ぱっと見は黒い魔法陣の上に浮かぶ、朽ちた人体標本といった体である。だが頭部は、いくつもの光なき目を持つ悪魔の顔だ。出で立ちだけなら、伝説に出てくる魔王と言って差し支えない。
「蛇水咬ッ!」
「静謐なる水流よ、猛る炎を縛めよ! 水流烈縛ッ!」
黎一が放つ水の蛇と、蒼乃が放った水の妨害魔法が、群れる火球のすべてを消し散らした。
先にフィーロにも使ったこの蛇水咬、魔法の妨害効果が含まれているのだ。
「ヴ……ッ! ヴォ、ヴァアッ!」
ふたたび火球を生もうとする様を見て、黎一はほくそ笑む。
この階層主、出会い頭は剛腕で殴りつけてきたのである。それを光を纏った愛剣ではじき返してやったところ、距離を取っての魔法戦に移行したのだった。
(でも火の魔法しか使えねえのな。だったら水でハメ込めば楽勝だ)
――こうした妨害魔法にも、属性が大きく影響する。
この世界の四大属性には、四すくみの相性がある。火は水に、水は風に、風は土に、土は火に弱い。
打ち消したい魔法と相性の良い属性で妨害してやることで、通常よりはるかに少量の魔力で打ち消すことができる。
(見た目はいかついのに、拍子抜けもいいとこだな)
例によって『黒棘』はいるのだが、修道院の屋根の上に生えたまま何もしてこない。闇の結界はおろか、不死者を喚ぶ靄もなしである。
本来からこの迷宮にいる不死者であろう骸骨霊や不死導師は、散発的に湧いて出る。だがいずれも、黎一と蒼乃の処理速度の範囲に収まっていた。
「竜呪・仄光刃檻!」
フィーロが呼んだ光の刃が、闇王虚影に降り落ちた。先ほどと違うのは、その巨躯を貫いて縛めるように顕現しているところだ。
「やったっ! れーいち、みてみてっ! フィロうまくできたよっ!」
「よ~しよくやった! でも今は黙ってろっ!」
愛剣に炎を纏い、能力を切り替える。魔律慧眼で見る限り、藍の魔力は見えない。つまり闇王虚影はただの不死者だ。光を使うまでもない。
剣を前に突き出す形で構えた後、蒼乃に目で合図した。間髪入れずに、風の結界が身体を包む。
「勇紋権能、万霊祠堂……無足瞬動ッ!!」
高速移動の能力で、一足飛びに闇王虚影へと迫った。炎の剣を、腐った顔面に突き立てる。勢いそのままに、股下までを一気に斬り裂いた。
「ヴォオオッ、オオオッ……アアッ……」
真っ二つになった闇王虚影の身体が炎に包まれ、断末魔とともに塵と消えた。
あたりから気配が消える。階層主を倒したことで、周囲の魔物たちが一時的に消滅したのだろう。
「たしかに幻影だったな」
「すぐ消える見かけ倒し、って意味ではね」
言葉を継ぐ蒼乃とともに、屋上にいる監視者を睨みつける。
『黒棘』はしばし、黎一たちを面白くもなさそうに見下ろしていた。が、すぐに中庭を囲う回廊の端にある通路の手前に生える。黒い唇を歪ませた顔が地面へとひっこんだ後には、望郷一縷の導糸が続いていた。
「すごい……。階層主が、あんな簡単に……」
「先の事件でのヨモシロ隊やミフネ隊も、目を見張るものがありましたが……」
振り返れば、マリーとロベルタが呆然とした様子で黎一たちを見つめていた。
一瞬、蒼乃と顔を見合わせる。だがすぐに、示し合わせたかのように頭を振った。
「相手が良かっただけっすよ。属性の相性が噛み合えば、なんとでもなる」
「ほんとそれ。城の外庭より修道院のほうが戦いやすいもん」
「以前は黄金級の方々に護衛してもらってましたけど、こんなあっさりじゃなかったですよ。負傷しないどころか、たいして時間もかけずなんて……」
(んまあ、言われてみたら……。ここまでは、わりとさくさく来れてるかもしれない)
実際、体力はマリーがかける活力回復の魔法に頼っているものの、疲れはほとんどない。
するとロベルタが、神妙な顔つきを向けた。
「……お二人とも。ギルドの級はなんでしたかしら」
「白銀っす」
「そういえばそうだっけ。国選勇者隊の任務には関係ないから、意識してなかったけど」
本音を言えば、面倒事が舞い込みやすくなるだけの級など上げたくはなかった。しかし諸々の情報を探して迷宮を攻略して回るうちに、自然と上がってしまったのだ。
「無事に戻れたら、あなた方を黄金級に推薦しておきますわ。それだけの力、国選勇者隊のみで留めておくべきではありませんもの」
「……いいっすよ、別に」
「なぜです? 黄金級ともなれば、大店や貴族階級の依頼すら選んで請けられるようになりますのに。なんなら、カストゥーリア家から依頼を回してもよろしくてよ?」
訝しげな表情を浮かべるロベルタを、めんどくさそうに見つめる。
「俺はただ、元の世界に帰りたいだけです。迷宮の攻略も国選勇者隊も、そのための手段に過ぎない。この依頼を請けたのだって、情報が欲しかったから……。なにより、あなたたち二人の依頼だったからです」
「同じく。いずれ意味なくなる称号や栄光なんて、たいして興味ないで~す」
(お前は金には興味あるだろうが。帰れる段になったら言い分を翻すまでありそうだ)
もちろん、声に出す勇気はない。
そんな二人を見ていたロベルタは、諦めの表情で微笑んだ。
「……本気で、戻れると思っているのですね」
「一応、手がかりはあるんでね。まあ帰れる目途がつくまでは、手が届く範囲くらいはなんとかしますよ」
手にした愛剣をかざして見せると、糸が示す通路へと視線を移す。
「……あっち、なにがあるんです?」
「地下墓地です。ラレイエを、最後に見た場所ですわ」
「行きましょう。居所は押さえるんすよね」
淡々と言葉を続けていると、足元にフィーロが寄ってくる。
まだ褒めてほしいのかと思いきや、その顔はやけに悲しげだ。
「れーいち、ロベルタとけんかしてる? けんかしたらね、なかなおりしないといけないんだよ」
「……大丈夫だよ、喧嘩じゃないから。さ、行くぞ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたら、続きもぜひ。




