不死者たちの廓
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修道院の扉を開けた先は、明かりのない真っ暗な通路だった。崩れた屋根から見える鈍色の空も相まって、陰鬱この上ない。望郷一縷の導糸は、まっすぐ奥へと伸びている。
「燃灯招」
ロベルタが手にした戦鎚の先端に、魔法で火を灯した。
炎に照らし出されたシンプルな石壁には、ところどころに信仰の証を描いたタペストリーが掛かっている。魔律慧眼で見てみると、そこかしこに藍色の魔力が漂っているのが見て取れた。
「以前に訪れた時は、不死者が押し寄せてきましたのに。ともあれ、進みましょう」
松明代わりの戦鎚を持ったロベルタを先頭に、マリー、蒼乃、フィーロをおぶった黎一の順で進む。
少し進むと、開けた空間で糸が左に曲がっているのが見えた。
「礼拝堂ですわ。広い場所ですから、魔物が群れている可能性もあります。注意してください」
ロベルタの言葉を聞きながら、扉をくぐる。
礼拝堂は、思った以上の広さだった。教室三つ分くらいはあるだろう。朽ちた長椅子が乱雑に散らばった空間の奥には、六芒星と十字を組み合わせた紋章を掲げたひな壇が見えた。
「魔物が、いない?」
蒼乃が疑念の声を発した矢先――。
(……ッ⁉)
彼方の背後に、気配が生まれる。
同時に、おぶさっていたフィーロが飛び降りた。
「れーいちっ! なんかいるっ!」
声に振り向いてみると、そこには何もいない。
代わりに修道院の入口の扉が、意志を持ったかのように閉じていく。
「閉じ込められた!!」
「そんなこと、近くに迷宮主がいないと……!」
マリーの悲痛な声とともに、周囲にいくつもの藍色の靄が生まれた。
這い出てきたのは幾多の不死者たちだ。腐乱した死体、宙に浮く襤褸を纏った骸骨、導師の服を身につけながらも朽ちた聖職者。
「屍人に骸骨霊、不死導師ッ!」
「怪しいと思ったら、結構なお出迎えね。ため込んでたってわけだ」
(しかも、あの靄が出たってことは……)
「ウィフィフィ――」
予想を裏づける声は、礼拝堂の奥から聞こえた。
ひな壇を割って黒い棘が生える。伸びた枝が、またたく間に頭と両腕の形を取った。
「全員、俺から離れないでください。黒棘は闇の結界を使うんで、炎で押し切ります。マリーさんはフィロを頼みます」
構えた瞬間、先頭にいた屍者たちが殺到する。
「勇紋権能、万霊祠堂。炎巧結界」
戦い方は、深淵騎士団の時と変わらない。
蒼乃が放つ熱風と火の鳳が、屍者たちを焼く。お返しとばかりに飛んでくる氷の矢や石礫を、マリーの石壁が阻む。どうやら骸骨霊と不死導師は、魔法を使うらしい。
ロベルタはすり抜けに備えて構えているが、そこに達する屍者はいない。
(妙だな。ザルすぎる)
飛散する炎刃を放ちながら、周囲を観察する。
ため込んだわりには、魔物の数も質も大したことはない。先ほどの深淵騎士団のほうがよほど手強く感じる。
しかも、生えた『黒棘』が動かない。闇の結界を使うでもなく、黎一たちをずっと見つめている。
(こっちを観察してる? だとしたら、一体なにを……?)
「開闢を待つ嘆きの地神よ、その涙を今ここに! 地神涙滴ッ!」
不意に声が響く。
ふと見ると、いつの間にかロベルタが発した青い光に包まれたマリーが、屍者の群れの中に仁王立ちしていた。
(はあっ⁉)
「ちょっとなにをっ……!」
蒼乃の戸惑う声が聞こえる。
中空から現れた岩石が、『黒棘』を襲った。しかし炎の結界に魔力を阻まれたのか、いつぞや見たものと比べて大きさも勢いもない。
「ウィフィ……!」
ひな壇に陣取っていた『黒棘』が、あっさりと引っ込んだ。
代わりに周囲にいた屍人たちが、一斉にマリーへと突撃する。
蒼乃がちらと黎一を見た。その目は、「あんたがなんとかしなさいよ!」と言っている。
(えいくそっ!)
「勇紋共鳴、魔力追跡! ……業炎刹ッ」
軌道を想い描き、奥にいる不死導師の一体を意識して剣を振るう。
本来まっすぐに進む赫い弧が、黎一の意思に従いマリーの前を横切るように飛んだ。赤い轍から立ち昇った炎柱が、屍人たちを一気に焼き払う。
「「ゴォ……オ……ァ……」」
屍人たちの怨嗟が、幾重にも重なる。その向こうでは、赫い弧が狙った不死導師を直撃していた。残る敵はわずかばかり。蒼乃もやられる前にやると言わんばかりに魔法を連発している。
が、不意に湧いて出た骸骨霊の数体が、マリーに向けて狙いを定めた。
「んなろっ! 紅炎刃ッ!」
「竜呪・永炎焼尽っ!」
紅の刃が骸骨霊たちを斬り裂く。残った襤褸と骨を、フィーロが呼んだ消えない炎が焼いた。
「「……ワシャシャ、アシャシャ……」」
最後に残った骸骨霊たちの、耳障りな断末魔が響いた。
それきり、朽ちた礼拝堂は静かになる。がらんとした空間に残るのは、焼けた長椅子と死者たちの灰だけだった。
「……ほんとさっきから、どういうつもりなんですかっ!」
「ラーレがっ、ラーレがここにいるんですっ!」
ふたつの怒声に視線を移せば、蒼乃とマリーがにらみ合っている。
「やっぱりあの棘、間違いなくラーレの魔法です! それがあんな風に意志を持ってるんだとしたら……。あの子、何かに操られて……っ!」
「だからって無茶していい理由にならないでしょっ! 私、望郷一縷を使ってる間は自分の能力以外、使えないんですからっ! いつかのフィロちゃんみたいに助けられないんですよっ⁉」
(そうなんよなあ。便利なんだけど、戦力としては実質減っていう)
――望郷一縷は、起動している間に他の能力に付け替えると導糸が消滅する、という欠点を持っていた。
つまり、万霊祠堂との相性が非常に悪い。黎一が自身で望郷一縷を使わないのも、ひとえにこの欠点があるゆえである。
(持ってた竜人に似て、めんどくさい能力だわ……。まあ複数の能力を切り替えて使うなんて普通じゃないから、本来は欠点じゃないのかもしれないけど)
湖で力を託してくれた竜人の顔を思い起こしていると、ひな壇の横で音がした。
「れーいち、あれっ!」
フィーロが指さした先を見てみれば、先ほどの『黒棘』が黎一たちをじっと見つめている。生えた位置には、廊下と思しき細い通路があった。ラレイエの行方を示す導糸も、その先へと続いている。
「――ウィフィ」
黒い唇をゆがめて、『黒棘』の顔が笑う。あたかも、その先へと誘っているかのようだ。
「ほら。おいで、って言ってますよ」
ムスッとした蒼乃の声に、マリーは無言で通路のほうへと歩き出す。
ロベルタも、それに続いた。
歩き出そうとした時、蒼乃がすっと隣に寄ってくる。
「……もう十分じゃない?」
小声で言う蒼乃に、黎一は頭を振って応じた。
「引き返すだけなら、いつでもいける。ロベルタさんじゃねえけど、国選勇者隊で来る時に望郷一縷は使えねえ」
「止めたほうがいいと思うんだけどな。……色んな意味で」
ぽつりと言うと、蒼乃もロベルタたちの後を追う。
黎一も不安そうなフィーロの手を取って、礼拝堂を後にした。
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