石鬼の陣
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そびえ立つ古城を背にして、いくつもの影が宙を舞う。
遠目に見ると、翼が生えた人間だった。だが灰色の体躯に、猛禽の頭と蝙蝠の翼がついた存在など、まともな人間ではない。
それが各々で異なる得物を持ち、鈍色の空に群れをなして飛び回っている。数はざっと三十ほど。
(石像魔か! またベタな場所で出てきやがって!)
黎一は内心で毒づきながら、フィーロをおぶって走り出した。
悪魔たちの視線は、先頭を走るマリーに注がれている。
マリーも気づいているのだろうが、なぜか足を止める様子もない。
(待て待て待てっ!)
弓を持った石像魔たちが、マリーに向けて一斉に矢を放つ。庇うには、距離が遠すぎる。
その時――。マリーが右手の錫杖を掲げた。
「地精の君、汝が遣わす盾を欲す! 地君盾招!」
刹那の間を置き、城の石畳を破って巨大な岩塊が、マリーに向かって飛んだ矢のことごとくを弾き落とす。
「土塊に宿る妖精よ、汝のその身を礫とせん! 地精礫招ッ!」
マリーの声とともに、岩塊が弾けた。扇状に広がった無数の石の礫が、石像魔たちを叩き落す。その数は、一気に半ば近くまで減じている。
(違う魔法を組み合わせて、性質を変えた!)
しかし音で呼び寄せられたのか、真横にある外壁の向こうからさらに十数体の影が躍り出てくる。
魔律慧眼で見てみると、石像の翼のあたりが黄金の魔力に包まれているのが見て取れた。
(石像のクセして風……⁉ そうか、空を飛ばすのに風の魔力が付与されてるのか!)
「地霊崩!」
呪の名を呼ぶとともに、地に剣を突き立てる。外壁から緑の魔力が噴き上がり、数体の石像魔が落下した。
少し前を走っていた蒼乃もまた、外壁上の石像魔に向けて短杖をかざす。
「風、我が意に従い仇なす者を刻め! 旋風刻刃ッ!」
風とともに、見えない斬撃が荒れ狂う。だが小鬼程度ならあっさり斬り刻むはずの魔法は、石像魔たちの身体を少し傷つけただけだ。
「ちょっとなにあいつら! 全然効かないんだけどっ!」
「あいつら風の属性だ! 火を使ってやれ!」
「ああんもう先に言ってよバカッ! ……熱風鳳破ッ!」
蒼乃は毒づきながらも、さっさと火の魔法に切り替える。守護属性が風であるためか、地属性の魔法だけは苦手らしい。
正面を見ると、剣や槍を手にした石像魔たちがマリーに向けて飛び掛かっていた。だがその背に、ロベルタが追いつく。
「我が身を挺し、道征く友の盾とせん! 献身挺護!」
呪を唱えたロベルタの身から伸びた青い光が、マリーとの間を繋いだ。
直前、一体の石像魔がマリーに振るった刃が、マリーの二の腕を直撃する。
「……ッ! この程度なら!」
だが顔をしかめたのはロベルタだった。当のマリーは痛みを気にする風もなく、群れの中へと突き進む。
「地の底に在りし英霊よ、猛々しき息吹を大地に放て! 地霊息破ッ!」
マリーが喚び起こした地の魔力が炸裂し、襲い来た石像魔たちを片っ端から打ち砕く。
なおこの間、マリーは傷ひとつ追っていない。ロベルタの防具に、いくつかの傷がついたのみだ。
(ムチャクチャするな……。マリーさん、あんな戦い方する人だっけか?)
外壁上の石像魔たちを地の剣魔法で撃ち落としながら、マリーたちを観察する。
どうやらあの青い光は、一種の身代わり魔法らしい。被術者が攻撃を受けると、術者の同じ部位に痛みを転化するのだろう。盾と防具で身を鎧ったロベルタとの相性がよいのは分かる。
だがそれを差し引いても、マリーの戦い方には少々危ういものを感じられてならない。
「……地霊崩!」
「我が想い、土塊の裁きと成してかの者どもを打たん! 岩礫砲破!」
――やがて、黎一の剣気とマリーの魔法が、最後の石像魔たちを打ち落とした。
粉々になった石像の残骸が、外庭のわずかな緑を埋めている。その中を、蒼乃が憤慨した様子でマリーに近づいた。
「ちょっとっ! もう少し落ち着いて戦ってくださいっ! 私たちもこの迷宮来たことないんですからっ!」
「ごめんなさい……っ。けど、早く糸玉を追わないと……!」
「ずっとここにいるくらいなら逃げやしませんよ! てゆーかこの迷宮にいるのは分かったじゃないですかっ! なんならもう帰ったっていいくらいですっ!」
「そういうわけにも参りません。せめて居所くらいは掴まねば……。国選勇者隊と雪崩れ込む時には、あの能力は使えないのですからね」
語気を強める蒼乃を制したのはロベルタだった。
全身がほんのりと赤い魔力に包まれているあたり、傷を徐々に回復させる火の魔法を使っているらしい。
「そりゃそうですけど……。あんな戦い方してたら、ロベルタさんが保ちませんよ」
「ふふっ、ご心配には及びませんわ。あれしきのこと、苦境とは呼べません。なにせ以前は、これに加えてラーレがいたのですから」
ロベルタは遠い目で、外壁の向こうにそびえる城の尖塔を見つめた。
釣られるように、マリーが口を開く。
「今の戦法、ラーレがいた頃に三人で編み出したんです。もっとも突っ込んで魔法を撃つのはラーレの役割で……。わたしは防御とか回復をやってたんですけどね」
(なるほど、ね。それにしたって……)
呆れたようにため息を吐く蒼乃の横をすり抜けて、黎一はマリーたちに近づいた。
「焦る気持ちは分かりますけど、自重してください。思い出に引きずられて命落とされたんじゃ、こっちも仕事にならない」
今まで黙って聞いていたおかげか、マリーの表情に影が差す。
「そ、そうですよね。ごめんなさい……」
「それに蒼乃の言うとおり、相手さんは逃げやしない」
視線を外庭の奥へと向けた。糸玉はすでに見えなくなっていたが、敷かれた石畳には金色の糸がくっきりと見えている。
不意に、ロベルタが前に立った。
「急ぎましょう。ぐずぐずしていると、面倒な相手に会うことになりますから」
「面倒な相手……?」
蒼乃が聞き返した時、外庭に大きな影が生まれた。闇を顕す藍色の魔力だ。
(なんだ、あれ? でっけえっ……!)
あたりに、馬の蹄の音が響き渡る。続いて聞こえるのは、馬のいななき。それらは心なしか、暗い洞の底から聞こえてくるように思えた。
「ちょっ、なんでこんなところに馬……?」
「……遅かった、ようですわね」
ロベルタの口惜しげなつぶやきとともに――。
黎一たちの行く手を塞ぐように、黒い影がゆらゆらと近づいてくるのが見えた
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