表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第三章 俺と彼女が、王女の闇を祓うまで

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/260

酒場にて

お読みいただき、ありがとうございます!

 黎一たちが王都ヴァイスラントの下町に到着したのは、太陽がやや西に傾いた頃だった。

 結局、蒼乃と合流してから、さらに一ヶ所の”突然の死を齎す迷窟(サドンリィ・デッド)”を潰し――。到着した増援に後を託して、乗合馬車を乗り継いでの今である。


「ああ~っ、疲れた。こんな時くらい、帰りも魔力転送(テレポート)を使わせてくれたっていいのにさぁ……」


 馬車から降りるやいなや、蒼乃がくたびれた声でぼやいた。

 異世界における魔法の中でも、魔力転送(テレポート)は垂涎ものの技術だ。しかし設備と多量の魔力(マナ)が必要なのが難点で、使用は原則として緊急出動に限られる。

 実際、馬車の乗客も、討伐帰りであろう冒険者たちが多数を占めていた。


(ま、気持ちは分かる)


 蒼乃の言葉に、心の中だけで同意する。

 起き抜けに招集がかかって王都から南の城塞へと飛び、そこから屍人たちを討伐しつつ補助魔法を使って北へと駆けた。

 食事は携帯食、体力はわずかな休憩と活力回復の魔法で補う。勇者(ブレイヴ)の身体能力を以てしても、かなり堪えるものがあった。


(これが一ヶ月も続いてんだ。愚痴のひとつも言いたくなるってもんよ)


 もっとも同意すると調子に乗ってひたすら話すので、敢えて声をかけることはしない。無言を貫いていると、蒼乃が腹をさすりながら視線を向けてきた。


「お腹空いたぁ~……。ご飯どうする? 家で食べる?」


「外で食おう。作るの面倒だし、また出動かかったらだるい」


「じゃあ揺籃の地(クレイドル)にしよっか。ちょうど近いし」


(それにしても、蒼乃(こいつ)と外食とは、な……。前は考えもしなかった)


 蒼乃とやや距離を取りつつ、行きつけの食堂を指して歩き出す。

 王都の上流地区にある屋敷に戻り、食事することもできなくはない。だが城に預けてある家人を回収して屋敷まで戻っても、また出動がかかれば二度手間になる。夜番の部隊が配備されるまでは、いつ呼び出されてもいいようにしておきたかった。


「ほんと、いつ終わるんだろうね。ここんとこ、ほとんど休みなしじゃん。これで子供の面倒も見ろとかさぁ……」


(潰しても潰しても出てくる迷宮(ダンジョン)、か)


 蒼乃の愚痴を聞き流しつつ、黎一はこれまでの経緯に想いを馳せる。

 ――事の始まりは、一ヶ月ほど前だった。

 王国南部のとある農村の納屋が、突如として迷宮(ダンジョン)と化したのだ。中核である迷宮核(ダンジョン・コア)はない。『黒棘』の枯木が、無限に不死者を増やすのである。


(とっとと終わればよかったんだがな……)


 魔物こそ強力だが、枯木を倒せば事象が収まるとして、当初は楽観視されていた。しかしそんな期待を裏切るように、事象はじわじわと広がった。いつの間にか、王都にほど近い場所でもしばしば現れるようになっている。


(魔物の強さもかなりのもんだが……。原因が分からず続いてる、ってのが余計にマズイ。しかもギルドは、人が減った後ときたもんだ)


 二ヶ月前に起きたアンドラス湖の事件において、冒険者ギルドは黄金(ゴールド)(・ランク)白銀(シルバー)(・ランク)といった主力級の冒険者たちを幾人も失っていた。

 そこに来て、この騒ぎだ。運搬や収穫の補助を担う冒険者たちすら討伐に駆り出され、王国の社会インフラは少なからず影響を受けている。事象が王国南部に集中しているのが、せめてもの救いだろう。


(さてさて、お偉方はどう考えているのかねえ……っと)


 考えているうちに、見慣れた看板が目に入った。巨木の森に設えらえた、切り株の食卓。行きつけの酒場兼宿屋である、”揺籃の地(クレイドル)”の看板だ。

 冒険者向けの斡旋宿として世話になって以来、外食の際にはちょくちょく利用している。


「着いたぁ~。ごはんっ、ごはんっ~」


 笑顔の蒼乃を先頭にして店に入ると、女将のグレタが黎一たちに気づいた。


「いらっしゃい! ……ああ、あんたたちかい」


 年は三十そこそこのはずだが、肌艶が良くなったおかげでギリギリ二十代でも通りそうに思える。身につけたエプロンとワンピースは真新しく、異世界に来てすぐに出会った頃とはえらい違いだ。


「ごめんねぇ。今、ちょうど満席でさぁ」


 グレタは申し訳なさそうに言って、酒場に目を向ける。昼食時でもないのに、席は冒険者と思しき者たちでいっぱいになっていた。

 蒼乃の笑顔が、見る見るうちにしおれていく。


「ええっ……。なんでこんな時間に混んでるの……?」


「例の討伐のおかげで、メシ食いそびれた人らが多かったみたいでねぇ。悪いけど……」


「おお~い、ヤナギじゃねえかぁ!」


 グレタの言葉を遮って、よく通る声が酒場に響いた。

 声のほうを見ると、短く刈り込んだ茶髪の大男が黎一たちに向けて手を振っている。先ほど洞窟で会ったばかりの顔だ。


「あ、ダビッドさん。お疲れっす」


「席ねえなら、ここ座れよ。アオノちゃんも! 女将、材料までないってこたぁねえだろ?」


「ええ。相席でよければ、どうぞ」


 蒼乃と頷きあうと、ダビッドがいるテーブル席へと腰かける。丸い木のテーブルには、すでに食べかけの料理が数品並んでいた。だいぶ前からここにいるらしい。


「ダビッドさ~ん、相席失礼しますっ!」


「いいってことよ。さっき助けてもらった礼だ。なんでも好きなもん食いな」


「えっ、いいんですかぁ? やったぁ、ありがとうございま~っす!」


(実際、助けたのは俺だけどな……?)


 グレタに料理を注文しながら、心の中だけでツッコむ。

 最近になって気づいたが、蒼乃は顔見知りくらいの相手にはやたら外面がいい。ダビッドのような中年冒険者などイチコロである。しかもこうして確信犯的に使うのだからタチが悪い。


「戻り、早かったんすね。ケガした人、大丈夫でした?」


 話題を変えるべく水を向けると、ダビッドは大きくため息をついた。


「ああ、おかげさまでな。つっても他のヤツら、みんなへばっちまってよ。オレも装備にガタがきてたから、さっさと引き上げてきたってわけさ」


「……やっぱり、しんどいっすよねぇ」


「オレの編隊(とこ)はよかったが、他はかなりやられたらしい。マーティンの編隊(とこ)は二人。ギリアムの編隊(とこ)なんて、生き残ったのはギリアムだけだとさ」


 ダビッドはそう言うと、手にしていた木のジョッキを呷った。苦々しいものを、酒で押し流そうとしているようにも見える。

 ふと周りを見れば、どの客も苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


「国は一体、なにやってんだ……」


 酒場の片隅にいた冒険者たちから、ぽつりと声が上がった。それを皮切りに、小さなささやきがそこかしこに溢れ出す。


「最近じゃ王都の近くにまで……」


「そもそも原因とか分かってんのか? 俺らに任せっきりじゃねえだろうな」


「いっそ軍でも出してくれりゃいいんだよ……」


「ほんと、こういう時のためにいるんじゃねえの?」


 一滴の雫がもたらす波紋のごとく。

 よどんだ感情が、酒場全体に広がっていくのが分かった。

 その時――。


「……止めねえか、お前ら」


 ダビッドが、呑み終えた木のコップをテーブルに叩きつけた。

 唐突な音とよく通る声によって、酒場が静まり返る。


「こうして国選勇者隊(ヴァリアント)だって出てきてるじゃねえか。あまり人聞きの悪いことを言うもんじゃねえ」


 見回しながら言うダビッドに、冒険者たちの何人かが視線を向けた。中には、あからさまに黎一たちを睨んでいる者もある。


「そりゃ、現場に立ってくれてるヤツを悪く言うつもりはねえけどよ……」


「報酬も割に合わねえし、さすがにもうウンザリだぜ」


 聞こえる言葉は、誰に向けてのものでもないのは明白だった。皆、ただ現状への不満を吹きこぼしているだけだ。


「……さっきから聞いてりゃ、大の男どもがぴーぴーうるさいねえ」


 被せるように言ったのは、黎一たちの料理を運んできたグレタだった。慣れた手つきで料理をテーブルに置くと、声が聞こえてきたあたりのテーブルをじろりと睨む。


「この店はね、そのお国のおかげで成り立ってんだ。文句言うなら他所(よそ)に行っておくれ」


 宿の女将とは思えぬ語気と眼光に、くだを巻いていた冒険者たちが静まり返った。


(うおぉ~、おっかねぇ……。”女狼(おんなおおかみ)”の二つ名は伊達じゃねえな)


 最近になって知った話だが――。

 グレタは、十年前の戦争では名うての傭兵だったらしい。戦後、炊き出しを手伝った際に今の亭主と知り合い、なけなしの戦後報酬を元手にこの店を始めたのだそうだ。


「戦争の頃はもっと酷かったんだ。金が出てまともな飯が食えるだけ、ありがたく思いなっ!」


 しかも戦争の末期、グレタは王国のさる貴人と戦場で(くつわ)を並べていた。ひょんなことからその貴人と再会して以来、斡旋宿としての等級が上がり、国からの補助金も増えたのだった。


(ありがとう、女将さん……)


 言い捨てて去っていくグレタの背中を見つめながら、心の中で礼を言った。

 だが酒場の客たちには、未だ吐き出しきれない感情がくすぶっているように見える。

 頼み慣れているはずの料理が、その日はやけに不味く感じられた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ