この手が届く距離
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執務室を辞した後、黎一たちはフィーロを連れて共同墓地に向かった。
王都の外周、三の園の東に位置する墓地である。西日に照らされる墓たちが立ち並ぶ片隅に、真新しい墓がふたつあった。
「遅くなっちゃった。ごめんね……東堂くん、藤波さん」
蒼乃はそう言いながら、来る道すがらに買った花をそれぞれの墓に手向ける。花を受け取ったフィーロもまた、それに倣う。
白い墓石の前には、すでにたくさんの花や飲み物が供えられていた。誰がやったのかは、考えるまでもない。
だがそれを見たアイナは、複雑な表情をしていた。
「……幸せ者だな、この二人は」
「そういうもの、なんですか?」
「冒険者には流れ者や、食い詰め者も多い。骸になったところで墓に入れるどころか、そのまま打ち棄てられる者もいる」
「勇者の方々はお優しいですよね。こうしてみんなでお金出しあって、弔ってくれるんですから」
蒼乃に応じたアイナの言葉を、マリーが穏やかな声で継ぐ。
凶報を聞いたのは、アンドラス湖から戻ってすぐだった。黎一たちが事後対応に追われる間、天叢と四方城は王都を駆けまわり他の級友たちからカンパを募ったらしい。そうして執り行った急場の葬儀の後にできたのが、この墓なのだそうだ。
(実感が湧かねえわ。こないだまで教室で笑ってたヤツが、もう墓の中なんて)
花を供えながら、思いを巡らせる。
東堂も藤波も、もういない。別に大した付き合いがあったわけでもない。だがこの世界では日常を形作っていたなにかが、いきなり欠け落ちることが当たり前なのだと実感させられた。
(分かってた……つもりなんだけどな)
たとえ勇者が圧倒的な力を持っていても、やっていることは命のやり取りだ。アイナもマリーの反応が淡白なのも、各々の立場から現実を目にしているからこそだろう。
その時、頬になにかが触れた。見ればフィーロが、頬をぺたぺたと触っている。
「れーいち、おこってる?」
「どうかな、よく分からない……」
「ね、そろそろ行こ? 天叢くんたち、もう行ってるだろうから」
蒼乃に応じてフィーロを抱き上げると、墓を後にする。
慰労の催しとはいえ、訃報の後に酒場で騒ぐのは気が引けた。だが天叢にそれを話したところ、あっさり受け流されたのだ。
『――賑やかなの、好きな二人だったから。湿っぽくなってたら悪いよ』
天叢の、無理やり笑った顔が思い起こされる。
墓を見るまではなかった何かが、胸の奥に圧し掛かっている。そんな気がした。
(もし純然魔力が今の世界にあったら、こんなこともなくなるのか?)
未だ頬を触ってくるフィーロを見て、ふと思う。
もし父が生きた焉古時代が、無限の魔力に満ちていたのであれば――。
そこは、貧困も差別も存在しない世界だったのではないだろうか。
(いや、余計なことを考えるのはよそう。ないものねだりしたって、しゃあない)
今は、元の世界に帰る方法を探す。
それが自分のためのみならず、級友たちのためにもなるはずだ。
(元の世界に帰るまで……自分で守れる範囲は、自分で守る。それでいいじゃねえか)
そこまで考えた時。
不意に、マリーがひょっこり先頭に立った。
「さあっ、お待ちかねのご飯ですよ~! 執務室で話したことは厳秘ですから、その辺よろしくですっ! あと黎一さんの能力のことも!」
「分かってますよ……。っていうか、なんでさっき能力のこと黙ってたんです?」
ジト目で噛みつく蒼乃に、マリーは幼顔を綻ばせる。
「今はまだ、そのほうがいいと思ったんです。レイイチさんたちが来てから色々なことが……世界が、動き出してる気がしてますから」
悟ったような笑顔でじっと見つめられ、思わず顔を背けた。
だがマリーは気にもせず、自らの頬に両手を当てる。
「それにほらぁ、秘密の共有というか? こういうのって燃えるじゃないですかぁ~」
「ちょっ……別にマリーさんだけじゃないでしょ。私は前から……」
「やれやれ、私は除け者のようだな」
「い、いえ、別にそういうわけじゃ……」
わざとらしくため息をついてみせるアイナに、しどろもどろになる蒼乃。
その様を眺めて、フィーロが笑う。
(そうだ。今はここが……俺の手が届く距離だ)
やれることを、守れるものを、ひとつずつ。
女だらけなのは、もう少しなんとかなってほしいが――。
「……あら。秘密はそれだけじゃないですよ~?」
マリーの一言が、浸っていた気分に影を生む。
それに呼応するかのように、蒼乃がいるあたりの魔力が渦巻いた気がした。
「は……?」
「そっかぁ、アオノさんとはぐれてた時でしたからねぇ~。あの時、雨が降りしきる塔の水路で……レイイチさんったら、わたしの……」
轟、と空が鳴る。午後の陽射しに照らされた穏やかな墓地に、嵐の前触れと言わんばかりの風が吹き始めた。
縋るようにアイナへと視線を送ってみるが、無言で首を振るのみである。まるで「私が殿やってる間にイチャついてたんだろうが」とでも言いたげな表情だ。
(……まずいっ!)
「フィロ。ちょっと走るぞ」
「んんぅ! よし! れーいちごう、はっしん!」
フィーロの声とともに、後ろを振り向かず走り出す。
「あっ、待てっ! 一体なにしたのよアンタっ!」
「アオノさ~ん、知らなくてもいいことってありますよ~?」
「おやおや、元気なものだな」
(火に油を注ぐんじゃねええっ!)
後方の三人に毒づく暇もなく、黎一は宿屋への道を駆け抜ける。
フィーロのはしゃぐ声が、雲が湧き立つ夏の空に響いていた。
二章完結です。
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