転ずるは嵐
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屋上から見える曇り空を、白き雷光を纏った蒼乃が飛翔する。フィーロを背負ったまま、一気に大水蛇へと迫った。
『現れたな、売女ッ!』
巨大な蛇が吼える。呼応するかのように、周囲に無数の氷塊が現れた。
風の魔力を内包した水のドームを喰らったことで、氷も操れるようになったらしい。
(ここでとっ掴まったら終わりだ!)
黎一は剣に風を纏わせて、大水蛇へと走る。
「アイナさん! マリーさんを頼みます!」
アイナは意図を察したのか、無言でマリーの護衛へと回った。
そうする間にも、蒼乃は氷塊を砕きながら大水蛇へと突進している。しかし行く手を阻む氷塊の数も、見る見るうちに増えていた。
その時――。蒼乃の周囲に、見覚えのある光が包み込む。
(……フィロか⁉)
本来なら周囲の魔力すべてを消す光は、氷塊だけを器用に破壊していく。
煌めく氷片に光が反射する中を、蒼乃が飛んだ。
大水蛇までの目測、あと三メートル。
『小癪、なあああッ!!』
大水蛇の顎が、蒼乃を飲み込まんと動く。
だが黎一は、すでに蛇の巨体の真下にいた。諸手に持った愛剣を、振りかぶる。
「おおおおおおッ!!」
図らずも出た雄叫びの瞬間、力が漲った。
感覚は、”お焦げちゃん”がもたらす身体強化のものだ。しかし今感じられる力は、さらに強い。
そのありったけを込めて、大水蛇の身体目がけて剣を振り下ろした。
『ガッ……アアアアアッ⁉』
鱗が飛び、血が重吹く。黎一の繰り出した斬撃は、蛇の巨体の一角を深々と薙ぎ斬った。
蒼乃が大水蛇に届くまで、あと二メートル。
(普段の、威力じゃねえ……!)
驚いていると、愛剣がちりっと震える。
『ヘッ! ひとつ上の剣になったオレ様の力を見ろい!』
(お前、いつの間に⁉)
『あのガキンチョのおかげだ! アステリオめ、味なマネしやがるっ!』
脳裏に濁声が響く中、刃を返して二撃目を見舞う。
振るった焦げ色の剣は、伝説の存在に迫る力を持つのだろう大水蛇の身体を、易々と斬り裂いた。ふたたび、苦悶の絶叫があがる。
蒼乃が大水蛇に届くまで、あと一メートル。
(よし……いけっ!)
蒼乃が蛇の頭に――手を、ついた。
「勇紋権能……裏面創返ッ!!」
蒼乃の声が響く。
刹那の間を置いて、大水蛇の身体を彩る水模様が消えた。
『バ、バカなッ⁉ 力が……消える……』
大水蛇が、攻撃することもせずに悶えはじめる。
その間に、蒼乃は黎一の隣へと降り立っていた。アイナとマリーも、黎一の近くに走り寄ってくる。
「うまく、いったんですか?」
「能力は間違いなく使えましたよ。けど……」
『いいんだよ、あれで』
マリーと蒼乃のやりとりを遮ったのは、ふわりと現れたアステリオだった。
『よくやってくれたね。姉さんはもう、水たちの加護を得ることはできない』
(だろうな。今のあいつは……風の属性なんだから)
裏面創返――。アステリオから託された能力で、手を触れた相手の守護属性を、一時的に能力を使った者の属性に上書きできる。
大水蛇は御座もとい迷宮の力で吸い上げた湖の力によって、無限に等しい魔力を持つ。その加護を断ち斬る手段としてアステリオが提示したのが、能力による守護属性の変更だったのだ。
(手を触れなきゃいけないってのが鬼門だったが……なんとかなったな)
黎一が守護属性をもたない以上、特攻は蒼乃に任せる他なかった。
切札の蒼乃とフィーロは、先の騒動でアイナが手に入れた焉古装具である、”隠霧護符”で姿を隠す。
その間に水のドームを氷漬けにして、迷宮からの魔力供給を一時的に封じる。
大水蛇の巨大化は想定外だったものの、フィーロとダイダロスのおかげで、どうにか押し通すことができた――。
『我が、同胞たちが……。積み上げた力が……』
大水蛇の身体からは、水塊とも人魂ともつかぬものがとめどなく溢れていた。のたうち回る身体が、少しずつ小さくなっていく。
黎一の斬撃による傷も、癒える様子はない。すでに戦える状態ではないだろう。
『さあ、仕上げだ。やることは……分かってるね?』
厳しい表情のアステリオの前に、フィーロが進み出る。
「おにーさん……」
「なあ、あんた。ほんとに……いいのか?」
フィーロの言葉を継ぐように問うと、アステリオは困ったような笑顔になった。
悲しげな、それでいてどこか吹っ切れた笑顔に見える。
『言ったろ? もうボクらがいていい時代じゃない』
「で……思い出話は?」
『ハハ、ちゃっかりしてるなあ。姉さんとの話の中で、大体話しちゃったけどね』
アステリオは呑気な口調で言うと、軽く左手を振るう。
すると黎一たちの身体が、泡とも光球ともつかぬものに包まれて、曇り空の中に浮かび始めた。
『まだネタがないわけじゃないけど……仕事が終わるまでお預けだよ』
アステリオの背後、ずいぶんと小さくなったアエリアの周りに陣が顕れる。
陣を織り成す模様は、先ほどドームの中にあったものと同じだ。しかし水を顕す青だったはずのそれは、今は風を顕す黄金に変わっている。
『認めぬ、認めぬぞ……! 永き時をさまよってきた我らの時を……我らの想いを……ッ!!』
その鱗に、煌めきはない。代わりに、嵐を纏うがごとき旋風が蛇の身体を包みはじめる。
(ウソだろ⁉ 水の属性で作った紋を、風に適用させたのか……⁉)
『姉さん! もうやめろッ!』
アステリオが放った水の鎖が、嵐の蛇となったアエリアを縛めた。
が、属性の相性ゆえか、あっさりと打ち破られる。
『さア、ヒめサ……ま……! どウか……みクラ……へっ!』
風を纏った大嵐蛇が、宙を漂う黎一たちへと躍動した――。
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