哀しみの御座
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青き水の上天を背にして、ヒトガタが殺到する。今や塔の屋上は、ヒトガタたちで半ばまでが埋まっていた。
『忌々しき血に、裁きをッ!』
『止めてくれ、姉さんッ!』
吼えた大水蛇の口から放たれた瀑布のごとき水の奔流を、アステリオが掌をかざして受け止める。
黎一たちは前へは出ず、フィーロを囲むように陣を組んだ。最前列が黎一、脇に蒼乃とアイナ、フィーロの後ろにマリーが並ぶ形だ。
「勇紋権能、万霊祠堂……風巧結界!」
「風に漂う小さき友よ、その身を棘とし軛となれ! 微風封罠ッ!」
風を顕す黄金の魔力と、蒼乃がばら撒いた無数の風弾が重なった。黄金の領域に触れた瞬間、ヒトガタたちの速さが鈍る。かと思うと、ひとまわり大きくなった風弾に突っ込み動きを止めた。
「いっ……けえっ!」
「――銀月・黄牙」
黎一の風刃と、アイナが腰だめの構えから放った黄金の剣風が、動きの止まったヒトガタを薙ぎ払う。
「地の底に在りし英霊よ、猛々しき息吹を大地に放て! 地霊息破ッ!」
姿を消してすり抜けて来たヒトガタたちもまた、マリーが放った地の魔法に意図を阻まれ、同じ運命を辿った。地は風に強い。風の領域の中でも、威力を弱めることはない。
だがその間にも、新たなヒトガタたちが無数に水のドームから湧き出てくる。
(えいくそっ! 無限湧きなんてゲームの中だけにしやがれ! これじゃ大水蛇に近づけ……)
めくるめく思考を、中央にいる大水蛇の咆哮が遮った。
魔律慧眼で見ると、風の領域がたちまち群青へと染まっていくのが分かる。
「げ、っ……!」
「ちょっとなに⁉ 変な声出さないでよ!」
「場の魔力を置き換えられてるッ!」
「うっそ⁉ 大水蛇も⁉」
蒼乃が、表情を硬くする。
思い起こせばアエリアが召喚したであろう鉄紺巨蟹も、場の魔力を制御する結界を使ったのだ。主であるアエリアが同じ手を使えるのは、当然と言えば当然である。しかし場を染め上げる速さは、鉄紺巨蟹のそれをはるかに凌駕していた。
(威勢よく挑んだはいいが! キリがねえな!)
ふたたび風巧結界を繰り出した後、魔律慧眼で周囲を観察する。
ヒトガタたちは蒼乃やアイナが倒す側から、変わらぬ勢いで水のドームから生まれ出てきていた。大水蛇もまた水のドームに身体を預けながら咆哮を繰り返し、隙を見つけては水流を放ってくる。
(場に対する干渉力も強すぎる……。地精王獣と同じか、それ以上だ! 六天魔獣を超えるほどの魔力が、大水蛇にあるはずないのに……ん?)
ふと、巡らせた視線が上天を覆う水のドームで止まった。水のドームは依然として輝きながら、屋上の金属質な床に水模様を生んでいる。
(まさか御座ってのは……屋上じゃねえのか⁉)
遺跡が変容してからの景色が思い起こされた。
湖水を汲み上げる水車、水を階層に流す水路、澱んだ黒い水が流れ落ちる滝――。
それらひとつひとつが繋がり、脳裏にひとつの仮説を生む。
『……さすが、察しがいいね。ソウマが自慢するだけはあるな』
我が意を得たりとばかりに声をかけてきたのは、ふわりと隣に表れたアステリオだった。
「あんた、なにを……⁉」
『いや、いつだったかのソウマの親バカぶりを思い出したのさ。うちの子は頭の回転が速いんだ、ってね』
「……こんな時に、下らないこと言わないでくださいよッ! で、本当なんですか?」
『ああ、察しの通りだよ』
幾度目かの水流を、アステリオは右の掌だけでそれを受け止めた。吹き散った水飛沫を、蒼乃が張る風の結界が散らす。
『御座ってのは屋上だけじゃない。姉さんが造り上げたこの迷宮すべてが……御座そのものなのさ』
アステリオが語る間も、新たなヒトガタたちが襲いかかってくる。
アイナの剣撃と蒼乃が放つ竜巻が、ヒトガタたちを薙ぎ散らした。マリーは風の結界を邪魔しないためか、補助と回復に専念している。
『湖の水とともに、魔力と同胞の思念を汲み上げる。あふれる怨嗟を、澱んだ滝として流す。清らかなる水のみを上天へと運び、来たる希望を運び奉る。……姫様の力を感じ取った姉さんが、この湖の水の魔力から創ったんだ。おかげでボクも、恩恵にあやかれているけどね』
「だからいきなり湖の魔力が枯渇したのか……。じゃあ、この騒動も全部……」
『姫様をお迎えに上がる前準備、ってところかな。まあ姉さんも、姫様から来てくれるとは思ってなかっただろうけど』
水のドームからは、ついに黒い淡水蛇までもが姿を現した。
蒼乃が吹雪の檻によって、その動きを縛める。だが水流を幾筋も放たれれば、ひとたまりもないだろう。
「ちょっと、ヤバいの出て来たよ⁉ そろそろジリ貧なんですけどッ!」
『まあそんなわけで、だ……。この迷宮そのものをどうにかしないと、姉さんは止められない。今の姫様の御力だけだと、ちょっと無理だろうね』
せっつく蒼乃の声には取り合わず、アステリオはおどけるように言う。
背後のフィーロがしゅんとしているが、今は構っている場合ではない。
『キミならできる……。そう思って、ここまで連れて来たんだけど?』
「どうやって……!」
『とぼけなくても感じるよ……彼女の能力を。持ってるんだろ?』
「……ッ!!」
見透かすようなアステリオの視線に、ひとつの解が生まれる。
それは、初めての迷宮で出会った存在。地の底であった女傑。父の名を、最初に出した存在。
たしかに彼女の力は、黎一の中に息づいている。
『その様子だと、一度は使ったみたいだね。キミが聡明でよかったよ。だが今は、出し惜しみしてる場合じゃない。……ボクの能力もあげよう』
そう言ってアステリオは、黎一の額に手を当てた。
意識に広がった祠堂、その中に在る石碑のひとつに、光が灯る。
「この能力は……」
『組み立て方は任せるよ、ソウマの子よ』
目の前にひしめく魔物の群れ。その中心に鎮座する大水蛇。与えられた能力の力。
――ひとつの手番が、黎一の頭に浮かぶ。
(やって、やれなくはねえか……!)
剣魔法による弾幕を張りながら、右隣で魔法を撃ち続ける蒼乃に視線を向けた。
「おい、蒼乃……手、出せ」
「へ、っ⁉ なんでこんな時に……」
文句を言いながらも左手を差し出す蒼乃の手を、しっかり握った。
温もりを感じながら、蒼乃に与える能力を入れ替える。
「これ、って……!」
「このままじゃジリ貧だ。あの能力を遣う。だからその前に……やること、分かるな?」
「ちょっ……こんなの無理だよっ!」
「今、それができるのはお前だけだ。頼む」
蒼乃はしばし口を引き結んでいたが、やがてこくりと頷く。
それを見た黎一は、アイナとマリー、フィーロにちらと視線を巡らせる。
「蒼乃を、大水蛇のところまで行かせたいんです。……フィロ。もう一度、ルナと一緒に行ってくれ。できるか?」
「うん! もう、なかなおりしたもん!」
にぱっと笑うフィーロの頭を、空いた左手でわしわしと撫でる。
するとアステリオが、すっとフィーロの側に傅いた。
『……今は敢えて、フィーロと呼ぼう。その御力を、黒き剣に』
フィーロはぽかんとした顔をしていたが、ややあって手をポン、と打つ。
『れーいち。おこげちゃん、ちょっとだけさわらせて』
「ん? ああ……」
剣魔法を放ち終えた愛剣の柄をフィーロに向けてやる。
するとフィーロは、柄頭のところをひょいと触った。
「ずびび」
次の瞬間――。
『……んおほお、おぅおおッ⁉』
「おおうおぅ⁉」
脳裏に、官能的な濁声が響き渡った。
それに釣られて、黎一の口からも変な声が出る。
『てめえアステリオッ! いきなり変なことさせんじゃねえッ!!』
「おいお前、いきなり変な声出すんじゃねえよっ!」
『仕方ねえだろいきなりケツ穴に指突っ込まれたようなもんだぞっ!』
『……やっぱりか。相変わらず面白いもの作るね、ダイダロス』
ダイダロスの声で成功を悟ったのか、アステリオはけらけらと笑っている。
その反面、周囲の女性陣からは冷ややかの雰囲気が伝わってきた。数多の刃物が突き立つような感覚が、たまらなく痛い。
『さ、やれることはやった。行こうか、ソウマの子よ』
「クソッタレ、あとで覚えてろよ……!」
軽い調子のアステリオを尻目に、黎一は大水蛇へと視線を向けた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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