表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第二章 俺と彼女が、少女のカタチに気づくまで
67/260

仲直り【月】

お読みいただき、ありがとうございます!

 ――黎一たちが、下層で死闘を繰り広げている頃。

 蒼乃月は、滝を抜けた先にあった水場のほとりで盛大に咳き込んでいた。


「ッゴホッケホッ! ああ~っ……死ぬかと思った……」


 魔物からフィーロを奪い返したまではよかった。しかし上層から落ちる水流が滝のごとき勢いになって、二人を飲み込んだのだ。

 風の結界のおかげで、窒息は免れた。だが足場が見えた段階で気が緩み、結界が解けてしまい――。

 なんとかフィーロを抱えて岸までたどり着き、這い上がっての今である。


(もう少し早く結界が解けてたら、マジで死んでたわ……)


 ようやく咳が落ち着いた時、隣から可愛いくしゃみが聞こえた。

 ふと見れば、ずぶ濡れのフィーロが不安そうな顔で月を見つめていた。外傷はなさそうだが、魔物に攫われ水に浸りで疲れたのか、表情はやや疲れている。


「フィロちゃん、大丈夫?」


 フィーロはしばし月の顔を見ていたが、やがてこくりと頷く。

 月は微笑んで、懐から細管癒水薬(スリム・ヒールエキス)を取り出した。これが最後の一本だ。


「はい、これ飲んで。あと、髪乾かさないとね」


「……るなは?」


「私は平気。ほら、飲んで」


 フィーロはバツが悪そうにしながらも、細い管に満ちた液体に口をつける。

 その姿を見て安堵しながら、周囲に温風を巻き起こした。心地よい暖気を帯びた風が、フィーロと月の濡れた黒髪を揺らす。


(……万霊祠堂(ミュゼアム)さまさまね)


 平気と言ったのは痩せ我慢ではない。万霊祠堂(ミュゼアム)で与えられた活性快体(ヴァイタライズ)のおかげだ。マリーにいくつかの能力(スキル)付与を実演してみせた際、たまたま最後に選んでいたのだった。


(ほんっといい能力(スキル)ね、これ。黎一(あいつ)が気に入るわけだわ)


 こうしている間にも、身体の疲労が回復していくのが分かる。体感では魔法力がやや心許ないが、活性快体(ヴァイタライズ)は魔法力を徐々に回復していく効果もあった。

 温風魔法の消耗は微々たるものだ。服と髪が乾く頃には、全快に近い状態まで持っていけるだろう。


(今、どのあたりだろ。鉄紺巨蟹(カニ)と戦ったのが二層で、水に飲まれたところのさらに上層(うえ)だから……今は四層とか?)


 フィーロの髪を手櫛で()かしながら、あたりを見回す。

 今いる場所は、崩れた階段の淵にある水場だった。周囲の金属質な壁や天井からは、小さな滝が流れている。妙に黒ずんだ水を見ると、異変をもたらしたのも頷ける気がした。


勇者(ブレイヴ)の力は消えてない。このくらいなら、離れても問題ないわけね)


 左手の甲にある紋様を確かめて、ひとまず安堵する。

 いつも感じる相方の気配を魔力追跡(マナ・チェイス)で探ると、まだ下層にいるようだった。なにせ竜人の肝煎りであろう罠だ。下の状況は分からないが、すぐに合流できるとも思えない。


(でもなあ、ここにいたらジリ貧だし)


 見える範囲で魔物の気配はない。だが後ろは水場、フィーロもいる。

 この状況で魔物に襲われればどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。


(少しでも前に進む……。黎一(あいつ)なら、そうする)


 程よく乾いた髪を指で跳ねて、立ち上がる。


「フィロちゃん、行こう」



 *  *  *  *



 階段を抜けた先は三層と同じく、広々としたドームになっていた。

 違うのはくるぶしほどになった水位と、水場と同じく黒ずんだ水だ。蜘蛛の巣のごとく入り組んだ金属製の足場には、月たちが出てきた入口と同じものが各所に四つある。


(どこが正解……ってわけでもないか。下層(した)にあった滝の数と同じだし、全部さっきの水場と一緒ね。じゃあ、上層(うえ)へはどうやって……?)


 視線を巡らせると、階層の足場が中央へと集約していることに気づいた。よく見ると中央の足場の付近だけ、景色がわずかに揺らめていてる。


(あそこ、ね)


 口の端だけで笑うと、傍らにいるフィーロへと視線を移す。


「フィロちゃん、あの真ん中のところまで行こ。歩ける?」


「……るな」


「ん、なあに?」


 優しい口調で言うと、フィーロはやや口ごもっていた。

 だがすぐに意を決したように口を開く。


「なんでフィロのこと、おこらないの?」


「へ? なんで、って……」


「フィロ、るなにひどいことたくさんいった。ずっとるなのこと……」


 月は微笑むと、しゃがんでフィーロと目線を合わせた。


「私もフィロちゃんに酷いこと言ったから。だから、おあいこ」


 フィーロの髪を優しく撫でながら、言葉を続ける。


「二人で一緒に謝ろ? それで、仲直り」


「なかなおり……?」


「うん、大事なこと。……フィロちゃん。お父さんとお母さんのこと、考えなくてごめんね」


「……だいきらい、っていって、ごめんなさい。ずっとおこってて、ごめんなさい」


「はい。じゃ、これで仲直り」


 言うと、フィーロはにぱっと笑う。久々に見る笑顔だった。

 えへへと言って抱き着いてくる小さな身体を、優しく抱きしめる。


「大丈夫。フィロちゃんは……」


 続く言葉を、水飛沫の音が遮った。

 見れば魚の鱗とヒレを備えた人型の魔物が、次々と足場へと這い上がってくる。三又槍(トライデント)を両手で構えているあたり、どう見ても友好的ではない。

 ――半魚人(サハギン)、というやつだろう。見えるだけでも、十体はいる。


「まったく。なんでこうも……空気読めないかなあっ!」


 怒気とともに放った風弾が、群れの先頭にいる半魚人(サハギン)の頭を打ち砕いた。

 それを皮切りに、半魚人(サハギン)の群れが一斉に突っ込んでくる。


「フィロちゃん! 離れちゃダメだよ!」


 フィロが背後に隠れるのを見届けて、月は青い群れに向けて短杖(ワンド)を構えた。


「風、我が意に従い仇なす者を刻め! 旋風刻刃(ウィンド・ラッシュ)ッ!」


 意識した場所につむじ風を起こし、複数の対象を巻き込む攻撃魔法である。

 渦巻く風が刃となり、数体の半魚人(サハギン)の身体を斬り飛ばした。しかしその後ろから新たな数体が這い上がり、勢いは止まらない。


(ええい、もうっ!)


「空を漂う風竜よ! 貪り食らえ、我が敵をっ! 風竜顎咬(トルネード・ファング)ッ!」


 ――魔法を組み立てる際、言葉選びは重要だ。

 月の場合、言葉の重さを意識していた。微風(ブリーズ)(ウインド)竜巻(トルネード)……といった順で意識することで、効果や威力を分けるとともに、要らぬ消耗を防いでいる。


(どっかの黎一(だれか)みたいに、無尽蔵でぶっ放せればいいんだけどねっ!)


 短杖(ワンド)の先端から放たれた竜巻が、足場を殺到した半魚人(サハギン)たちを襲った。ひしゃげる者、部位を飛ばされる者。それらすべてを盾にして、魔物の群れはなおも迫り来る。


(数、多すぎだっての! 魔力(マナ)、保つかな……!)


 気後れか、魔力(マナ)の枯渇か。若干の目まいを覚えた、その時――。

 すぐ真横の水面から、数体の淡水蛇(アクア・サーペント)が鎌首をもたげた。開いた口から、濁った水流が月へと放たれる。


(うっそ⁉ 間にあわ……)


 怒涛の勢いで押し寄せた水流は、月の目前で光の粒となって消えた。

 見れば後ろから、掌をかざしたフィーロが歩み出てくる。


「……やめて」


 静かな声に、すべての魔物たちの動きが止まる。

 月はその隙に、ジャケットの中から煌めく青い液体が入った細管を取り出した。

 ――細管魔力水薬(スリム・マナエキス)

 魔力(マナ)を回復する魔力(マナ)水薬(ポーション)を煮詰めて、細い瓶に詰めた代物だ。細管癒水薬(スリム・ヒールエキス)に輪をかけた値段なので使わずに済ませたかったが、背に腹は代えられない。


「フィロ、おねえさんとなかなおりしにいくの。だから、とおして」


『ナラバ、ヒメノミデ』


『カトウナモノハ、フサワシクナシ』


 半魚人(サハギン)淡水蛇(アクア・サーペント)たちから、くぐもった声が響く。


(フィロちゃん……魔物と話ができるの? そもそもこいつら、本当に魔物?)


 月の疑問をよそに、フィーロはさらに口を開いた。


「けんかはね……いけないんだよ」


『ヒメサマ、ドウカミクラニ』


『カトウナモノハ……ワレラガッ!!』


 いきり立ったように突っ込んできた淡水蛇(アクア・サーペント)の一体が、衝撃を伴った光に包まれて消える。


「でも、みんなをいじめるなら……フィロ、あなたたちとけんかするっ!」


 さらに光が瞬き、近くにいた淡水蛇(アクア・サーペント)のことごとくが吹き飛んだ。

 それを合図に、月は諸手に持った短杖(ワンド)で印を切る。


「……雲に御座(おわ)す風帝よ! 玉衣を纏いて舞い踊れ! 風帝嵐招(ストーム・シーカー)ッ!!」


 風が荒ぶ。帷のごとき雲が降りる。産まれた雷が、あまねく敵を打ちのめす。

 嵐が止んだその後には――何も、残っていなかった。

 空から、棒状のなにかが降ってくる。受け止めてみると、一本の短杖(ワンド)だ。


焉古装具(アーティファクト)、ってヤツね)


 先端に群青色の宝珠を飾りつけた錆鼠色のそれを見て、即座に断じる。

 焉古時代(レリック・エイジ)に作られた遺物の総称だ。当時の技術の粋を以て作られた品々は、今の異世界で手に入る武具の性能をはるかに凌駕する。


「るな、いこう。おねえさんとも、なかなおりしなきゃ」


「……うん、行こう」


 手に入れた短杖(ワンド)を左の腰に下げた月は、フィーロと笑顔を向け合った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ