道なき道
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黎一たちがいる足場の周りは、はやウナギに似た黒い水蛇たちに囲まれていた。
目の前にいる黒い水蛇に、風を纏った愛剣を振るう。
「んなろっ……!」
群青の水面に、黎一が斬り斃した黒い水蛇が沈んでいく。しかしそのそばから、新たな水蛇が姿を現した。
(クソッ、たれぇっ!)
自ら放った風刃を後追いの風刃に食わせ、巨大な鏃と成して水蛇の群れへと放つ。黄金の鏃は中空に弧を描き、数体の水蛇を水に沈めた。
「――潰天」
「地精礫招ッ!」
上段から振るわれたアイナの剣と、マリーの放つ石礫が、近場にいた水蛇の一体を屠った。前方へと続く足場が、わずかながら手薄になる。
アイナの技を以てしても一撃必殺といかないのは、蒼乃がかけていた風の付与がないからだろう。
(よしっ、いける!)
「前だっ!」
同じことを考えたらしいアイナの声より早く、駆け出す。
ここで水蛇たちの相手をしていても埒が明かない。なにより、止まっている場合ではない。
「勇紋共鳴……魔力追跡!」
意識を、感覚で知っている蒼乃の魔力へと向ける。
ぽつりとした輝きが、脳裏に浮かんだ。感じるのはドーム状になった階層の、さらに上だ。
(魔力を感じる……! ってことは蒼乃は生きてる!)
心が、少しだけ緩んだ気がした。
しかし次の瞬間、別の感情が押し寄せる。
(なんで蒼乃のことになると、こうなるんだ……?)
知らない感覚。感じたことのない感覚。
心が熱を持ち、痛くなる。不快ではあるが、嫌ではない――。
「……レイイチさん、あれっ!」
マリーの声で、ハッと我に返る。
指し示された先は階層の端、これまでの構造では上層への階段があった場所だった。しかしこの階層は壁が溶け合わさったようになっており、階段は影も形もない。
「げえっ……!」
「アオノ殿はっ⁉」
「まだ生きてはいます! けどやっぱり、ここの上層に出たみたいですっ!」
走りながら問うてくるアイナに、息を切らせながら応じる。
後ろからは、黒い水蛇たちがわらわらと迫ってきていた。このまま壁際に追い詰められれば、逃げ場はない。
「えい、クソッ……! いけえっ!」
中空に浮かべた氷刃を連ねて、暗く濁った水へと導く。突き立った冷気はたちどころに水面を凍らせ、黒い水蛇たちの動きを阻む。
まるっきり時間稼ぎの体だが、今は少しでも考える時間が欲しい。
(あんの幽霊女……! 意地でも俺らをここで仕留める気かっ!)
すべてを蹴散らして、ふたたび先ほどの滝ができるのを待つか――。
そこまで思い至ったところで、手にした愛剣がちりっと震えた。
『……ッハアアアアッ!』
「うおぅ⁉」
例によっていきなり聞こえてきた濁声に、思わず叫ぶ。
アイナはなにかを察した顔で、マリーは驚いた顔で黎一を見つめている。
『ようやく喋れるようになったぜ……。ったく、なんでテメエは毎度、面倒なヤツに突っ込みやがるんだ! ナニを突っ込むなら近くに手頃なのがいるだろうがっ!』
「黙れ黒マラッ! あいつは一体……って、そんなことは後でいい! あの蛇どもぶっ潰すから力貸せっ!」
『ああん? 小賢しいこと言うわりに脳みそ筋肉でできてんのか? んなことしなくたって道はあるだろうが』
「どこにあるんだ、んなもん!」
『カカカッ、ハナっから見えるなんて言ってねえよ。道がねえなら作ればいい、ってことよ』
視界の隅では、マリーがそそっとアイナに寄ってなにやら話している。
剣の意思だと教えてられているのだろうが、可哀想なものを見るマリーの視線がなんともいただけない。
『焉古時代の遺跡を迷宮にしたまではよかったがな……力を御しきれてねえ。集まった魔力のデカさと、自分や手下の感情に振り回されてやがる』
「それでもこれかよ……? で、どうすりゃいい」
『試しに剣に色纏わして、そこらへんの壁を斬ってみな。そうすりゃ意味が分かるだろう』
言われるがままに風を顕す黄金を刀身に纏い、手近な壁を斬りつける。
すると、刀身がずぶりと壁の中に吸い込まれた。本来ならあるはずの、硬く弾いてくる感触もない。
「なっ……⁉」
『言ったろ? 想起物質化、って言うんだが……そいつがうまくいってねえのよ。魔力をかき乱してやれば、簡単にブチ抜ける。ま、それなりの量の魔力は必要だがなあ?』
ふたたび、壁を見る。斬ったはずの壁はすでに塞がっていた。
不完全であるとはいえ、一気に消し飛ばさなければこうなるのだろう。
(魔力追跡で刃をまとめて叩き込むか? それとも風巧結界から、魔力喰鬼……? いや、剣がこう言ってるってことは、それだけじゃ足りないってことだ。)
マリーは守護属性ゆえか、風の攻撃魔法は得手ではない。アイナは魔力を持たない体質なので、魔法を引き合いに出す時点で対象外だ。
蒼乃がいれば、風の魔法をばら撒いてもらった後に魔力喰鬼で吸収して叩き込む、といった手も使える。だがいかんせん、肝心の蒼乃がいない。
(一瞬でもいい、魔力を増幅してやれば……)
ふと、先の騒動での記憶が蘇る。
苦い記憶だった。あんな思いをするのは、もう二度と御免だ。だがそこで見えたものが、今は突破口になる。そんな気がした。
背後を見れば、黒蛇たちを縛める氷の水面ははやくもひび入っている。あまり時間はない。
(……やってみる、価値はあるか)
「勇紋共鳴、魔力追跡。……いけっ!」
いつもの要領で、風の刃を五つ生みだす。刀身から飛び立った黄金の刃は黎一の意志に従い、壁に沿って並んだ。それぞれを繋ぐと、ちょうど五芒の形になる。
(よし、形を維持してくれた。これで……いい!)
「万霊祠堂、風巧結界ッ!」
周囲に、風が巻き起こる。能力を魔律慧眼に戻して見てみると、群青の中に生まれた黄金の光は、いつもよりもひときわ強い輝きを放っている。その中心には、風刃で描いた五芒星が在った。
『ほっほぉ……やるじゃねえか。そういうのでいいんだよ、そういうので』
(うるせえ)
濁声に心の中で応じつつ、次の手番を思い描く。
五芒の陣で、魔法を強化する――。以前に騒動を起こした級友たちが、黎一を陥れる際に用いた手である。
(まさか、あいつらの真似事することになるとはな)
かつてこの手段で引き起こされた崩落によって、黎一と蒼乃は迷宮の最下層まで直行する羽目になったのだ。ちなみに級友たちが陣の作成に用いたのは魔法の道具だったが、今回は剣魔法で応用している。
「万霊祠堂、魔力喰鬼!」
五芒の風に増幅された風の魔力が刀身に集まってくるのが、はっきりと分かった。剣を引き絞るように構え、突きの型を作る。雷光すら迸らせる切先を、五芒の中心へと向けた。
「……いっけえっ!」
突き出す。
黄金の聖剣のごとき風刃は、狙い違わず五芒の中心点へと着弾した。五芒が強く輝く。風刃が、一瞬だけさらに大きさを増した。
――景色が、揺らぐ。
「……これほどとは、な」
アイナの声が聞こえる中、青い金属質の壁が書き割りを破いたように崩れ落ちていく。その後の視界に広がるのは、一面の荒天。吹き込んでくる風と雨粒が、頬を撫でる。
「す、すごい……。ほんとに壁、崩しちゃった……」
マリーの声を背に聞きながら、崩れた壁から顔を出した。
壁際からは、鉄の水路が伸びている。大人ふたりが並んで通れそうな幅だ。どうやら階層の水は、水路を経て外に流れ出していたらしい。
『よおし、よくやった。あとは空飛ぶなり、飛んで跳ねるなり好きにしな』
(適当言いやがって……!)
しかし上層には、この道と呼べるかすら怪しい道を往くしかない。
アイナはすまし顔だが、マリーは外の荒天も相まって青ざめた顔をしている。
(道なき道、か。まあ……へたれ勇者の度胸試しにはちょうどいい、か?)
不思議と、笑みがこぼれた。
へたれ勇者と呼ばわった者の魔力は、未だ上層に感じる。
(死ぬなよ、蒼乃……!)
「水、我らを包みて、禍為す想いを弾け! 泡盾想起!」
マリーの魔法が生んだ泡が、黎一たちひとりひとりを包む。どうやら、水上や水中の移動を補助する魔法らしい。
黎一たちは泡の中で頷きあうと、水路の上を滑るように進み始めた。
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