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ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第二章 俺と彼女が、少女のカタチに気づくまで
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拐かす瀑布

お読みいただき、ありがとうございます!

※タイトルの読みは「かどわかす ばくふ」です。

 青に染まった遺跡に、鉄紺巨蟹(カルキノス)の断末魔が響く。両のハサミが力なく垂れ、動かなくなった巨体が光となった。すべてが消えるまで、数瞬とかからない。

 巨体があった向こう側には、上層へと続く階段が見える。先ほどいた層が地上だとすれば、今は二階くらいだろうか。


「終わった、かな?」


 水薬(ポーション)を飲む蒼乃の言葉に、黎一は魔律慧眼(カラーズ)であたりを見回した。アイナが腕を痛めたらしく、マリーに回復魔法をかけてもらっている。

 やかましかった水霊たちやアエリアの姿はない。鉄骨やらパイプやらが走る壁と、金属質な床を持つドーム状の部屋を、群青の魔力(マナ)が染め上げているのみだ。


(妙に呆気ねえな……。あれだけ、吠えてたのに……)


 訝しんでいると、視界の端からフィーロが寄ってくる。黎一の前で溜めを作ったかと思うと、全身で伸びあがるように跳ねて抱き着いてきた。


「れーいち、おつかれっ!」


「うお、っと……。そんな挨拶、どこで覚えた」


 一般的な幼児には、ありうべからざる身体能力である。遺跡に入ってから、疲れた、歩けない、などの泣き言は一度も言っていない。アエリアに向けて力を使った時はへばっていたのに、いつの間にかピンピンしている。

 これもまたアエリアの言うとおり、フィーロが彼女たちの王たる存在ゆえなのだろうか。


(もし、フィロがあいつらの同胞(なかま)だとして……フィーロは一体なんなんだ? それに恨まれる、父さんは……)


 思えばかつて地の底の遺跡で邂逅した六天魔獣(ゼクス・ベスティ)も、今回のアエリアも――。焉古時代(レリック・エイジ)の存在は皆、父である聡真を知っている。ある者は最愛の者と呼び、ある者は裏切り者と罵る。だがその父がなにを成したのかは、未だ闇に包まれたままだ。


(もし、父さんが焉古時代(レリック・エイジ)の存亡に関わるなにかをしたんなら……アエリアたちがああなったのは、父さんのせい? それじゃ、今この事態が起きてるのだって……いや、フィロの両親が死んだのも……)


 闇が、心に纏わりつく。頬をぺたぺたと触ってくるがフィーロの手の感触が、妙に遠く思える。

 ふと、なにかが脇腹をつついた。見ると短杖(ワンド)を突き出した蒼乃が、呆れた顔で立っている。


「ぐるぐる考えないの。進むよ」


 それだけ言うと、さっさと奥の階段へと進み始める。少し離れた位置で振り向くと、「ほら、早く」と言わんばかりの顔で見つめてくる。

 そうこうするうちに、回復を終えたアイナが近づいてきた。


「アオノ殿の言うとおりだ。ここで考えたところで、なにも分からん」


 さらりと言って、先へと進む蒼乃に続く。

 あとから来るマリーは少しの間もじもじとしていたが、すぐに黎一の顔を見つめてくる。


「あの、その……色々、言ってごめんなさい」


「あ、いや、別に……」


「王都に戻ったら、お父様のお名前で焉古時代(レリック・エイジ)の情報を調べてみましょ? なにか分かるかもしれませんから。だから、今は……」


「あっ、はい……」


 ため息の後、抱き着いているフィーロを下ろす。

 ここで止まっても、生まれるものはない。だが進んだところで、望むものが手に入るとも限らない。


(クソ……。なんだってんだよ、ったく……)


 黎一はふたたびため息を吐くと、階段に向けてゆっくりと歩き出した。



 *  *  *  *



 階段を昇った先も同じ風景かと思いきや、いくぶん趣向が違っていた。

 天井から流れ落ちる水を湛えた階層(フロア)に、金属でできた足場が不規則に走っている。壁の溝が発する光に照らされ煌めく様は、先ほどの地底湖に近い。しかし煌めく水面の奥に見える金属の湖底が、間違いなく迷宮(ダンジョン)の一部であることを物語っていた。


「水霊たちが出てこないな」


「小出しは無意味って分かったんですかね。こっちは楽できるからいいんですけど」


「でも、アエリアの周りにみっしりいたらどうするんですかぁ?」


「しばく。問答無用でしばく。本人ごとしばく」


「フフッ。さすが”百伐の対”の片割れは、言うことが違うな」


「アオノさん、ひょっとして売女(ばいた)呼ばわりされたの根に持ってます……?」


 アイナと蒼乃、マリーの会話を耳にしながら、黎一は殿(しんがり)を守って進む。

 後方からの不意打ちを警戒して、隊列を入れ替えた結果である。フィーロはというと、隊列の真ん中でマリーと手を繋ぎながら元気よく歩いている。


(アエリアに会ったら……どうする? (こいつ)が教えないことを、あいつは知っているのか?)


 父のこと、剣のこと、フィーロのこと――。

 考えても仕方ないとは分かりつつも、思考はとりとめもなく押し寄せる。


(もし、あいつが父さんの居場所を知っていたら……俺は、どうする?)


 もし会えたら、なんと言おう。いや、なにを聞こう。

 そこまで考えた時、ふと水影が陰った気がした。


(ん……?)


 魔律慧眼(カラーズ)で見ても周囲の魔力(マナ)は変わらぬ群青色だが、それだけだ。

 あたりを見回しても、変化はない――。


(……水が!)


 気のせいで片づけようとした違和感が、ふたたび蘇る。

 水の色が、違う。先ほどまで光を受けて煌めていた湖面が、いつのまにか深淵のごとき黒に染まっている。


「おい! なんかおか……」


 ――言いかけた瞬間。天井から落ちる水の量が、ひと際多くなった。

 すぐ脇の闇から、黒い水蛇が湧いて出る。ぱっと見はウナギに似た巨躯が、またたく間にフィーロの身体を飲み込んだ。そのまま水面を撥ねて、天井から流れる滝の中へと身をくねらせていく。


「フィロちゃん!」


(しまった……!)


 揺らいだ思考が、万霊祠堂(ミュゼアム)の呼び出しを一瞬遅らせる。今、選んでいる能力(スキル)魔律慧眼(カラーズ)だ。無足瞬動(ペネトレイト)は使えない。

 フィーロを飲み込んだ水蛇は水流の中を器用に昇り、はやくも階層の中空で身をくねらせている。


(風の結界なしでどこまで行ける……⁉ でも今は……)


「大気を彩る風精よっ! その身を以って我らを護れっ! 風精纏盾(シルフィ・シールド)ッ!」


 無足瞬動(ペネトレイト)に切り替える前に、蒼乃の声が響いた。

 前方から白い雷光が、一直線に空を翔けていく。その姿は中空でフィーロを飲み込んだ黒水蛇の影を捉え、立ちどころに斬り裂いた。


(よしっ!)


「……ヤナギ殿っ!」


 喜んだのも束の間。アイナの声に周囲を見てみると、すでに足場は水没しつつある。

 逃げ場はないかとあたりを見回した時、弾けるような音がした。見れば天井から落ちる水が瀑布のごとく、白い雷光を包み込んでいる。


「蒼乃ッ……死ぬなあッ!」


 声に呼応したのか、勇者紋(サイン)がまたたく。白い雷光は大きく輝き――だが、それだけだった。

 天井から落ちる水流が、止まる。白き雷光は、戻らない。

 水没しかけた足場に残された黎一たちの前には、黒い水蛇たちがたなびく煙のごとく鎌首をもたげていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

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