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ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第二章 俺と彼女が、少女のカタチに気づくまで
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鉄紺の守護者

お読みいただき、ありがとうございます!

 巨大なカニ――鉄紺巨蟹(カルキノス)は、八本の足で金属質の床を蹴立てて突進してきた。ハサミを入れたら四メートルはあろう巨体が進み来るさまは、正面から見ると鉄塊が飛んできている風にすら見える。群青の魔力(マナ)に染まった遺跡が、巨体の重さに震えた。


(カニのくせにすばしっこいな!)


万霊祠堂(ミュゼアム)風巧結界(デフト・ウィンド)ッ!」


 力を導く意志により、周囲の魔力(マナ)の比率を風に傾ける。


(アエリアが召喚した以上、鉄紺巨蟹(こいつ)も水の属性だ! とっとと弱ってもらう!)


『ゴヴォヴォヴォヴォァ!!』


 そんな黎一の目論見を見透かしたのか、鉄紺巨蟹(カルキノス)は足を止めると雄叫びとも鳴き声ともつかぬ音を立てた。

 一度は風を顕した周囲の魔力(マナ)が、ふたたび群青に染まっていく。


(あいつも結界を使った⁉)


「風、我が意に従い仇なす者を刻め! 旋風刻刃(ウィンド・ラッシュ)ッ!」


 気づかぬ蒼乃が放った旋風をものともせず、カニの巨体はなおも迫り来る。

 その前に、アイナが立った。


「――銀月(ぎんげつ)黄牙(こうが)


 アイナの横薙ぎに対し、鉄紺巨蟹(カルキノス)は右のハサミを盾にする。

 水蛇をあっさり斬り払った斬撃も、続けて飛ぶ黄金の弧も、鉄紺色の甲殻に傷ひとつつけられない。


「ちょっとッ! こいつ、全ッ然弱んないじゃないッ!」


 叫ぶ蒼乃に向けて、鉄紺巨蟹(カルキノス)が口から泡を吐き出した。ひとつひとつが三十センチほどはありそうな大きな泡が、蒼乃を無数に取り囲む。


「ちょ、なにこれ……」


 いつの間にか退路まで塞がれ、蒼乃の声に焦りが生まれる。

 泡は重なり合い、巨大な泡となって蒼乃を包みはじめた。包まれきったらどうなるかは気になるところだが、さすがに今試す必要はない。


(えいクソ、油断しやがって……!)


「風よ……いけえっ!」


「土塊に宿る妖精よ、汝のその身を礫とせん! 地精礫招(ロック・ショット)ッ!」


 黎一が繰り出した風刃と、後方にいたマリーが放った土礫によって、泡はあっさりと割れた。


「ご、ごめんっ! ありがと!」


 蒼乃は礼を言うと、フィーロとマリーを庇うためか後方へと下がる。

 その間に放たれた鉄紺巨蟹(カルキノス)の泡が、今度はアイナへと迫った。


「――剣舞、空蝉(うつせみ)


 銀光の檻が、泡のことごとくを薙ぎ散らす。アイナが繰り出した刃と、着地を狙った巨大なハサミがふたたび交差し、耳障りな音を立てる。

 どうやら泡が爆発したり、毒になったりといったことはないらしい。だが周囲の魔力(マナ)の分量変化に対応するうえ、行動に制限をかけてくる魔物は初めてだった。


(意外と頭脳派かよ! だったら……)


「俺が前衛(まえ)に出る!」


 一言叫んで、鉄紺巨蟹(カルキノス)へと走り出す。

 感情を宿さぬ巨大な目が黎一へと向けられたかと思うと、やはり口から泡を吐き出してきた。


万霊祠堂(ミュゼアム)……一心深観(ディープ・フォーカス)ッ!」


 鉄紺の巨体を凝視しながら、能力(スキル)を発動する。

 対象の動きから次の挙動を予測し、軌跡として予知することが可能になる能力(スキル)である。発動している間は視野が極端に狭まるが、一対一の戦いにおいて相手の動きを先読みできる恩恵は大きい。


「……っ、らあっ!」


 刀身に風を宿し、泡の軌道を示す残像を片っ端から散らした。一心深観(ディープ・フォーカス)による予知と勇者(ブレイヴ)の身体能力、愛剣である”お焦げちゃん”の身体強化があってこそ成し得る技だ。

 すると、足が止まったところに左のハサミが繰り出される予見(ビジョン)が見えた。その残像に合わせて、諸手に持った愛剣を振りかぶる。


『コォアッ!!』


「ん、なろうッ!!」


 金色に染まった刀身と鉄紺のハサミが、鐘の音に似た音とともに交錯する。

 刹那、身体が軋む。それを無視して、剣を振り抜いた。数メートルはあるだろうハサミが、大きく弾かれる。


(剛よく、柔を断つってなッ!)


 数瞬後に振りかぶられる軌跡を示す、右のハサミに狙いを定めた。

 先んじて、バッドのスイングの要領で斬撃を叩き込む。


『グォガアッ⁉』


 どこから出たのか、鉄紺巨蟹(カルキノス)の驚愕に満ちた叫びが遺跡に響く。

 左のハサミは、あさっての方向にねじ曲がったままだ。今、本体を護るものはない。


(よし、こじ開けたっ!)


「今だッ!」


 黎一の声に動いたのはアイナだった。

 蒼乃がかけ直したのだろう風の魔力(マナ)を宿った刃を、担ぐように構えた。切っ先が向くのは、護るものがないカニの口だ。


「――穿刻(せんこく)


 金色の竜巻に似た斬撃の渦が、カニの口を直撃した。渦が消えた後、鉄紺巨蟹(カルキノス)の口周りはズタズタに斬り裂かれている。


(あれなら泡は吐けねえだろ!)


開闢(かいびゃく)を待つ嘆きの地神よ、その涙を今ここに! 地神涙滴(ガイアズ・ティア)ッ!」


 続けざまに聞こえたマリーの声とともに、天井から巨大な岩が降った。どこからともなく表れた暴威が、カニの甲羅の頂上部を容赦なく押し潰す。八本の足が、圧に耐えられず折れ曲がった。岩が直撃した箇所は、無残にひび割れている。

 好機とばかりに、短杖(ワンド)を両手で握り込んだ蒼乃が走った。


斬空風刃(スラスティング・エア)……ッ!」


 短杖(ワンド)の先端に飾りつけられた宝玉から、白く渦巻く風刃が生まれる。

 それを見た鉄紺巨蟹(カルキノス)の両のハサミが、ふたたび動いた。右のハサミで口元を、ぎこちない動きの左のハサミでひしゃげた甲羅を護ろうとする。

 だが蒼乃は風の結界を纏って中空へ舞い、短杖(ワンド)を甲羅の割れた箇所へと向けた。


「……撃出(シュート)ッ!」


 蒼乃の声と、空気が弾ける音が重なる。

 撃ち出された白き風はまたたく間にハサミを掻い潜り、ひしゃげた甲羅を貫いた。


『ミギョオオオオオアアアアアアアアッ!!』


 鉄紺巨蟹(カルキノス)が、この世のものとは思えぬ音を発した。口元を護っていたハサミの動きが、揺らぐ。


(よし、今ならやれるッ!)


万霊祠堂(ミュゼアム)……魔力喰鬼(ビッグ・イーター)!」


 アイナの剣に残っていた煌めき、蒼乃の風刃、そして水の魔力(マナ)までもが焦げた刀身へと集う。

 黎一はその切先を、鉄紺巨蟹(カルキノス)の口元へと向けた。


万霊祠堂(ミュゼアム)……無足瞬動(ペネトレイト)


 力を解き放った直後の一瞬、身体が悲鳴を上げた。視界が、揺らぐ。

 それらが終わった後――魔力(マナ)が宿った刀身が、鉄紺巨蟹(カルキノス)の甲羅を深々と貫いていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

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