遺された因果
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黎一たちは青き魔力に染まる建造物の中を、上層を目指して昇っていた。
あたりは変わらず金属質の青色をした壁と床だが、先ほどよりも地形そのものがやや捻じれている。おかげで壁が障害物になっていたり、床がたわんで坂になっていたりで、進むのにえらい時間がかかることには閉口した。
(ぼちぼち、地上まで戻ってきてるはずなんだがな)
昇ってきた階層を数えるに、今は地表部分のはずだ。しかし先ほどから上へと昇る階段があるのみで、外へと至る出口どころか窓すらない。
「上に昇る階段……。やはり建造型か」
「みたいですね。上層、どのくらいまであるんだろ」
アイナと蒼乃が話す中、マリーは先ほどから一言も発しない。
地表に上がるまでの間に万霊祠堂に関する諸々を話してから、ずっとこの調子だった。その表情に怒りはないが、どこか悲しそうだ。
「……んもう、いつまでそうしてるんです?」
振り向いて呆れ顔で言ったのは蒼乃だった。
その口調には妙に活力があり、先ほど意識が飛んでいた者とは思えない。万霊祠堂による能力付与の実演を兼ねて、無足瞬動の代わりに活性快体を渡したおかげだろう。
「別に意地悪で黙ってたわけじゃないんですって。なんなら私は……」
「……そんなこと気にしてるんじゃありません」
蒼乃の言葉を、マリーはむすっとした口調で遮る。
「触れられたくないことがあるのは分かります。わたしにだって、そういうのありますから」
(お姫様にも、そういうのあるのか)
才色兼備、さらには家柄にまで恵まれている。
一見すれば非の打ちどころのない少女だが、人知れぬ苦労はあるのかもしれない。
「でも……わたしくらいには話してくれたっていいじゃないですか。同じ国選勇者隊の、仲間なんですから」
(その繋がりを、まだ信用できずにいるけどな。……いや、それを怒ってるのか)
王族であり国策と直接関わるマリーのことを、おいそれとは信用できなかった――。
蒼乃が言わんとしたところはまさにそこなのだろうが、マリーの真意は別の部分にあるらしい。
(まったく、ただでさえめんどくさい状況だってのに……)
感情を小さなため息として吐き出しながら、階段を昇った時。
周囲に満ちた青が、揺れる。同時に傍らにいるフィロが、ちらりと黎一を見た。
「……れーいち」
「ああ、分かってる」
応じている間に、群青から沁み出た揺らぎが人の形を取る。
あたりを囲んでいるものだけでも、十は下りそうにない。幾度目かの遭遇だが、今までで一番数が多い。
「遺跡が変容してから、露骨に数が増えたな」
「……風刃恩寵! それじゃ、よろしく」
蒼乃の軽い言葉とともに、アイナが構えた長剣の片刃に風の魔力が宿った。
意図を察して能力を切り替え、解き放つ。
「勇紋権能、万霊祠堂。風巧結界」
周囲に、風が渦巻いた。魔律慧眼で見ると、今は水を顕す青い魔力に満ちた空間を、風を顕す黄金の魔力が照らしている。
『ピイィ……』
『グ、ギ……』
囲んでいたヒトガタたちから、苦悶の声が漏れ出た。
巧結界と名のつく能力は、周囲の大気に満ちる魔力の分量を変える効果である。使った属性の魔力分量を高めるとともに、その属性を弱点とする属性の魔力の分量を減らすのだ。
(まあ、あいつらには辛いわな。言わば水そのものみたいな存在なんだろうし)
この世界において、水が苦手とするのは風――。アエリアの言葉を真とするならば、今の状況は水より生まれ出たヒトガタたちにとって、苦痛以外のなにものでもないだろう。
(しかもこっちにゃ、火の守護属性はいない)
かつて探索した小さな木立の迷宮には六天魔獣たる地精王獣が眠っていたせいか、地の魔力が満ちていた。おかげで守護属性が風である蒼乃が、体調不良にまで陥ったりと散々な目に遭ったのである。
だが今回、それぞれの守護属性は蒼乃が風、マリーが地だ。黎一とアイナは元より守護属性がないため、大気の魔力の影響を受けずに済む。
(つまりこの面子……水の迷宮とは、めちゃくちゃ相性がいいわけだ)
「雲に住まいし風の竜! 貪り食らえ、我が敵を! 風竜顎咬ッ!」
それを裏づけるかのごとく、生き生きとした蒼乃の声とともに渦巻く風が放たれた。風は竜のようにうねり、手前にいたヒトガタの一体を屠る。そのまま勢いを弱めることもなく、奥のヒトガタたち二体を喰い散らした。
「――刻穿」
アイナの、滴り落ちるような声が響く。黄金に染まった斬撃の渦が、殺到していたヒトガタたちに襲いかかった。強化された風の魔力を宿した剣技の前に、ヒトガタたちは溶け消える暇すら与えられず葬られていく。
「わあああ~! みんなすごいねえ!」
「お~、そだな~……」
目を輝かせながら見ているフィーロを、腑抜けた声であやす。
万霊祠堂の存在が知られた以上、手加減をする必要はなくなった。攻撃役である蒼乃とアイナの火力は留まることを知らず、ほとんどの場面で黎一が攻撃に回る前に勝敗が決している。
(ダメだ、いかん……敵地なんだ。油断なんてしようもんなら……)
『……チカラヲ、フタツ?』
『オナジダ。アノモノト』
囁き声に目を向けてみれば、遺跡の天井に漂うヒトガタたちが黎一を見ている。
『ウラギリモノ』
『オワラセタモノ』
『イマイマシキモノ』
青が、歪んだ。群青と化した魔力の中に、なにかの気配が生まれる。
『ソウマ……ソウマ……ッ!』
青き深奥から声が響く。くぐもってはいるが、先ほど聞いたアエリアのものだ。
(父さんを、知っている……?)
『ソウマニツラナルモノガ、ヒメサマトトモニ……ッ!』
青き揺らぎが、鼓動のごとく脈打つ。しかしよく見ると、ゆっくりとなにかの姿を形作っているのが分かった。巨大な胴に高々と掲げた両手、八本の足を持った姿には見覚えがある。
『ホシトナリ、ホシトノボリシモノ……ワガマネキニコタエヨッ!』
(やっべ……!)
「……下がれっ!」
黎一の叫びと同時に揺らぎは形を取り、流星のごとく降り来たる。
それは、鉄紺色の甲殻を持った巨大なカニだった。体長は胴の横幅だけでもおよそ二メートル、ハサミも入れれば四メートルほどか。
『ユケッ! 鉄紺巨蟹ッ!!』
鉄紺巨蟹と呼ばれた巨大なカニは、アエリアの声に応じるように両のハサミを打ち鳴らす。
(ったく、こっちはこっちでめんどくせえな……ッ!)
「……フィロ。マリーさんと一緒にいろ」
フィーロが下がったことを見届けると、黎一はゆっくりと愛剣を構えた――。
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