詠われざる冥夢【レオン】
お読みいただき、ありがとうございます!
同時刻――ヴァイスラント王宮内、冒険者ギルド。
その中枢である通信管制室には、報告と怒号がひっきりなしに飛び交っていた。締め切られた受付の向こうからは、緊急討伐依頼の発令を待つ冒険者たちの野次が飛んでいる。
「ええいっ、中心部の情報とれんのかッ!」
「無理ですよっ! こんなに魔力が乱れてるんだから……」
「現地との通信はッ⁉」
「ダメです! カストゥーリア補佐官も繋がりませんっ!!」
そんな中、レオン・ウル・ヴァイスラントは軽く目頭を押さえた。乱れ飛ぶ情報を耳で拾いながら、中央に設えられた統制席から室内を見回す。
(マリーとロベルタを現場に出したのは失敗だったな……)
通信管制室は、さながら戦場の様相を呈していた。
アンドラス湖で突発事象が出たのはたしかに大きい。しかしそれにも増して、管制員を統制する者が不足している。
(二人に現場での経験を積ませてやりたかったのだが……。慣れないことはするものではないか)
冒険者ギルドが国営組織として成り立ってから、まだ十年足らずだ。職員たちも、民間から雇った魔法士がほとんどである。大陸の戦乱を生き抜いた軍司令部の精鋭たちに比べると、こうした突発事象に即応するための経験が不足していた。
せめて統制に回る者だけでもより現場を知ってほしいと考えた上での采配だったが、ものの見事に裏目に出ている。
(まあいい、失敗はつきものだ。此度も……これからも)
レオンは口の端だけでひそかに苦笑すると、すっくと立ちあがった。
「……静粛に!」
統制席から声を響かせると、すべての職員たちの動きが止まる。
「第一班より、現時点の状況を報告せよ」
「ハ、ハッ! 一一〇五、アンドラス湖にて大規模な魔力の乱れが発生しましたっ! 同時に、現地に荒天が発生しております!」
「現地の状況は? 分かる範囲で構わん」
「湖の中心部が隆起したことを確認しました。隆起部には、迷宮反応が出ています」
「現在、残留していた部隊が、魔力が安定している地域からの望遠を試行中……っ⁉ 現地より通信! 望遠が成功しましたっ!」
「……中央の魔光画面に回せ」
ややあって、部屋の中央にある大きな魔光画面に画像が現れた。くぼ地の中を渦巻く雲の中、うっすらと巨大な影が見て取れる。最初の報告では湖底がせり上がったのかと思えたが、どうにも巨大な塔のように思えた。
「ちょっとこれ……くぼ地の外は晴れてるの?」
「建造型? 湖のど真ん中にか?」
「木と湖が詠う迷宮は、埋設型だったはずよ……?」
レオンはあごに手を当てた。小さく聞こえる職員たちの声は、敢えて制さない。
――”建造型”とは、迷宮の種類のひとつで、既存の建造物の中に迷宮核が生まれるものだ。現存する迷宮の九割はこの型か、地中に広がる埋設型のいずれかに該当すると言われている。
(遺跡が隆起して、迷宮を形作っただと……? あの娘の力が関係しているのか?)
これまで迷宮となったのはフリーデン帝国の遺跡か、現代で放棄された砦跡や古城だった。焉古時代の遺跡が迷宮と化すなど前代未聞だ。まして遺跡そのものが隆起するなど、想像をはるかに超えている。
「……第二班、現地部隊との連絡は?」
「討伐隊は、先ほどから魔力の乱れにより通信できません。国選勇者隊は封印技術者との合流後、第二層への到達報告を最後に通信不可となりました」
(やはりあの娘が遺跡の深部に近づいた時に、事象が発生している。となれば、少なくとも国選勇者隊は無事か……? いや、ここは最悪を想定して動く)
フィーロの保護ないし存在の隠蔽は、作戦の最低要件だった。
国選勇者隊が無事ならば良いが、万が一全滅していた場合、フィーロが作戦に参加していたことを世に知られてはならない。死人に口はない以上、”力”のことが明るみに出ることはないだろう。だが年端もいかぬ子供を作戦に参加させたとなれば、非難は免れない。
「……以降、当該迷宮を『詠われざる冥夢の迷宮』と呼称する」
レオンは立ち上がると、職員たちを見回して言葉を続ける。
「緊急討伐依頼を発令。集合している冒険者のうち、黄金級を優先して召集しろ。他の黄金級も、現行の依頼を破棄して呼び戻せ」
「しかし国選勇者隊や討伐隊が、全滅したと決まったわけでは……」
「どの道、あれだけの勇者を動員した部隊が苦戦しているのだ。相応の戦力が必要であろう。湖畔を制圧した後、魔力の収束を待って迷宮を攻略する。黄金級二名を含む十二名編隊を可能な限り編成。どのくらいかかるか?」
「ハ、ハッ! 外にいる者たちで、四個隊ほどであればすぐに……」
「よし、その者たちを第一陣とする。魔力転送の使用を許可。魔力の安定圏内の端に下ろせ。指揮は私が執る。管制室の指揮は、各班長が代行せよ」
「で、殿下が御自ら……? よろしいのですか?」
「事が露見する前に終わらせる。我らの総力を以って……かの迷宮を、水面にたゆたう泡沫のごとく葬らん! 総員、奮起せよッ!」
『ハッ!』
ギルド窓口を開放するところを見届けると、身を鎧うべく管制室を出た。
間違っても、軍の手を借りることがあってはならない。軍縮で冷や飯を食っている旧軍閥の貴族たちが、なにを言い出すか分からないからだ。
秘中の秘であるフィーロの存在まで知られたら、失脚どころの騒ぎではない。
(こんなところで、終わるわけにはいかん)
己が理想を、形にするまで。
理想が国を、大陸を覆うまで。
戦の終わりを見たあの日に、そう誓ったのだ。
(君とて同じだろう? レイイチくん)
そこまで考えた時、ふと笑みがこぼれた。
あり得ないことを想像した気がして、可笑しくなったのだ。
(……要らぬ心配か。君は死なない)
あの少年には、なにかがある。
希望的観測ではない。戦場でいくつもの奇手奇策を見てきた者としての勘が、そう告げている。
(いつか見られるといいんだがね。君の、本当の力を)
少年の陰気な顔を思い出しながら、レオンは急ぎ足で王宮の廊下を歩いていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたら、続きもぜひ。




