迫る水霊
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青に染まる遺跡の中を、五体の水のヒトガタが迫り来る。
二体は前衛に立ったアイナのほうに、もう三体は隊列の後ろに回り込む動きで散開した。
『チカラアルモノ』
『モットチカラヲ』
『フタタビチカラヲ』
三体の動きの、先にいるのは――。
(……フィロを狙ってる!)
黎一は咄嗟に、フィーロを左腕で抱きかかえた。
続く動きで、右手の愛剣に風を纏わせ放つ。風刃は狙い違わずヒトガタを直撃するかと思いきや、その姿が青の中に溶け消えた。標的を見失った風刃が、ただむなしく行き過ぎる。
(消えた⁉)
「封雪叫風ッ!!」
蒼乃の放つ攻撃魔法が、残りの二体の行く手を阻む。が、冷気が吹き荒ぶ場所には何もいない。
消えた三体が湧き出た先は――黎一の、真ん前だ。
(えいくそっ!)
愛剣に風を纏い、斬りつけようとした瞬間。
「地の底に在りし英霊よ、猛々しき息吹を大地に放て! 地霊息破ッ!」
マリーの声が響く。
微震とともに、地の魔力が解き放たれるのが”色”で分かった。さすがに予想していなかったのか、ヒトガタたちは甲高い声をあげてふたたび姿を消す。
(ナイス、助かった!)
「レイイチさん! あいつらの動き、魔力の”色”で分かりませんかっ⁉」
礼を言う前に、マリーが問いかけてくる。
ふと見れば、アイナも斬りつけては消えるヒトガタ二体に翻弄されているように見えた。
(ええい、ダメもとだっ!)
魔律慧眼で、周囲の”色”を探る。
あたりに立ち込める魔力の色は、青を通り越して群青に近くなっている。
だがわずかに、その中を泳ぐような影が在った。その数、三つ。
(……見つけたッ!)
「勇紋共鳴、魔力追跡! ……いけえッ!」
三度目の、風刃を解き放つ。
黄金の鏃となった風刃は意志を持つかのように、何もない虚空へと吸い込まれた。
だが――。
『ピギイッ⁉』
悲鳴とともに、一体のヒトガタが姿を現す。
その姿は、先ほどに比べて濃度が薄くなっているように見えた。
(よっしゃ当たったッ!)
「勇紋権能、魔力追跡! ……風、我が意に従い礫となれ! 風礫招ッ!」
蒼乃が能力を使って放った風の礫が、なおも逃げようとしたヒトガタを直撃する。人の形を取っていた輪郭が、じんわりと青へ溶け消えた。
残るは四体――。かと思いきや、さらに三体分の影がにじみ出る。
どうやらヒトガタの透明化は、魔力による攻撃は無力化できないらしい。かといって、七体すべてを一撃で仕留められる魔法はない。
(剣魔法を耐える魔物なんて、そういない。しかも動きが分かるのは俺だけか。だったら……!)
「蒼乃、エサ撒いてくれ! マリーさん、あいつら出てきたらさっきの魔法、もう一回使ってください!」
「わっ、わっかりましたぁ!」
「……勇紋権能、魔力追跡! 微風封罠!」
マリーがあたふたする間にも、蒼乃は意図を汲み取ったらしい。またたく間に、中空に微風の棘が五つ生まれた。
『イクウノモノ』
『マガツモノ』
『ホロビヲヨブモノ』
『マタオマエラカ』
ヒトガタたちは数を増やしたものの、無暗に突っ込んでくることはしない。先ほどと同じ繰り返しになるのが嫌なのだろう。
しかしその軌道は一定の規則に沿って動いており、放っておいていい雰囲気でもない。
(へえ、色々知ってんじゃんか。詳しくお聞きしたい……ところだがねえッ!)
「勇紋共鳴、魔力追跡! ……いけえっ!」
黄金の風を纏った剣を、振り下ろす。
刀身から飛んだ風の刃は、黎一の意志どおりに微風を順繰りに貪った。それを見た後、青を漂う姿なきヒトガタたちを標的に定める。
『ピギャ!』
『ピイッ! オノレ……』
巨大な黄金の鏃と化した風刃が薙ぐのは、個体それぞれにつき一度だけだ。
幾多の黄金の軌道が弧を描いた後には、すべてのヒトガタが姿を現していた。
(このままほっといたら、また消えられて終わりだ!)
「マリーさん!」
「地霊息破!」
青い空間を、緑の波動が覆った。
直撃されたヒトガタたちが、露骨に泡を食う。消えようとしていたところに、二段目の攻撃を受けたのだから無理もない。
その中を、アイナが飛んだ。
「剣舞――空蝉」
黄金色の閃きが檻を成し、ヒトガタたちを斬り刻む。アイナが降り立った時には、四体のヒトガタたちが溶け消えていた。
残り、三体。
「土塊に宿る妖精よ、汝のその身を礫とせん! 地精礫招ッ!」
「風、我が意に従い仇なす者を刻め! 旋風刻刃ッ!」
「いけえ……ッ!!」
マリーと蒼乃、それぞれが放った魔法の直撃を受けた二体が霧散する。黎一の風刃が最後の一体を屠ると、あたりはふたたび静寂に包まれた。
だが周囲の魔力の濃さは、収まる気配がいない。
「……やった、か」
アイナが刀身にわずかに残った魔力を一振りで払うと、黎一はマリーを見た。
「マリーさん、その……戦えるん、すね……」
「ふふっ。戦えないなんて言った覚え、ないですよ? でもごめんなさい。結局お二人の力、借りちゃいました。はじめてお二人の戦い見ましたけど、その……すごいですね」
マリーに面と向かって褒められて、慌てて視線を逸らす。
すると今度は、左腕で抱えたままのフィーロと目が合った。泣きそうになっているかと思いきや、目を輝かせて頬を撫でてきた。
「れーいち、すごいねぇ」
「う……」
フィーロにまで頬をぺたぺた触られ、どんどん身の縮む思いになってくる。
普段はフィーロになにを言われたところで、なんともない。だが今はマリーやアイナがいるせいか、妙な気恥しさに襲われた。
「それはいいんですけど……なんで魔物が出てくるんです? ここ焉古時代の遺跡ですよね? しかも、明らかにフィロちゃん狙ってきてましたけど?」
剣呑に言い募ったのは蒼乃だ。
誰にともつかぬ問いに、アイナは力なく首を振る。
「こっちが聞きたい。だがやはり、ただ事ではないようだな」
「おそらく、竜人の残留思念だと思います。焉古時代の遺跡に出てくるのは、事例としてないわけじゃないんですけど……。廃止寸前の魔力しかないような場所で出てくるなんて、聞いたことがありません」
「湖畔の状況もあるし、結構大ごとだと思うんですけど。引き返すってナシですか?」
蒼乃の言葉で一同に沈黙が落ちた時、フィーロがふたたび明後日のほうを向いた。
「……またきこえた!」
フィーロの言葉にふたたび身構えるが、周囲に気配はない。
「フィロ。今度、なんて言ってる?」
「んぅ……。『オイデマセ』、って」
皆の表情が、苦み走ったものに変わった。声の主の正体は分からないが、このまま帰す気はないと見ていいだろう。
無言で頷いてみせる。蒼乃はなおも黙っていたが、すぐに短いため息をついた。
「前言撤回……進みましょう。魔力の封印は最下層ですよね?」
(そうだ。封印しちまえば、全部終わるって可能性もある)
マリーとアイナも、首肯を以て応じる。
「隊列はそのままだ。さっきのヤツらが出てきたら、今の戦法で行く。アオノ殿、会敵したら風の付与を……」
アイナの段取りを聞きながら、黎一は降りてきた螺旋階段に目を向けた。
気になるのは、湖畔で戦う級友たちだ。
(つまんねーことで、死ぬんじゃねえぞ……)
心の中で発した檄に、もちろん応える者はいない。
また一段と深くなった青色は、元来た道すら覆い隠していた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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