幽玄なる虚穴
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遺跡の螺旋階段を下りた先にも、やはり工場らしき風景が広がっていた。
金属質の青い壁に、剥き出しのパイプや鉄骨らしきものが見える遺跡を進む。先頭にアイナ、次にマリー、間に黎一と手をつないだフィーロ、最後尾が蒼乃といった隊列だ。
(一番後ろがいいんだけどな……)
前後を女性に挟まれた状態というのは、なんとも言えず具合が悪い。右手に刃物を持っていることを考えても、蒼乃にフィーロを任せて最後尾に行きたいところだった。しかしフィーロが、頑として蒼乃とは手を繋ごうとしないのである。
そんなフィーロはというと、周りの風景に目を輝かせながら歩いている。
「フィロちゃん、あんまりはしゃぐと疲れちゃうよ」
殿にいる蒼乃が、フィロに言う。だがフィロは少し蒼乃に視線を向けたのみで、変わらぬ速さで歩いていく。背後から、わずかばかりのため息が聞こえた。
(途中で抱っこやおんぶ、とか言われなきゃいいけど……)
湖畔の戦況もあるため、一行の足取りは結構な早足である。それにも関わらず、飛び跳ねながら歩いてついてくるのだから大したものだ。
程なく、二つ目の螺旋階段が見えてくる。どうやらこの遺跡は、縦穴の中に金属の床でいくつかの階層を設けた構造らしい。
「ここって、焉古時代じゃどういう場所だったんですか? かなり殺風景ですけど……」
「んん~。仮説じゃ、今の魔力湧出点と同じような使われ方をしてたみたいですよ?」
気分を変えたいらしい蒼乃の質問に、マリーが応じる。
焉古時代の遺跡には魔物が出ない――。その安心感からか、声の調子は少し明るい。
「……そんなに昔から吸い上げてるのに、魔力ってなくならないんですね」
「そこ、よく分からないんですよぉ……。焉古時代の記録でも湧き出る魔力を回収、伝導する仕組みのことは残ってても、魔力そのものに関する内容はほとんど残ってないんです。世界の恵み、みたいなあやふやな記述になってたりしてて……」
「それだけ発達した文明で、エネルギー源に対しての研究が何も為されていない……? 実際こうして枯渇する魔力湧出点まであるのに……?」
「不思議ですよねぇ。まあ……あるのが当たり前、みたいな感じだったんでしょうね。なくなるなんてことが、考えられないくらいに」
蒼乃とマリーのやり取りを聞きながら、ふと気になって視界を魔律慧眼に切り替える。
途端、遺跡全体に青色が広がった。だが少々青い、といった程度のもので、視界に影響を及ぼすほどの濃さではない。
(たしかに小さな木立の迷宮ほどじゃねえな……)
最初に訪れた焉古時代の遺跡――小さな木立の迷宮の奥地では、地を顕す緑の魔力が色を変ずるほどの濃度になって満ちていたものだ。封印されていた地を司る六天魔獣の一柱、地精王獣の影響もあったのだろう。ちなみに魔力の含有量は、ざっくり百年くらいは保つらしい。
(仮に無限に溢れるのが当たり前、なんてエネルギーがあったとして……。そんなもんまであったのに、なんで文明は滅びた? そこにいた奴らはどうなった?)
かつて浮かび上がってきた疑問が、ふたたび頭をもたげる。
だが目の前に広がる青の光景に、答えはない。
(父さん……。そんな時に一体、なにやってたんだよ……?)
答える者がいない問い。心の中だけで、終わらせようとした時――。
周囲の青色が、震えた。
(……ッ⁉)
それは水面に起こる波紋のように、風に揺れるさざ波のように。はたまた、脈打つ鼓動のように。
うち震えるその度に、青はどんどん濃くなっていく。
「……れーいち」
不意に、手を引かれる。
見れば手を繋いでいたフィーロが、不安げな顔で黎一を見ていた。
「フィロ、どうした……?」
「なんか……こえ、きこえる」
「声……?」
フィーロの言葉に、一行全員が立ち止まる。
あたりを見回してみるが、他に動く者の気配はない。もちろん、声など聞こえない。
「なんて、言ってるんだ?」
「んぅ……。『マッテタ』、『オカエリ』って……」
背筋に、怖気が走る。
ふたたび青が震え、たわむ。気づけば色の濃さは、かつて見た小さな木立の迷宮に迫るほどのものになっていた。
「……来るぞッ!」
アイナの鋭い声と同時に、いくつかの影が揺らぎから湧き出るように現れた。
体長はフィーロと同じか、少々大きいくらいだろうか。水を人型にして宙に浮かべたらこうなるだろう、といった見た目である。しかし目鼻があるはずの部分にそれはなく、のっぺりとした顔面に笑みの形に歪んだ口だけが存在していた。
――その数、五体。
『ヨカッタ』
『モドッタ』
『トキハキタ』
『ワレラノトキ』
『イマフタタビ』
はっきりと分かる声が聞こえた瞬間、アイナが片刃の長剣を構えて進み出た。
「アオノ殿、付与の魔法を。ここは私たちがやる」
「……お二人は、フィロちゃんをお願いしますね」
続けて進み出たのは、錫杖を構えたマリーだ。
「え、お願いって……この数だったら、私たちも戦った方が!」
アイナの剣に風の魔力を与えながらも、蒼乃が動揺した声で言う。
「不意打ちされたら敵いませんから。他にいないなんて保証はありません」
「なあに、すぐ終わらせてやるさ」
軽口とは裏腹に、アイナの表情に余裕はない。
水の”ヒトガタ”たちもまた、甲高い声ともつかぬ音を上げながら揺らめている。
(いやアイナさんはいいとして……マリーさんは戦えんのかよっ⁉)
問いを口にするより早く、青がひときわ大きく脈打つ。
それが、戦いを告げる鐘となる。ヒトガタたちは群れを為して、アイナたちへと迫った――。
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