青き遺跡
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多頭蛇を討ってからは早かった。
湖に潜んでいた魔物の大半は狩りつくしたらしく、申し訳程度に襲ってくる水蛇たちを斃しながら湖上の道を進み――。黎一たちは程なく、アンドラス湖の中央にある離れ小島にたどり着いていた。
(なるほどね……。なかなか趣のある場所だわ)
小島も湖畔と同じく、低木が茂る緑地になっている。”木と湖が詠う迷宮”の名は、こうした自然にちなんだのだと容易に想像できる。
遺跡の入口を見ると、加工された石でできた小さな社だった。しかし社の中央に見える階段は金属質の青色であり、ちぐはぐな印象を受ける。おそらくフリーデン帝国の時代に、焉古時代の遺構跡を祀るべく社を造ったのだろう。
「急ぐぞ。あまり時間がない」
「え、どういうこと……ですか? 今のところ、そんなに時間経ってもないですけど」
社へと入り階段を下るアイナの背に、蒼乃が問いかける。
実際、湖の上で戦闘になりはしたものの、そう時が経っているわけでもない。
「魔物が強すぎる。明らかに異常だ」
「そう言えば……。森から出てきた魔物、淡水蛇の動きに合わせてた……」
話しながら階段を下ると、そこは焉古時代の遺跡になっていた。
壁や床は階段と同じく、まだらの模様が入った金属質な青色だ。鉄骨やパイプと思しき機構は、元の世界の工場施設を思わせる。
「それだけじゃない。淡水蛇も多頭蛇も、本来はこの地域に棲息していない魔物だ。湖に潜んでいたとはいえ、ギルド本部が気づかないなど有り得ない」
「そんなに珍しいことなんですか? 魔力の影響で突然変異とか、ありそうですけど……」
「そこだよ。なぜこんな事態になっているのか、だ」
振り返らず早足で進むアイナの声が、遺跡の中にこだました。
幸い、景色が変わることのない一本道である。以前訪れた遺跡と同じく壁に走った溝が発光しており、視界に不安はない。
「たしかに魔力の濃度によって、魔物に異変が起きることはある。だがそれはあくまで、その地域に棲まう魔物の増加や強化といった類だ。地域の生態を無視した魔物が出てくるなど、聞いたことがない」
「ってことは……」
「……誰かが持ち込んだ、ってことですか」
蒼乃の言葉を食って言うと、アイナがちらと振り向いた。
「ご明察だ。森や湖畔でも、何者かの意思を感じた。おそらく黒幕がいるぞ」
(魔物を操る、か……)
アイナの言葉で、脳裏にひとりの級友の顔が浮かぶ。
勇者の持つ能力には様々な種類があり、中には屈服させた魔物を召喚、使役するものもあった。先の騒動の元凶であった級友が持つ能力が、まさにそれだったのだ。
(……それこそ、ありえねえ。今頃あいつは山の中か、魔物の腹の中だ)
頭を振って想像を打ち消す間に、大きな穴が見えてきた。近くまで寄って見ると、穴の淵から巨大な螺旋階段が伸びている。
おそらく島の真ん中に伸びた縦穴が、そのまま迷宮になったのだろう。そう考えるとこの設備は、井戸のようにも見える。
「このあたりだったか?」
「はい。……座標、間違いないです」
蒼乃はジャケットの内側に右手を入れると、ぺらりとした護符を取り出して床に置いた。
魔力によって強化された羊皮紙の表面に、幾何学模様と五芒星の刻印を組み合わせた紋様が記されている。
「空を舞い、風と移ろう存在の標とせん……。転移魔錨、起動」
蒼乃が告げると、紋様がぼうっと輝く。
――転移魔錨。魔力転送の補助に使用する魔法の道具である。
この異世界の魔力転送は膨大な魔力を消費するうえ、着地点の魔力の干渉量によってはあっさり失敗する。これを防ぐため、着地したい場所に転移魔錨を置いて安定させてやるのだ。
「うん、この調子……。大丈夫そうかな」
蒼乃は満足げに頷くと、左手に持った通信端末を耳にあてた。スマホ大の石板で、ギルド本部や登録した端末との通話や魔伝文のやりとりができる優れモノである。
「こちら国選勇者隊、アオノ。転移魔錨の設置、完了しました」
『こちら通信管制、転移魔錨の起動を確認しました。これより技術者部隊の転移に入ります』
(技術者部隊、ね……)
フィーロの存在はマリーやロベルタの他、特に選ばれた一部の職員たち以外には秘中の秘とされていた。おそらく王宮の地下にある転移室には、その職員たちとフィーロしかいないはずだ。
とはいえこの機密保持は、フィーロが亡き両親との約束を守って自身の能力を口外しないために成り立っている。
(ずっと人に言えないことを抱えながら、生きていく……。取っ払ってやりたいけど、な)
などと考えるうちに、転移魔錨が淡い輝きを放ち始めた。光の粒子ひとつひとつが意志を持ったように、羊皮紙のものと同じ紋様を描き出していく。
やがて、ひときわ強い光が満ちた。その後、光は徐々にふたつの形を取る。
「へ……?」
「二人、だと?」
蒼乃とアイナの声をよそに、大きいほうの光が弾けた。
茶髪のボブカットに、あどけない顔立ち。小柄なわりに胸が主張している身体に、紋様が刺繍されている厚手のガウンと、革製の篭手具足を纏っている。右手には、大きな錫杖――。
「よっし! 転移成功ですね!」
ニッコリ笑って出てきたのは、言わずと知れた国選勇者隊の通信手、マリーディアことマリーである。
その脇で、だいぶ小さな光が形を取った。腰まで届く黒髪を後ろに纏め、小児用に特注された革防具に身を包んだフィーロだ。
「……れーいちっ!」
光から飛び出てくるなり、フィーロは黎一に抱き着いてくる。
その姿にほっとしながらも、黎一はマリーへと視線を向けた。
「マリーさん……? どうして……?」
「フィロちゃんの能力測定の記録係ですっ! 遠隔でも良かったんですけど……ロビィから湖畔の状況を聞きましたから。魔力も乱れてますし、早めに終わらせないと、って」
マリーは親友であるロベルタの愛称を呼びつつ、沈痛な表情を浮かべる。
「あ、あ……。そう、ですよね」
蒼乃が請け合う間、アイナは無言で険しい視線を向けてくる。
これで万霊祠堂にまつわる能力は使えなくなった。蒼乃も口調からして、考えていることは同じだろう。
胸に妙なざわめきが去来する。経験則で言えば、あまりいい予感ではない。
(大丈夫だ……。焉古時代の遺跡なら、魔物は出てこない)
魔力の封印作業さえ終わらせれば、湖畔のロベルタや級友たちと合流して魔物を討てばいいだけだ。それに先のロベルタの言からして、まだ援軍は呼べる。
だがどれだけ好材料を並べても、胸のざわめきは消えなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたら、続きもぜひ。




