答えは遠く
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23/10/11
二章の改稿に伴い、現46部分「道は続けど」に一部内容を分割しました。
「なんでよっ!」
深夜のリビングに、一転して怒気をはらんだ蒼乃の声が響いた。
黎一はため息をついて、蒼乃から顔を背ける。
「さっきガディアンナさんの能力の話、したばかりだろ。軍事利用を強要されたら、どうするつもりだ」
「持ってる能力を全部話さなければいいでしょっ⁉ 今はお父さんのこと調べたほうがいいって!」
「お前は焦ってるだけだ。それでなくても、勇者は風当たりが強いんだぞ。これ以上やっかみを受けるなんざ、たまったもんじゃない」
話はこれで終わりとばかりに、目を伏せる。
蒼乃に言ったことは本心だ。だが、すべてではない。
(ロイド村の事件を引き起こしたのだって、見方を変えれば能力の力だ。俺は……あんなマネはしたくない)
万霊祠堂で能力を使う度、炎上するロイド村の光景が脳裏をよぎる。
それがひとつの楔となってくれているのは、自分でも分かっていた。だからこそ、力が誰かの目に触れるのが、殊更に怖い。
(臆病だって言われりゃそれまでだ。でももし今あるなにかが変わったり、崩れたとしたら……。力を使わずにいられる、自信がない)
蒼乃の視線が、横顔に突き刺さっているのが分かった。
だがやがて、視界の外からため息が聞こえた。
「分かった、この話はおしまい」
そう言うと蒼乃は、おもむろに歩み寄って手を差し出してきた。
「だから……はい」
「なんだ、その手は」
「活性快体。今日、私でしょ」
睨みつけながら聞いた声に、蒼乃は臆面もなく言い返してくる。
――万霊祠堂の力はもうひとつある。
眷属に限り、手を握ることで能力をひとつ貸し出せるのだ。しかし貸し出した能力は、いかなる手段をもっても黎一は使うことができない。
(貸せってことか。けど……)
中でも重宝するのが活性快体だった。なにせ選んでいるだけで疲れ知らず、安眠効果までついてくる代物である。
だが蒼乃がその効果を知った途端、二人の間で取り合いになり――。フィーロの風呂と寝かしつけをやった側が能力を使うことで落ち着いたのだった。
(……今日、頑張ったの俺なんだが?)
当番の順繰りだけで見れば、蒼乃の番である。しかし実際に風呂と寝かしつけをやったのは黎一であり、食事も作った。この状況でわざわざ手を握らせたうえに能力まで貸せとは、理不尽も甚だしい。
「断る」
「はあっ⁉ なによそれ、約束と違うじゃないっ!」
「風呂と寝かしつけをやったヤツが持つんだろ? 今日やったのは、俺だ」
語気を強めて言うと、蒼乃は口を引き結んだ。そのまま、くるりと背を向ける。
「バカッ! もういいっ!」
(分かってくれて、なによりだ)
蒼乃はそのまま、足音荒く戸口まで歩いていく。
と、ぴたりと止まった。
「私は……いざとなったら迷わず使うからね」
蒼乃は振り返りもせず言い残すと、居間を出ていく。階段の音が微かに聞こえたあたり、寝室に行ったらしい。
(前言撤回。なにも分かってねえわ)
二つ目の能力を使えば当然、大騒ぎになる。そうなれば万霊祠堂の秘密は、白日の下に晒されるだろう。
「聞かず屋め……」
思わずぼやきながら、テーブルに置いてあった愛剣の鞘を払う。
(元はと言えば、こいつが喋らないのが全部悪い)
まだらに黒く染まった直刃に、歯車を仕込んだかのような形をした鍔。変わったことは、なにもない。
「……おい。いい加減、なんか喋れよ」
なかば投げ槍に、心の中で呟いた瞬間――。
『……おう。いいぜぇ?』
久しく聞いていなかった濁声が、脳裏に響いた。
「うおうッ⁉」
唐突に脳裏へと響いた声に、思わず黎一は立ち上がる。
慌てて居間を見回してみるが、周囲に人がいる気配はない。しゃべる者があるとしたら、手に握りしめている愛剣だ。
『カカカッ。そんなに驚くこたあねえだろうよ、相棒。それにしても、なかなか大変そうだなぁ?』
黎一にしか聞こえない濁声が、脳裏に響く。
(てめえ、いつから……)
『城でこねくり回された時からだな。魔力が流しこまれたせいか? ちょいと具合がいいんだよ』
(よし、ちょうどいい。父さんのことを教えろ)
『チッチッチッ、それとこれとは話が別だ』
”剣”の舌を打ち鳴らす音が、癇に障る。舌などないだろうに器用なことだ。
(意識は戻ったろうが。約束通りだ)
『言ったろ? オレ様はなぁ、早くズル剥けになりてえんだ』
(この黒マラ、なにをぬけぬけと……。ほんとはずっと喋れたんじゃねえだろうな)
『んな回りくどいことするかよ。今だってあまり時間があるわけじゃねえ。それに……』
(それに?)
『オレ様が教えてやるのは、お前が知りたいことじゃねえ。お前たちが知りたいことだ』
(なに……⁉)
蒼乃の言葉が蘇る。
二人が共通して知りたいこと。それはすなわち――元の世界に帰る方法なのではないか、と。
(教えろっ! 今すぐっ!)
『った、く……。ガ……は、こ……だ、か……いけ、ね……』
次に聞こえてきた声は、水中の音のようにくぐもっていた。
(って、はええよ! おい、あんたっ!)
『ク……やっ、ぱふつ……魔力……ぶはっ! 鍛冶師と工房と、獣を探せえッ!』
(は、はあっ⁉)
『話はそれからだッ! いいか、急……げ……よ……』
(って、おい待てよっ! おいっ!)
それっきり、声は聞こえなくなった。
指や鞘で刀身を叩いてみたが、鐘の音に似た音が鳴るだけだ。
「クソッ、なんだってんだ……」
吐き出した言葉に、応える者はない。居間の壁に飾られた肖像画たちが、ただ優しく見つめてくるだけだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたら、続きもぜひ。




