次なる任務
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昼食を済ませた後――。黎一たちは食べすぎた腹を労わりながら、レオンの執務室へと向かっていた。
一緒にいたがるフィーロを宥めて王宮の研究棟に預けた後、ギルド本部と役所を兼ねた王宮本棟の一階から二階へと向かう。ちなみに食べきれなかった料理たちは、ギルド本部で働く職員たちへの差し入れと相成った。
「初任務かあ、なにするんだろ。あ、レオン殿下の護衛とか? 魔物討伐だけなら、ギルドの依頼になってそうだし……」
(さてさて。なにせ三ヶ月も無風だったからな)
隣を歩く蒼乃の言葉を無視しつつ、思案を巡らせる。
数人の級友が引き起こした騒動を解決した黎一たちはその功を認められ、特務部隊『国選勇者隊』の創設メンバーとなっていた。
曰く、冒険者ギルドの最高責任者であるレオンの直属となり、一介の冒険者の手に余る事案への対応を目的とした組織とのことである。
(三ヶ月なにもせずにお給料ゲット、と……。楽なのはいいんだけどなあ)
国選勇者隊の任にある者は、有事の際はすべてに優先して事に当たるという制約の代償として、月次の定額報酬が発生する。事が起こらなければ金だけが入る大変おいしい給与体系なのだが、ここまで凪の日が続くと申し訳なくもなってくる。
「あんまりめんどくさい仕事じゃないといいなあ。……ってさあ、聞いてる?」
(へいへい、聞いてるよ。返事したくないだけで)
一対となってこのかた、蒼乃とは常にこんな感じだった。
騒動の中で見せた、冒険者としての腕や機転は信頼している。だがやはり、気軽に話すのは慣れそうにない。
(それでも凝りず(懲りず)に話しかけてくるんだから、ある意味では尊敬できるがな)
そうこうするうちに、大ぶりな木の扉が視界に入った。脇のプレートには、『宰相執務室』と記されている。
「国選勇者隊、ヤナギ隊二名。参りました」
「……ああ、開いてるから入りたまえ」
部屋で真っ先に視界に入るのは、窓際に設えられた執務机についたレオンである。髪型と服装は、さすがに元のノーブルスタイルと白い礼服に戻っていた。
その手前、低いテーブルとセットになったソファには二名の先客がある。いずれも国選勇者隊の創設にあたりサポートメンバーとして抜擢された、黎一たちの同僚である。
「レイイチさん、お兄様から聞きましたよっ。ご飯、ありがとうございましたぁ」
ひとりは青いスーツに似たギルド職員の制服に身を包む、茶髪ボブカットのほんわかした少女だ。黎一の姿を見るなり、幼顔をほころばせる。
王国の第六王女、マリーことマリーディア・ロナ・ヴァイスラントである。
「私もご相伴に預かったよ、感謝する。あの戦場さながらの露店市を制するとは、やるじゃないか」
マリーのほんわか声による絶賛に、もうひとりの怜悧な美女――アイナ・トールの落ち着いた声音が続く。
ポニーテールにまとめた青みがかった黒髪、スリットの入った青い貫頭衣にレギンスを身につけた剣士風の出で立ちだ。
「あ、いや……買ってきた、だけ、ですし……」
「その買うのが大変なんですって! なかなか買えない限定品までありましたし、すごいですよ~! わたしなんて非番の日に一点狙いで行っても買えたことないのに……」
(いや、まあ……褒められるのは、悪い気しないけど……)
この国選勇者隊、現時点では黎一とレオン以外の隊員はすべて女性である。レオンは指揮官なので、実働要員の男性は黎一だけだ。いずれも各分野に秀でた腕利きであるのは分かっているのだが、女性が苦手な黎一としては不安を感じずにはいられない。
「……さて。ご歓談のところ悪いが、本題に入ろうか」
穏やかな空気が、レオンの鷹揚な声によって程よく張りつめたものに変わる。黎一たちが執務机の前に整列するのを待って、レオンはふたたび口を開いた。
「すでに伝えたとおり、諸君らにはある任務に参加してもらう。……マリー、頼む」
頷いたマリーが手元の端末を操作すると、中空に一抱えほどもある大きさの魔光画面が現れた。王国の地図が映し出された後、王国北部の窪地にある湖へとフォーカスされる。
「このアンドラス湖は、”木と水が詠う迷宮”という名の迷宮があった場所でね。国内でも有数の魔力湧出点だったんだが……。どういうわけか突然、魔力の量が激減してしまったんだ」
――魔力湧出点とは、迷宮の跡地に生成される魔力の湧出点の総称である。
この異世界の魔法文明において発電所の役割を担っており、各国が躍起になって迷宮を開拓する理由のひとつだ。
「魔力湧出点って……枯れることあるんですか?」
「ああ。故に継続して迷宮を攻略、開拓する必要があるんだよ。とはいっても、小規模な魔力湧出点でも十年はもつと言われているがね」
無粋に割り込んだ蒼乃に、レオンがさらりと応じる。
知的好奇心を刺激されると暴走気味になる、蒼乃の悪い癖だ。だがレオンも分かっているのか、気を悪くした風もない。
「でも、ここまで大規模な魔力湧出点の枯渇は初めてです。しかも枯渇した魔力湧出点を放っておくと魔物が棲みついて、また迷宮になっちゃったりするんですよ」
「ふたたび迷宮を制したところで魔力が戻るでなし、手間が増えるだけだ。いつもは残った魔力を封印することで、迷宮化を防ぐんだが……。ここで諸君らの手を借りたいのだよ」
マリーとレオンの説明に、黎一の脳裏にある可能性が浮かんだ。
蒼乃も同じ考えに至ったのか、口元をかたく引き結んでいる。
「それ、俺たち、っていうか……フィロ、ですよね」
「察しがいいね。その通りだよ」
「魔力湧出点の封印作業は、専門の魔法士の方々が数日がかりで行うんです。ただ今回は、なぜか湖のまわりに魔物が大量に発生しちゃってて……。周辺の魔力も乱れてて、封印作業ができないんですよ」
「そこで、フィーロ君の力を借りられないかと思ってね。力の制御の練習がてら、残留した魔力を消してほしいんだよ」
「フィロちゃんを……そんな危険な場所に送り込むって言うんですか?」
「年端もいかぬ少女を、ですか。あまり感心はしませんね」
蒼乃とアイナの声には、わずかに怒気が含まれている。
見知った者を魔物がひしめく場所に送り込むと言われれば、誰しもこうなるだろう。黎一とて同じ気持ちだった。
「もちろん安全策は採る。まず諸君らと冒険者から成る部隊で、湖畔を制圧する。諸君らが湖の中心にある迷宮跡地に侵入した後、魔法転移でフィーロ君を転送する手筈だ。どのみちフィーロ君の力を、他の者に気取られるわけにはいかないからね」
「迷宮跡地の遺跡は、魔物が出ませんから安全です。皆さんの役目は先導と、フィロちゃんを落ち着かせることとお考え下さい」
レオンとマリーの言葉に、蒼乃とアイナは押し黙る。
だが今の作戦には、もうひとつの障壁があった。
「フィロが……力を使ってくれればいいんですがね」
この三ヶ月の共同生活の中で、フィーロは魔力を打ち消す力を暴走させることはほとんどなくなっていた。本人の意思で、力を発動できることも分かっている。
しかし力を使ってみてくれ、と黎一や蒼乃が頼んでも、フィーロは頑なにこれを拒むのであった。
「だから言ったろう、出番だと。……期限は一週間だ。まずはなんとか、フィーロ君を説得してみてほしい」
レオンはしたり顔で、黎一と蒼乃の顔を交互に見る。
「そんな簡単に言われても……」
「なんか両親に言われてたらしいんすよ。絶対に使うな、って」
蒼乃と黎一のげんなりした声に、レオンは顎に手を当てて思案する。
「両親、か……。肉親でなくとも、やはり親は親だったということなのだろうね」
「「は……?」」
呆然とする二人に、マリーがハッとした顔を向ける。
「あっ、お二人にはまだ話してませんでしたね。フィロちゃんのこと、わたしたちも色々調べてて……」
「君たちも知っておいた方がいいだろう。フィーロ君の、出生についてね」
言葉を繋いだレオンは、神妙な面持ちで話し始めた――。
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