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ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第二章 俺と彼女が、少女のカタチに気づくまで
43/260

刻まれた歴史

お読みいただき、ありがとうございます!


23/10/11

二章改稿に伴い、旧43部分「食の都」の内容と合わせました。

前のバージョン好きだった方はごめんなさい。

 三十分後――。

 黎一たちは三の園(ドライ・ガルテン)と呼ばれる、王都の下町にいた。街壁によって分けられた、三つの区画の外周部にあたる。


「みてみて! おみせがいっぱい!」


「すっごお……。三の園(こっち)はしばらく来てなかったけど、お昼はこんなにお店でるんだね」


 フィーロと蒼乃の言葉どおり、周囲にはたくさんの露店がひしめいていた。店頭に並ぶ料理の匂いが、空きっ腹を刺激してくる。


(たしかに見たことねえな。異世界(こっち)に来てすぐの時とか、買い食いする余裕なんてなかったし)


 今いるのは、王城から四方にまっすぐ伸びる中央通りだった。なんでも食事時になると馬や馬車の通行が禁止となり、こうして露店が立ち並ぶのだそうだ。


(なるほどね。これがもうひとつの顔、ってことか)


 ――この王都ヴァイスラントは、大陸のちょうど()()の位置にある。

 自然と交易の要所になり、街には珍味や食の技術が集まる。民も日々の営みに困らぬ分、食い物に金を遣う。そうしてできたのが、この食の都というわけだろう。


(さてさて、奢ってくださる王子さまは一体どちらに……?)


「……やあ、すまない。待たせたね」


 鷹揚さと爽やかさを同居させた男の声は、背後から聞こえた。

 振り向くと、両手に木編みのカゴを持った金髪長身の美丈夫が立っている。髪型はオールバックだが、声からして間違いなくレオンだろう。


「ちょっ、レオ……えっ?」


 だがその服装は、先ほどの礼服姿からは想像もつかぬものだった。

 素人目にも良さげな生地の白いチュニックに、サイズぴったりの白いトラウザ、靴は白いグラディエーターサンダル。さながら良家の御曹司、夏男バージョンといった出で立ちだ。


「おっと、今はレオーネと呼んでくれたまえ。城下町(ここら)じゃ、ヒマな軍閥貴族の放蕩息子で通ってるんだ」


(どっから出てきた、その設定……?)


 小声で告げるレオンに、心の中だけで反論する。

 蒼乃もなんとなく察したらしく、目を白黒させながらもフィーロの手を引いてやってきた。


「さて、お待ちかねの昼食だが……。ヤナギ殿、もうひと勝負しないか?」


「はい……?」


「買い物競争さ。二人で露店を回って、昼食を買い集める。得点が高いほうが勝ちだ。各店の限定品は、倍の配点にしよう」


「は、はあ……」


「街壁に沿って左に行くと公園がある。そこに一二三〇(ひとにさんまる)に集合しよう。それまでは、通りをいくら往復しても構わない。代金は私持ちだから、ただの余興だが……どうだい?」


「へえ、いいじゃん。私たち、先に行って場所だけ確保しとくよ。……フィロちゃん。ご飯、れーいちたちが買ってきてくれるって」


「ほんと⁉ フィロ、おにくはいってるのがいい!」


(おい待て、勝手に決めんな……)


 だが爽やかな笑みを向けるレオンを見ていると、先ほどの稽古の記憶と劣等感が沸々と蘇ってくる。その感覚が、稽古の疲れを吹き飛ばした。


「……いいっすよ」


 ため息混じりに了承すると、レオンがニッと笑う。


「そう来なくてはね。これが資金と戦利品を入れるカゴだ」


(準備のいいことで。さては最初(ハナ)っから仕掛ける気でいやがったな? ……ってカゴ、でかいな!)


 あたりを見回すと、いつの間にか職人たちや冒険者たちがひしめいていた。皆、死地に臨む戦士のごとき気迫を纏っている。それでも露店前で待つ者がいないのは、そういうお作法なのだろう。


「昼食の鐘とともに露店が始まる。健闘を祈るよ」


(上等……!)


 少しの間を置いて、時計の針が動いた。彼方にある王城から、鐘の音が響く。

 瞬間――。空気が、沸いた。



*  *  *  *


 一時間後。黎一たちは集合場所の公園の一角にあるテーブルで、各々の戦利品を並べていた。蒼乃が先行していただけあり、昼食を広げる場所としてはベストポジションである。


「ん……?」


「ふむ、これは……」


「ひょっとして、同点……?」


 蒼乃の戸惑う声が聞こえる。実際、目の前に並んだ料理たちは、レオンの言った配点基準で数えると同点になる数である。

 レオンはしばし、テーブルに並んだ品々を見つめていた。が、すぐに口の端を崩して笑う。


「……いや、私の負けだな」


「へっ? なんでです?」


「限定品が、ヤナギ殿のほうが多いんだ。この季節野菜炒めのサンド(ヴェジフライ・サンド)など、一点狙いで走っても得難い品でね。限定品はすぐに売り切れるから、私も見切りをつけて立ち回ったのだが……完敗だよ」


(案の定、常連だったか。こっそり能力(スキル)使わなかったら負けてたな)


 ――万霊祠堂(ミュゼアム)

 ひとりの勇者(ブレイヴ)が持つ能力(スキル)は、常にひとつである。だが黎一はこの万霊祠堂(ミュゼアム)によって、複数の能力(スキル)を選んで使うことができるのだった。

 しかも能力(スキル)の数は、迷宮(ダンジョン)の奥にある遺跡を巡ることで増えてゆく。


活性快体(ヴァイタライズ)か。いい能力(スキル)だわ)


 選ぶだけで身体が頑強になり、体力と魔法力を徐々に回復する能力(スキル)である。こと体力回復の恩恵は大きく、全力疾走を続けてもほとんど疲れない。

 おかげで戦場さながらの人混みの中、限定品を早めに買い漁って勝利できた、というわけだ。

 

(ま、能力(スキル)のことはレオン殿下に言えねーけど)


 先の騒動の中で目覚めた万霊祠堂(ミュゼアム)のことは、まだレオンに話していなかった。知っているのは蒼乃と、その場に居合わせていたもう一人だけだ。


勇者(ブレイヴ)はただでさえ扱いが悪い。能力(スキル)をいくつも使える、なんて知られたらどうなるか……)


「さて、さすがに腹が減ったな。いただくとしようか。私が買った品も食べてくれて構わないよ。どれもおすすめを揃えたからね」


 黎一の胸中をよそに、レオンはいそいそと包みに手を伸ばしている。


「じゃ、いっただっきまーす! ……んん~っ! この鶏肉の炙り焼き、おいっしいっ!」


「れーいち、おにくはいってるのどれ?」


「こら、好き嫌いするんじゃない。……あ、さっき言ってた料理。食べたかったら食べていいっすよ」


「いいのかい? じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 会話もそこそこに、しばし料理を口に運ぶ。おすすめを揃えたというだけあって、レオンが買ってきた品は美味なものばかりだ。


(味の質が、元の世界とほとんど変わらねえ……。これも魔力(マナ)を使ってるおかげ、なのか?)


「ヤナギ殿……。いや、今はレイイチ君にルナ君と呼ぼうか」


 レオンが、黎一たちに視線を向ける。ふと見ればその手元には、すでに六つもの包みが折りたたまれていた。意外と健啖家である。


「この食べ歩きは、視察の意味もあるんだが……。こうした歴史を感じる料理が好きなんだ」


「歴史、ですか? たしかに下町料理とか、郷土料理って感じがしますけど……」


 きょとんとする蒼乃に、レオンは微笑んで言葉を続ける。


「今はこんな調子だが、少し前までは大陸全土が戦禍の中にあった。最後の戦が終わったのは、ほんの十年前なんだよ。魔力(マナ)の活用技術が発見されたおかげで、復興は劇的な速さで進んだがね」


 レオンは焼きおにぎりと思しき品を、しげしげと見つめた。


「こうした料理は、戦時の報奨料理や野戦料理が元になっている。ひとつひとつに、時代を乗り越えた人たちと、乗り越えられなかった人たちの想いが詰まっている……。そんな気がするんだよ」


(乗り越えられなかった、人たち……)


 先の騒動で焼けたロイド村の惨状が、ふと脳裏をよぎる。フィーロの両親は、その中で命を落としたのだ。しかも騒動の元凶は、黎一たちの級友だった。


「私は刻まれた歴史が創った現在(いま)と、未来を守りたい。冒険者ギルドの仕組みをさらに拡大すれば、人々の暮らしはより豊かになるだろう。その先鋒を担う者として、キミたちには大いに期待しているよ」


(メシ奢ってくれたと思ったら説教かい……)


 若干の嫌忌を覚えながらも、レオンの言説を否定する気にはなれなかった。

 現在(いま)より高く、現在(いま)より先へと願うのは人の常だ。その想いなくして、前進や発展はありえない。


(ま、いいか。悪いヤツじゃねえのは分かったし)


 考えているうちに、レオンは包みを片づけ終えていた。


「さて、私は先に失礼するよ」


「ええっ⁉ まだこんなに残ってるのに⁉」


「余ったら、ギルド本部の職員たちにあげてくれ。それと……」


 慌てる蒼乃に、レオンは振り向きながら言葉を続ける。


「フィーロ君の検査の間、時間はあるね? 一五〇〇(ひとごまるまる)に、私の執務室へ来てくれたまえ」


「あれ? なんか打ち合わせること、ありましたっけ……?」


「ついさっき、打ち合わせることができたんだよ」


 蒼乃の言葉に、レオンはいたずらっぽく笑ってみせた。


「……国選勇者隊(きみたち)の、初任務についてさ」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

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