王太子の武
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翌日ーー。
ヴァイスラント王城の中庭に、乾いた音が響いた。
黎一がたった今まで握りしめていた木剣が、空高く舞い上がる。
「っぐ……っ」
呻くと同時に、木剣が中庭の石畳に落ちた。
その音とともに、目の前で木剣を構えた長身金髪の美丈夫が爽やかに笑う。
「これで、私の五勝……かな?」
鷹揚な声で言ったこの男は、ヴァイスラント王国の宰相にして王太子、レオン・ウル・ヴァイスラントだ。
異世界で最初に出会った人物のひとりで、今では黎一たちが所属する特務隊『国選勇者隊』における直属の上司となっている。
「ふむ。アイナ殿からは、その身に似合わぬ豪壮な剣を遣うと聞いたが……。やはり、あの剣に因るところが大きいようだね」
レオンは顎に手を当てながら涼しい顔で言う。
いつもの礼服を着ているにも拘らず、汗ひとつかいていない。白い半袖のチュニックを汗でぐっしょりと湿らせた黎一とは、えらい違いである。
「ちょっと~。せめて一本くらいとりなさいよね~?」
「れーいちー! がんばれー!」
中庭に設えられたパラソル付きのテーブルから黄色い声を飛ばしているのは、蒼乃月とフィーロである。
蒼乃は女性用の半袖チュニックにキュロットスカート、足を細く見せたいのか夏でも絶対に履く黒いレギンス。フィーロは最近お気に入りの、水色のワンピースという出で立ちだ。
(ちっくしょう、だったらお前がやってみろや……。まるで勝てる気がしねえ)
パラソルの日陰を羨ましく思いながら、心の中だけで反論する。
二人の黒髪だけがさやさやと揺れているのは、蒼乃が冷風の魔法で涼を取っているためだろう。
(ぬうぅ。そりゃちょっとは強いと思ってたけど……。こんなはずでは……)
――事の始まりは、かれこれ一時間ほど前だった。王城で『お焦げちゃん』こと黎一の愛剣の検査をしている最中、レオンがひょっこり顔を見せたのである。
前時代の遺物であるためか、愛剣の検査はやたらと時間がかかる。故に「検査が終わるまでの間、暇つぶしに剣の稽古に付き合わないか」、というレオンの誘いに乗ったのだ。
(冒険者としての訓練も終わったし、それなりの場数も踏んできたし、なにより勇者だし……って思ってたんだがな)
勇者は、この異世界では身体能力が大幅に引き上がる。レオンが少しばかり武技に長けていようとも所詮は政治家、恐るるに足らず。そう考えながら、いざ稽古に臨んだ結果――。
良くて数合、悪いと一合で木剣を打ち落とされ、ここまでの戦績はレオンの言葉どおり五戦五敗。いっそ清々しいまでの完敗である。
(お飾りの貴族剣法じゃねえ……実戦で遣う剣術だ。魔法使ったフシもないのに、力も速さも勇者とほとんど変わらない。この人、宰相になる前は一体どこで何やってたんだ?)
「そう貶したものでもないさ。身体の反応はついてきているよ。いささか、技術がついてきていないだけでね」
黎一の疑問をよそに、レオンが蒼乃の野次に対して言葉を返す。
「それに、ヤナギ殿の本分は魔法士だ。あの剣の力と能力を用いた魔法戦なら、同じ結果にはならないだろう」
「そりゃまあ、そうですけど……」
蒼乃が訝しげな表情を浮かべているが、レオンの言は決して誇張ではない。
勇者の本領は、手の甲に刻まれた勇者紋にひとつずつ宿る能力にある。その効果は様々で、身体能力の向上と相まって勇者たちを異世界の猛者たらしめている。
さらに黎一は、勇者紋に定められた一対における主上だ。対となる眷属の能力を使用できる他、眷属を一度だけ命令に従わせるなど、様々な特権を有している。
(こんだけ盛りに盛られてんのに異世界のヤツに負けるなよ、って気持ちは分かるけど……なあ)
実際これらの力を用いて放つ黎一の魔法剣は、異世界に降り立って三ヶ月という短期間の中で、数多の魔物たちを討ち破ってきた。眷属である蒼乃はそのすべてを目撃しているのだが、今しがたの稽古の結果にはさすがに苦々しいものを覚えたのだろう。
レオンも蒼乃の意図を汲んだのか、やや厳めしい表情で黎一に視線を戻す。
「しかし戦いは過酷だ。いつ如何なる時も、あの剣とともに在れるとは限らない。そうした時のためにも、鍛錬は積んでおくといい」
「……ッ」
愛剣である『お焦げちゃん』には知性があり、たまに喋りかけてくる他、持ち主の身体能力を大幅に引き上げる力を持つ。その他の理由もあるため、手放す気はさらさらない。だがレオンの言葉の意味は、異世界に来てからの冒険生活を思い出せば嫌というほど理解できた。
「後悔や自責は、戦場に立つ者にとって良いものではない。刹那の迷いすら命取りになるからね」
レオンはそう言いながら、控えていた侍従に木剣を持って行かせた。おそらく黎一が実戦で見せた剣技を伝え聞き、一武人として見てみたかったというのが本音なのだろう。
「アイナ殿にも、私から頼んでおこう。……さて、いい頃合いだな」
レオンの視線に釣られて中庭に設えられた時計を見ると、はや時刻は正午に近くなっていた。あと一時間もすれば王宮は昼休みとなり、職員はすべての作業を止める。愛剣が手元に戻ってくるのは、いつも通り午後になりそうだ。
そんなことを考えていると、レオンがふたたび爽やかに笑った。
「稽古に付き合ってくれたお礼に、一緒に昼食でもどうだい? もちろん私がご馳走するよ」
「え……っ」
「昼食、ですか……?」
なにせレオンは王国の宰相、且つ王太子である。そんな人物の昼食ともなれば、宮廷の中で一流の作法の元にいただくオシャレな食事――想像するだけで身の毛がよだつ。それでなくとも、適当に城下に出て済ませようと思っていたところなのだ。反応を見るに、蒼乃の考えも似たようなものだろう。
そんな二人の胸中を見透かしたのか、レオンの表情が苦笑に変わる。
「心配しなくとも、君たちに食事作法を仕込むつもりはないよ。むしろその逆さ」
「逆……?」
「ああ。この王都の、もうひとつの顔を教えよう」
間の抜けた声をあげた黎一に向けて、レオンは右手の指を立てて満面の笑みを浮かべた。
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