最後の報酬
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明くる日の昼下がり。黎一と蒼乃はフィロを連れて、午後の陽射しが降り注ぐ閑静な街路を歩いていた。
白い石材で舗装された道は、馬車用と思しき車道と歩道が街路樹で区切られている。洒落た魔力街灯が一定の間隔で並ぶ歩道には、ゴミはおろか落ち葉一枚すら落ちていない。植木や高い塀で区切られた先には、立派な屋敷の屋根が見える。
(オシャンティーな街だこと……)
お上りさんよろしく、辺りをきょろきょろと見回す。
――高尚なる街路。王城からほど近いこの場所は、貴族や大店の主が屋敷を構える高級住宅街だ。
「ねえねえ、みてみて! おっきいおうち!」
「お~、そうだな~……」
抱きかかえたフィーロをあやしながら、ちらと自分たちの身なりに目をやる。
街中ゆえに防具はつけておらず、普段通りのチュニックにトラウザ姿だ。腰間の剣はいかにも古ぼけており、お世辞にも見栄えが良いとは言い難い。蒼乃も似たようなもので、剣が短杖に、下半身が女性用のキュロットと黒のレギンスになっているだけだ。
幸い、他の通行人はいないが、この格好でここを歩くのはなかなかの羞恥プレイである。
(レオン殿下、なんでまたこんなところを? 報酬を渡すならギルド本部でいいだろうに……)
事の始まりは朝、三人で遅い朝食をとっている時だった。立派な身なりの騎士が訪ねてくるなり、レオンの署名が入った封書を渡してきたのだ。
中身は平べったいカードキーに似た鍵が一本と、『報酬を授与する』の一言に時刻と番地が書き添えられた手紙だけである。
番地の場所を聞いた宿屋の女将にたまげられつつ送り出され、王都の街並みにはしゃぐフィーロに苦労しながら歩くことしばし――。ようやく指定の番地の近くまでやってきたのだった。
「カードキーかあ……。場所も場所だし、貸金庫かなんかかな?」
(いい加減、金から離れろ。あんだけもらってまだ足りねえのか)
フィーロとは別のベクトルで目を輝かせる蒼乃に、呆れた視線のみで応じる。
朝食の折に端末から口座情報を見てみると、打ち合わせで提示された内容に最初の発見者の報奨金を足した金額がしっかり振り込まれていた。国選勇者隊の定額報酬は来月からのようだが、差し当たって食い扶持の心配はない。
(しかし金が打ち合わせ通りの額、ってことは……残りの報酬は一体なんなんだ?)
考えながら歩いていると、標識に記された番地が目に入った。目的の場所だ。
「ここか……?」
目の前にあるのは、簡素ながらも品のある造りの屋敷だった。窓の数からして、ざっと三階建てだろうか。白を基調とした壁面に、青い屋根が映える。建屋の大きさや手前に広がる庭は周りの屋敷に比べてやや小ぶりだが、高い格子つきの塀は同じだ。
「へぇ~、いいセンス。ちょっと小っちゃいけど、ケバケバしてないのが良き」
「え〜? フィロのおうちよりおっきいよ~?」
屋敷を見た蒼乃とフィーロが感想を述べる中、黎一が見ていたのは別の個所だった。
窓はいずれもカーテンで遮られ、昼下がりだというのに人気を感じられない。噴水まで設えてある庭もしばらく手入れされていないのか、ところどころに雑草が目立つ。
(妙だな。誰も住んでないのか……?)
魔律慧眼で詳しく見てみるか、などと思った矢先。
「ああ、よかったぁ~。間に合いましたね」
聞き覚えのある声は、黎一たちの背後から聞こえた。
振り向いて見れば、二人の騎士を伴ったマリーである。うち一人は、今朝がた遣いで来た騎士だ。
「前の予定が押してて、遅れちゃうかと思いました……。ささ、どうぞ入ってください!」
マリーの言葉とともに、騎士二人が正門の両脇に立つ。やはりこの屋敷が、催しの会場らしい。
鍵を取り出して正門のカギ穴に差し込むと、ややあって金属音とともに鍵が開く。一瞬だけ鍵穴から色が見えたあたり、魔力を介した仕組みなのだろう。
白い扉を鍵で開けて屋敷の中へと進むと、玄関から伸びる廊下に出た。
「わ、ぁ……」
蒼乃の感嘆の声が、高い白色の天井に響く。
天井と同じく白で統一されたシックな雰囲気の壁面を、そこかしこにかけられている絵画とタペストリーが彩る。廊下の両脇には、部屋がふたつ。開け放たれた扉から見える内装からして、右はリビングルーム、左は応接間だろうか。
「……ねね、たんけんしていい⁉」
「あはは、いいですよ~。誰もいませんからね」
マリーの言葉を聞くなり、フィーロは一目散に駆けていく。蒼乃も気になっていたのか、フィーロを声で制しながらもあちこちのドアを開け始めた。
(やっぱり、誰もいないのか……)
黎一も装飾が為された右の扉を開けると、そこはリビングルームになっている。
天井を彩るのは、魔力を用いる仕組みなのであろうシャンデリア。向かって右手にある窓の際には大きな黒樫のテーブルが置かれ、色を合わせたソファが設えられている。カーテン越しに感じる陽光も相まって、壁にかかった絵画たちに見守られているような気さえしてくる、温かな空間だ。
(なるほど、たしかにいいセンスだ。お、奥はキッチンか)
部屋の入口から向かって左に目をやると、リビングルームに直結したキッチンになっていた。この手の屋敷なら厨房と居間は分かれていそうなものだが、窓際のテーブルまでも見渡せるカウンターキッチンだ。察するに、ここの家人は手ずからお茶や料理を振舞う人だったのだろう。
(すげえ……。やっぱ貴族サマはいいとこ住んでんなあ)
キッチンの中を覗くと、元の世界のシステムキッチンも斯くやとばかりの充実ぶりである。無人ゆえか食材の類は一切ないが、調理器具はひと通り揃っているように見えた。コンロに手をかざせば、描かれた紋様に赤色の魔力が奔って熱や炎を放つ。棚の上に置かれている金属製の箱は、オーブンの類らしい。
「どうですか? ちょっとこじんまりしてますけど、家具の類もひと通り揃ってるんですよ」
声をかけてきたのは、リビングから歩いてきたマリーである。
キッチンの奥から階段脇へと繋がる廊下からは、蒼乃とフィーロのはしゃぎ声が聞こえてくる。どうやら階段の脇がトイレや納屋、使用人部屋となっているらしい。
ただ、未だ肝心なことを聞けていない。
「それはいいんすけど……ここで何するんです? フィロの件の報酬、ここにあるんでしょ?」
言った瞬間、マリーがぽかんとした顔になる。目が点になる、とはきっとこんな表情を言うのだろう。
「へ? 兄さ……レオン殿下から、なにも聞いてないんですか?」
「今朝、さっきの騎士さんからもらったの……これっすよ?」
レオンからもらった手紙を見せると、マリーは「へっ……? はっ⁉ ほぉん⁉」などと声を出した後、やがてがっくりと項垂れた。声に応じて表情が変わるあたり、なかなかに芸が細かい。
「まともに手紙書いてる暇もなかったのかしら……。それとも狙ってやったの……? 兄様、たまにそういうところあるからなぁ……」
「えっと、どういう……?」
そうこうするうちに、フィーロを抱きかかえた蒼乃が戻ってきた。フィーロは二階に行きたそうな雰囲気を醸し出しているが、やり取りの内容が聞こえて戻ってきたのだろう。
マリーは顔を上げると、申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「あぁ~、っと……混乱させてごめんなさい。屋敷に報酬があるんじゃないんです。屋敷が報酬、なんですよ」
しばしの、沈黙の後――。
「「……ええええええええええええッ⁉⁉」」
絵画たちが見守る空間に、黎一と蒼乃の声が響き渡った。
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