生ける天災
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訝しげな雰囲気が、応接室に流れた。そんな雰囲気をマリーは予想していたのか、黎一たちの視線を受け止めながら言葉を続ける。
「フィロちゃんの身体を検査したんですが……おかしいんです。魔法道具や焉古装具で火傷を治したり耐えたりしたのであれば、必ず痕跡が残ります。なのに、そもそも何もなかったように肌がきれいなんです」
「加えてフィーロくんが感情を発散させた時、周囲の魔法機器に不調や故障が発生することがあってね。機器を調べた結果、内部に組み込まれた術式が破壊されていたんだ。機材そのものの損傷は一切ないのに、だよ」
「それって……」
言葉を継いだレオンの話に、蒼乃が顔をしかめる。
「あくまで仮説ではあるが……フィーロくんは魔力や魔法に関連する事象そのものを打ち消す力を持っている、というのが我々の考えだ」
「生体が持つ魔力に対して影響を及ぼしていないのが、唯一の救いです」
(にしたって……)
仮説が意味するところを悟り、黎一は戦慄した。
この異世界では、魔法が生活の中心だ。元の世界の化学文明に比肩しうる技術のほとんどは、魔力を原動力にしている。それらを一意の元に打ち消したり障害を起こすことができるのであれば――。
(生ける天災、だな……)
見れば蒼乃も、隣で口元を引き結んでいる。表情からして、考えていることは似たようなものだろう。
思うところが伝わったと見たか、レオンがふたたび口を開く。
「そんなわけで国で保護して、能力の解明を行いたいのだが……いかんせん、本人が乗り気じゃなくてね」
「全っ然、いうこと聞いてくれなくて。泣くわ喚くわ、口を開けば『れーいちとるなは⁉』の一点張りで……」
(……なんで、両親のことを聞かないんだ?)
ふとした疑問をよそに、レオンの話はさらに続く。
「そこでだ、君たちにフィロくんを預かってほしい。共に暮らして感情の制御を教えつつ、我々の調査実験に協力させてほしいのだよ。もちろん、調査において倫理に悖る行為は決してしないと約束する」
思わず、蒼乃と顔を見合わせた。
平たく言えば、子供のお守りをしながら国の最重要機密を預かれ、ということだ。
「モノじゃなくて人間ですから……国としても最大限の支援をします。小さな木立の迷宮の件とは別に、報酬もご用意します」
「君たちの生活に関わることだ。この件については国選勇者隊の任務とは切り離して考えてもらっていいが……ぜひとも協力してほしい。どうだろうか?」
レオンの言葉に一抹の不安を覚え、おずおずと口を開く。
「もし、俺たちが断ったら……フィロはどうなるんですか?」
「国のほうで預かり、協力を取りつけることになるね。だが万一協力を取りつけられず、周囲に影響を及ぼし続けるのなら……」
レオンは表情を変えずに、言葉を切った。最悪の場合、抹消もやむなし――レオンが纏う色は、そう語っていた。
フィロの母親の最期が、脳裏に浮かぶ。蒼乃に視線を向けると、こくりと頷いた。
「……分かりました。引き受けます」
「ありがとう。そう言ってくれると思っていたよ」
黎一の言葉に、レオンはようやく微笑に戻った。
* * * *
正式な書面の取り交わしは明日以降として、黎一たちはふたたびギルドの一室へと案内された。当たり障りのない木製の机と椅子が置かれているのみの、シンプルな応接室だ。
程なくして、勢いよくドアが開いた。
「れーいちっ!」
どたどたと入ってきたのは、言わずもがなのフィーロである。
長い黒髪は蒼乃が結ったままのおさげ髪だが、服は青いワンピースに変わっていた。
「きょうから、いっしょ?」
「ああ、そうだよ」
足にしがみついてくるフィーロを黎一が抱き上げるのをよそに、引率の女性のギルド職員がそっと出ていった。その表情に疲れと安堵が同居していたのは、決して気のせいではないだろう。
入れ替わるようにして、レオンとマリーが入ってくる。
「今日のところは、今のお宿で預かってください。宿代はお二人の分も含めて請求してくれて構わないので」
「あ、いや……その……」
「一部屋、なんで……。打ち上げの時のお店です」
赤面する蒼乃の言葉を聞いた途端、マリーの顔から微笑みが消えた。虚穴を覗き込むような目が、なんとも言えぬ圧力を放ち始める。
「……レイイチさん?」
それを見たレオンが、妹とは対照的にくつくつと笑いだした。
「噂では、女性が苦手と聞いていたのだが……なかなかどうして、すみに置けないね」
(待って俺、犠牲者なんだけど。なにこの言われよう。てか名前呼びいい加減やめろや)
「ああ、もうっ……! ほら行くよっ!」
赤面した蒼乃が、さっさと部屋から出ていく。
マリーの圧から逃げるように部屋を出ると、トラウザのポケットにある端末が震えた。魔伝文の着信だ。タイミングからして、天叢から打ち上げの誘いだろう。賑わうのは好きではないが、気分転換にはちょうどいい。今は何故だか、そう思える。
「よおし……フィロ。美味しいご飯食べに行くぞ」
「うんっ!」
どんな力なのかは分からない。ひょっとしたら、存在しないほうが良いのかもしれない。
それでも腕の中で笑うフィーロの笑顔は、間違いなく天使のそれだった。
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