断罪
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ギルド本部のホールが、マリーの言葉に静まり返る。
だがその中でただ一人、マリーに詰め寄った者がいた。激して後、なおも収まらぬ勾原だ。
「あんだテメエッ……⁉ いい加減なこと言ってっと……」
「例えば、昨日の夜。マガハラ様たちが、ギルド本部の周辺にいらしてるのを確認してるんです」
迫る勾原にも臆さず、マリーは面白そうに手元の端末を操作する。
「……ッ⁉ そ、それがどうしたッ!」
「マガハラ様たちがいらした時刻……ヤナギ様へ魔伝文送信された時刻、ギルド本部の資材置場の結界が破られた時刻と一致します」
「ちょっ、なんでそんなこと……」
「るせえッ! だからそれがなんだって……」
ぎょっとした松本のつぶやきを勾原の声が遮る中、マリーはなおも笑顔で言葉を続ける。
「ヤマダ様とトワヤマ様が、ギルド本部の管制室へ。よく入って来れましたね……。トワヤマ様の能力、透明化を使われたんですかね? 同時刻、夜勤担当者が不審な人影を見て、一時的に席を外してます。こちらは、ヤマダ様の幻影創造でしょうか。魔伝文の送信時刻も、夜勤担当者が席を外した時刻と一致してるんですよ」
「な、なんで、そこまで……?」
「おや、自分たちの行動だと認めるのかい?」
「ち、ちっ、違いますッ! 私はそんな……」
(……うっへえ、たまげたな。一歩間違えば、ほとんど反理想郷じゃねえか)
レオンに煽られ狼狽する山田と外波山の顔を尻目に見ながら、黎一は驚愕していた。
どうやらこの世界には、存在を検知する仕組みがあるらしい。先だって、遺跡内部にレオンやマリーらが直接転移してきたのもこれを利用したのだろう。
そんなことに気を払っている間にも、マリーの言葉はなおも続く。
「マツモト様とソノサト様、エゲツ様は、ギルド本部の倉庫へ行っておられますね。その後、しばらく反応が途絶えている……エゲツ様の魔力攪乱ですか。加えてソノサト様の結界解除で、倉庫の結界を解除されたんでしょうね。それにしてもマガハラ様、ご自身はなにもされないとか堂に入ってますねえ」
山田も松本も恵月も、何も言わない。勾原すら、青ざめた顔で黙りこくっている。
蒼乃に視線を移すと、一見冷静な表情でマリーの言葉を聞いている。だがその眼は、隠しきれぬ知的好奇心で輝いている。ともすれば自身の私生活すら侵害されかねないのだが、気にしている節もない。
「明くる日、皆さま揃って移動されるところでふたたび反応が途絶えてます。外門の検知魔法を掻い潜るためでしょうか? エゲツ様、ご自身の能力の遣い方を熟知されてますね。継続して発動できないのが難点のようですけど」
「ふむ。反応から見るに、間違いはないようだね。もっとも、君たちの行動を解析したのだから当然だが」
「……テメエッ! 一体なにしやがったッ!!」
「この世界の存在は、すべて魔力波形というものを持っていてね。君たちの魔力波形も、能力解析の際に登録済みだ」
噛みつかんばかりに迫る勾原に、レオンは悠然とした態度で言う。
「多少の労力はかかるが、こうして位置や過去の行いを洗い出すこともできるのだよ。我が妹、マリーディアが短時間ですべてこなしてくれた。……ただ此度の崩落に関しては魔力の乱れのおかげか、現地にいたはずの六名と、君たちの魔力波形が一致しなかった」
「だったら、俺たちぁ……!」
「故に、ヤナギ殿とアオノ殿に証言してもらった。証言が真実であれば、君の靴についた傷からヤナギ殿の魔力波形が検知されるはずだ。試してみるかね?」
「ぐっ、くぅ……っ」
「先のロイド村の事件において、小さな木立の迷宮の結界を破ったのも君たちであると調べがついている。……さて、その上で問おう。他にまだ申し開きはあるか?」
(人が悪いぜ、この王子様……。その気になれば余裕で検挙できたんじゃねえか)
余罪の証拠を握っていてなお崩落を起こした張本人として吊し上げたのは、ひとえに王国の権威を守るためだろう。もちろん、他の勇者たちへの威嚇の意味合いも含めて、だ。
理屈は分かるが、やはり好きになれそうにない――そこまで考えた時、勾原の表情が変わった。同時に、身体から黒色のなにかが湧き出る。
(こいつッ!)
弧の表情には見覚えがあった。理不尽に、怒りをまき散らす時の顔だ。
剣はない。代わりに、右掌に熱いものが滾った。炎が生まれたのだと、直感で悟る。
「勇紋権能……魔獣使役ッ! いけえッ!!」
思うが早いか、勾原の影から何頭もの獣が群れて出た。ちょうど最初の島で戦った狼を黒に染めたような獣たちが、飼い主さながらの獰猛さで一斉にレオンへと襲いかかる。
「お兄さま……ッ!」
マリーの声より先に、動いた。右掌から噴き上がる炎の刃で、立て続けに獣たちの頭を潰す。視界の片隅では、白風の刃が獣を薙ぎ散らしている。
五頭目の頭を灼き砕き――勾原の喉元に、無言で炎の刃を突きつけた。隣では、蒼乃がやはり白風の刃を突きつけている。
「おおっ!」
「なんと見事な!」
「……なるほど、速い」
「発動体なしで魔法を……」
「あれがこないだまで原石級だぁ……?」
ホールが、拍手と賞賛の声に満たされた。ところどころに混じる色めき立った声は、壇上へ飛び上がらんとした騎士や冒険者のものだろう。
「ヤナギ隊の献身、感謝する。……判決を言い渡す」
レオンは炎と風、ふたつの刃を突きつけられた勾原の前まで来ると、へたり込む六人を見回してから口を開いた。
「勇者としての力をいたずらに行使し、民や国土を危険に晒したその罪、許し難い。しかしこの者たちは異界より舞い降りた賓客……我が国の法では、賓客を極刑に処すことはできない」
勾原たちは一瞬ぽかんとした後、にわかに喜色を帯びた顔になる。
「は、ははっ……なんだよ、脅かしやがって……。それじゃあ……」
「よって君たち六名を、禍の山脈への追放処分とする」
『は……?』
六人分の間抜け声が見事に重なる中、レオンは冷めた微笑みを浮かべてみせた。
「我が国と隣国ルミニアの国境にある山脈でね。強力な魔物たちが闊歩する、大陸屈指の危険地帯だ。どうか存分に、愉しんでほしい」
その言葉に、六人の顔からすべての色が消えた。
「テ、テメエッ!! フカシこきやがって……ッ!!」
「お願いですっ! 私、この人たちに唆されて……!」
「あ、あたしも……!」
「あんたらッ!! 今更いい子ぶってんじゃねえよッ!!」
「すみませんすみません、何でもしますから、どうか……」
「お願いです、お願いですからあっ……」
「……連れていけ」
口々に喚き散らす勾原たちの声を、レオンの冷たい声が圧し潰す。それを合図に、衛兵たちが勾原たちを引っ立てた。六人はホールのど真ん中に開いた道を、聴衆たちに罵詈雑言を浴びせられながら歩いていく。
やがて扉に差しかかった時、不意に勾原が振り向いた。
「八薙ッ、テメエッ……ぶっ殺してやるッ! 蒼乃ッ……孕むまでブチ犯すッ!」
どす黒い色をまき散し、扉から引きずり出されながら、なおも叫ぶ。
「絶対にっ……絶対にっ、ブッ殺してやるからなアアアアア……ッ!!」
勾原たちの姿が、扉の向こうに消える。
門扉が閉まる厳かな音が、響き渡る声を掻き消した。
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